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あの頃、フラットトラッカー風と言われても……。HONDA「FT400/500(1982)」の異色デビュー!【1980〜2000年代に起こったバイクの改変 その8】

■ホンダ「FT400(1982)」

’80年代のホンダが展開した、多様なエンジン形式

ホンダと言えば、世界的に大ヒットしたCB750FOUR(’69年・空冷並列4気筒)や並列6気筒のCBX(1000)で世界に衝撃を与えたことから、並列多気筒エンジンのイメージが強い。
だが、’70年代後半以降のホンダは、バイクに最適なエンジン形式を模索しつつ様々なモデルを投入していたことは以前も紹介した。輸出向け車のGL1000(’74年・水冷4サイクル水平対向4気筒)などは非常に印象的だが、国内で売れ筋の400ccクラスでも多様な展開を見せた。

●空冷4サイクル並列2気筒OHC3バルブ=超ショートストローク型ツインで、CB400TホークII(’77年)へ初搭載後、ホークIII(’78年・CB400N)、スーパーホークIII(’80年・CB400D)へと継承された。

●水冷縦置き80度V型2気筒OHV4バルブ=大まかに言えば伊モトグッチと同様の形式で、シャフトドライブを組み合わせ、GL500(’77)/GL400(’78年)を初代とするヨーロピアンツアラーの系統。後にCX-EUROへ継承。

●空冷並列4気筒DOHC4バルブ=大ヒットしたCBX400F(’81年)に搭載。ホンダはホークIIの2気筒主導で中型車を展開していたものの、他社の4気筒路線を前に苦戦。満を持して投入したCBXで、並列4気筒は支持が強いことを証明した。

●水冷横置き90度V型4気筒DOHC4バルブ=VF400F(’82年)を代表として、並列4気筒と別の高性能路線を提案。750クラスでもVF750シリーズを展開。

●水冷横置き52度V型2気筒OHC3バルブ=NV400SP(’83年)、アメリカンのNV400カスタム(’83年)が初作。この2台はさほど人気を獲得しなかったものの、狭角Vツインの系統は、以前に紹介したブロス系、スティード、トランザルプなど、多種多様なモデルに息長く展開された。

当時はロードモデルのみならず、同系エンジンがお約束のようにアメリカンモデルにも転用されたので、モデル数はさらに多くなる。

見慣れないフラットトラッカー風オンロード車

そして、多様な400ccモデルが存在した中での’82年6月、FT400/500が発売された。当時のホンダのプレスリリースには、同車の登場でホンダの400シリーズは、10機種10タイプになったと記述があり、モデル数の凄さがわかる。
参考までに、ホンダの現行400クラスと比較すると、CBR400Rと400Xの2モデル(いずれも水冷並列2気筒DOHC4バルブ)のみ。GB350&同S(空冷単気筒OHC2バルブ)の2モデルを含めても4機種に過ぎない。
ともあれ、多様な400の中へ投入されたFT400/500だが、車名の英字は米国で盛んだったフラット・トラックレースの頭文字に由来し、そのレースマシンをモチーフにしたのだが、筆者が10代後半だった当時は連想の働きにくい不思議なモデルに映った。

フラットトラックとは、土を固く敷き詰めた左回りのオーバルコース(全長はハーフマイルないし、1マイル=約1.6km)で競われるレースで、近年は日本でも認知度は上がってきたが、’80年代当時は今より情報は少なく、その競技シーンの動画も画像も簡単には見られなかった。
しかし、コーナー内側の足を前方に出しつつ、時にはカウンターを当てながらコーナーを回るには、軽量かつ引き出しやすいトルクの単気筒やハーレーを代表とするVツインが有利だった
。実際FTのフォルムはそうしたトラッカースタイルを元にしているのが今はわかるが、当時は異色のロードスポーツにしか見えなかった。

■’82年発売の国内モデルFT400、そして輸出向けモデルのFT500ASCOT(写真)。輸出向けのペットネーム、アスコットは米ロサンゼルスにあるフラットトラックレース場の名に由来しているという。なお、国内販売モデルのFT500は、400の赤に対し黒基調でタンクに赤/橙の2本ストライプが入るカラーリングだった。

■’82年6月発売のFT400/500のカタログ表紙。参考までに、当時のホンダのプレスリリース文面を以下に紹介。不思議なことに、フラットトラッカー風といった語句は全く出て来ない。


(ホンダプレスリリース 1982年)
中排気量単気筒エンジン搭載の軽くスリムなロードスポーツ車「ホンダ FT400/500」を発売

 本田技研工業(株)は、軽量、コンパクトながら、強力なトルクを生み出す4サイクル単気筒エンジンを搭載し、力強い走りが楽しめる個性的なスタイリングのロードスポーツ車「ホンダ FT400」を6月1日より「同500」を6月10日より発売する。

 このホンダFTシリーズは、定評のあるXL系エンジンをベースにした新設計398cc (FT500は497cc)セルフスターター装備の単気筒エンジンを搭載。このエンジンは、吸・排気に各々2個のバルブを配した4バルブ機構によって、高い燃焼効率を実現。更に、単気筒エンジンながら、2本のエキゾーストパイプを採用し、排気効率をより向上させるなど、一層力強いトルクを生み出している。

 また、エンジン振動を低減させる2軸式バランサーの採用により、単気筒独特の振動が大幅に減少し、軽量・スリムで高剛性の専用ダイヤモンドフレームが可能となった。

 スタイリングは、単気筒ロードスポーツ車の力強さを一段と強調しているスリムで新感覚のデザインである。更に、アルミキャストホイール、黒・クロームメッキのマフラー、巾広なチューブレスタイヤなど中排気量クラスでは、充実した装備をそなえている。


■カタログの2ページ目には、見開きで「オンで、ダートで、ガッツな走り。」とのアピールが出てくる。ダート走行側の写真での、BELLのオフロード用ヘルメット&ゴーグル、銀のつなぎ、オフロードブーツといったライダーの出立ちが、本来同車が主張したかったフラットトラックムードだったのだろう。

エンジンは、XL400/500R系ベースの空冷単気筒OHC4バルブで、排気量は400が398cc、500が497cc。ボアを89.0mmと共通にしながら、ストロークで排気量を違えている(400は64mm、500は80mm)。セル始動とし、振動低減のため二軸バランサーを内蔵したエンジンは、軽量スリムな専用のダイヤモンドフレームに搭載され、相応に力の入ったロードスポーツなことがわかる。またスペックや仕様を見れば、フラットトラッカーに由来するのは理解できるが、当時のホンダのリリースには「軽くスリムなロードスポーツ車」としか書かれていない。フラットトラッカーをモチーフにしたとしても、国内ユーザーにはピンと来ないだろうと考えてか、単気筒のロードモデルという点をまずアピールしたようだ。

カタログ表紙のキャッチフレーズは「野生の鼓動。豪快、ビッグ・シングル。」とされ、横位置でサイドスタンドを掛けて置かれた車体の雰囲気は、少々異色に感じられた。キャスター角が通常より寝かされ気味で、ストロークが長めに見えるフロントフォーク。またそれを強調するようにヘッドライトは通常のロードモデルより高い位置にセット。対する後輪は、太めのタイヤで車高が詰まっていて低い印象。そして、フレームに抱えられた単気筒エンジンは、意外と高位置にマウントされ、車体のロードクリアランスは多めに取られている。なんとなくダートの雰囲気は感じるのだが、ホイールはオフ系で常道のワイヤースポークではなくアルミキャストタイプ。排気系は単気筒なのにデュアルエキゾーストでサイレンサーはダウンタイプ。オフロード色よりも、妙なオンロード車の印象が強く残った。

■XL400/500系をオンロード用にモディファイした単気筒エンジンを説明するカタログ文面。吸排気各2バルブの4バルブエンジンは、バルブ慣性重量の軽減と吸排気効率のアップを実現。ユニークなデュアルエキゾーストシステムはホンダ初採用。そのほか快適な始動に利する2モーション始動機構のセルフスターターもFT初採用。

■カタログ後半では、FTの各部装備を紹介した後にフラット・トラックレースを説明する囲み記事が差し込まれる。イン側の左足を突き出しフルカウンターでコーナーを抜ける写真は、当時の日本では珍しいものだったが、トップレーサーK.ロバーツやF.スペンサーらがAMAの同レースで活躍の後、世界GPへ駒を進めたのは有名な話。

ヤマハSRへの対抗馬でもあった悲運の異色ビッグシングル

’82年当時のジャーナリスト向けの試乗記を拾い読みすると、立ち上がりの良い単気筒のトルク(500の場合)、しっとりとしながら融通の効くハンドリングなどに評価が高い。おそらく試乗会場では、同車がアメリカのフラットトラック用マシンをモチーフにして、車体、エンジン特性ともに作り込まれた旨の説明が詳しくされた上で試乗が行われただろう。しかし、当時の一般のバイク好きには、そうしたインフォメーションは届かなかった。そして、フラットトラックレースについてのうんちくもほぼないレベルの一般ライダーにあっては、FTの真価を知る術は少なかった。それゆえホンダ側もその辺は理解してか、販売の持ち駒としてヤマハSR400/500(同車もエンジンベースはオフロード車のXT500だ)に対抗しうる単気筒ロードモデルを用意したいとの意図もアピールしたかったのだろう。

その上でFTは独自性も表現していた。アップライトな車体姿勢で、スタイルはSRと異なるモダンさも醸し出す。幅の広めな左右のサイドカバーや、ヘッドライトを上方にセットし下側に樹脂プレートをセットした風情は、フラットトラッカーマシンのゼッケンプレートを意識したデザインだと言う。そして、バランサー付きのエンジンは、おそらくSRより振動も少なく立ち上がり、ピックアップも鋭く回転感も洗練されていたはずだ。しかし、多くの国内ユーザーにはピンと来ず、同車はマイナーチェンジで更新されることもなく2年ほどで国内ラインアップから消滅した。

高性能指向の真っ只中にあった’80年代に、クラシカルな雰囲気やテイスティな性能への関心が今ほどなかったことも悲運だったが、ライバルのシングルモデル、ヤマハSRとの差異を込めたデザインも裏目に出たFTシリーズ。ただし、エンジン形式の多様さも乏しく、そして決して高性能ではないGB350がスマッシュヒットを記録する今の時代にあったら、FTは短命な流れ星的モデルになることなく、もう少し長く輝けたかもしれない。

■FT登場から4年後、’86年2月発売のFTR250。空冷45度VツインのレーサーRS750Dを駆り、本場AMAフラットトラックレースで’84/’85年メーカー&ライダーチャンピオンを獲得したのを受け(同時にFTでの中途半端なアピールを反省してか)、本格的に競技マシンレプリカを謳って投入。XLR250R系空冷単気筒4バルブRFVCエンジンを専用チューンし、軽量・低重心、スリム化を狙った専用の薄肉ダブルクレードルフレームに搭載。だが、この時もオンロードレーサーレプリカブームの最中にあって人気は高まらず、3年とたたずに生産中止。価格38万5000円(キック仕様)/39万8000円(セル仕様)。

■’00年9月から発売のFTR(223)。’80年代に短命に終わったFT&FTR250と異なり、同車は’90年代後半にヤマハTW200のカスタムから人気が高まったストリートトラッカーカスタムのブームを受けて登場。中古絶版車FTR250の人気高騰も受けつつ、またTW200に比肩する気軽さと手頃な価格設定も狙い、ベースエンジンは223cc空冷単気筒2バルブ、性能も19ps/7000rpm、2.1kgm/6000rpmと控えめなものだったが、ストリートモデルとして人気を獲得。価格は32万9000円(単色)、33万9000円(トリコロール色)。

●ホンダ・FT400/500 主要諸元

※< >内は500
○エンジン 空冷4サイクル単気筒OHC4バルブ ボア・ストローク89.0×64.0<80.0>mm 総排気量398<497>cm3 圧縮比8.6  燃料供給装置キャブレターVB13<VB11> 点火方式CDI 始動方式セル ○性能 最高出力27ps/6500rpm<33ps/6500rpm>最大トルク3.2kgm/5000rpm<4.0kgm/5000rpm> ○変速機 5段リターン 変速比1速2.461 2速1.647 3速1.250 4速1.000 5速0.840 一次減速比– 二次減速比– ○寸法・重量 全長2225 全幅775 全高1190 軸距1425<1435>シート高790<各mm> キャスター29°30′ トレール124mm タイヤF3.50S19-4PR /R4.25S18-4PR 乾燥重量158<159>kg ○容量 燃料タンク13L オイル2.4L ○価格 42万3000円<42万8000円>(1982年当時)

レポート●阪本一史 写真&資料●ホンダ

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