目次
イタリア・ミラノで11月上旬に開催されたEICMA2023。通称「ミラノショー」とも呼ばれる世界最大級の二輪モーターショーで、世界初公開のニューモデルが多数発表される。
それも見どころのひとつだが、サプライヤーが革新的なテクノロジーを公開する場でもある。
当記事では電子制御デバイスや高精度な加工技術による高性能パーツ製品などの実演展示を行った日立Astemoに注目。
すぐにでも市販車に導入されるものから、未来のバイクの在り方を変えるものまで、バイクの安全性や快適性を大きく左右するであろうテクノロジーについて紹介していこう。
日立Astemoとは
鈴鹿8耐ファンにとっては、鈴鹿サーキットのシケイン名称でおなじみだった「日立オートモティブシステムズ」だが、キャブレターやインジェクションを手がける「ケーヒン」、サスペンションの「ショーワ」、ブレーキシステムの「日信工業」(ニッシン)が統合し、2021年から「日立Astemo」というグローバルパーツサプライヤーとなっている。
ちなみに鈴鹿サーキットのシケインも「日立Astemoシケイン」へと名称が変わっている。

車高調整機構がある電子制御サスペンション「SHOWA HEIGHTFLEX」が進化
まず紹介したいのは、サスペンションの車高調整システムだ。現在も電子制御によるプリロードとダンピングのコントロールは実用化されているが、それをさらに進化させたシステムだ。
「HEIGHTFLEX」(ハイトフレックス)は、すでにハーレーダビッドソンのアドベンチャーモデル・パンアメリカ1250などで採用されているプリロード調整によるシート高変化システムで、走行中は最適車高を維持しつつ、車両停止時には自動的に車高を下げ足着き性も向上してくれる。
今回EICMA2023で発表されたのは、同機構をベースにギアポンプを使うことで作動を高速化したものだ。これまでのシステムではプリロード調整に30秒ほど要していたが、ハイトフレックスではこれを3〜6秒にまで高速化することに成功した。このため停車中だけでなく走行中に調整することも実用レベルになり、より柔軟なサスペンション制御が可能となるものだ。



小さなコントローラーで制御する電子制御サスペンション「SHOWA EERA gen2」低価格のバイクにも採用可能か
もうひとつは「EERA gen2」と名づけられた第2世代となる電子制御サスペンションだ。電子制御サスペンションはまだまだハイエンドモデルだけに採用されるのみで、多くのライダーは未体験というのが実情だ。
しかし電子制御サスペンションによる安全性と快適性の向上は、もっと多くの人々に広まってこそ本来の実用化でもあり、普及価格帯のバイクに多く採用されることがそのカギだ。
EERA gen2はそのためのシステムで、既存のサスペンションにわずか手のひらサイズで数センチのコントローラー(ECU、アクチュエーター、バルブ)を追加するだけで、ダンピング(圧側、伸び側)の電子制御を可能とする画期的なものだ。
展示されていたBMW G310Rに装着されていたEERA gen2は、波状路や悪路などの走行状態を再現した車体の挙動を、スイッチオンで滑らかになる様子を体感できるようになっていた。


展示車両にはリヤのモノショックのみに装着されていたが、フロントフォークに装着することも可能だという。
前述したように既存のサスペンションに追加装着することができるためコストもかなり抑えられており、担当者によれば「車両価格などにも左右されるのでいちがいにいえませんが、5万円程度にできるようにしたいと考えています」とのこと。
その程度の価格上昇であれば、125ccスクーターや400ccクラスのバイクにも装備可能といえるだろうし、ECUのセッティングも必要とはいうもののオプション設定としてあとから追加装備することもできるはずだ。
進化版HEIGHTFLEX、EERA gen2とも車両メーカーのエンジニアたちもまだ見たことがない、つまり本当に世界初公開のテクノロジーを使った製品とのことで、日本の4メーカーをはじめとして世界中の車両メーカーにアピールするための展示でもあるそうだ。
2個のカメラを活用した「ADAS」(運転支援システム)


続いては、大排気量の高額モデルで導入が始まっているアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)や側後方車両検知に関する新技術。
現在のバイクに採用されているシステムではレーダーを使ったものが主流となっているが、これはカメラを2台とすることで映像を立体視し、より正確に周辺の車両の位置や距離を補足するものだ。
展示されていた車両では、フロントフェンダー上部、あるいはフロントカウルやミラーに装着した2台のカメラが映した映像がモニターに表示され、歩行者の人数や位置を正確に捉えている様子を見ることができた。
カメラを2台にすることで、歩行者や車両が重なっている状況であっても両者を正確に認識し、追尾することが可能になっている。これもレーダーよりはシステムのコストを下げることができるうえ、ドライブレコーダーとの連携も可能だ。
このシステムを使えば、クルマでは一般化している衝突回避ブレーキのバイクへの実用化がより現実に近づく。
もちろんバイクの場合は、一定以上の急制動でライダーが落車する危険もあるためクルマと同レベルの衝突回避ブレーキの導入はむずかしい一面もあるが、警告することでライダーへの注意を促せるし、急制動の補助としては十分な効果を望めるだろう。


新たな加工技術を生かした新製品やEVのコンセプト車も
電子制御テクノロジーのほかにも、ニッシンの最新ブレーキキャリパーが展示され、普及クラス、高性能、モノブロックの3種のブレーキタッチを試せた。このうちのモノブロックキャリパーは「FSW」という接合技術を使ったもので、キャリパーの裏側に設けた2ヵ所の穴により、キャリパーの切削加工を容易にし、FSWによって接合することで既存のモノブロック同様の剛性を確保しつつ、コストダウンを実現したものだ。
フロントフォークでは、ボトム部に肉抜きした切削アルミを使いつつ、カーボン(CFRP)を併用することでさらなる剛性と軽量化を達成した製品も展示している。現在は電子制御テクノロジーが進歩の主軸ではあるが、金属加工の進化や高性能素材の研究開発という基礎的な技術研究も欠かせない。両者が相乗効果を生み出すことで、バイクの走行性能や安全性、快適性はさらに高性能化していくのだ。
また、ホンダ CB125の車体に小型軽量なモーターとインバーター、BMS、ECUを搭載した電動バイクのコンセプトモデルも展示され、最先端テクノロジーをより多くの人々へ届けようという日立Astemoの企業理念と、近未来のバイクが持つ大きな可能性を感じられる展示となっていた。
低コスト化で多くの車種に普及するか「ニッシン FSWモノブロックキャリパー」



肉抜きとカーボンで軽量化&高剛性を両立「ベンチレーテッドアキシャルホルダー」

小型車への搭載を想定し小型化したEVシステム「E-Axel」

レポート●山下 剛 写真●山下 剛/日立Astemo 編集●上野茂岐