ヒストリー

【遙かなるグランプリへ5】世界は知っていた…スクランブルレースから始まるヤマハ・GP史(前編)

したたかなる追走

1959(昭和34)年、2輪ファンはホンダのマン島挑戦に浮かれていた。
もちろんそれは日本車の偉大なる第一歩であり、スズキがこれに続いたことが賞賛されるのも当然だった。

しかし、その頃すでにヤマハマシンに乗るライダーが、北米でトロフィーの山を築き始めていることを知る日本人はほとんどいなかった。

●袋井の本格的テストコースが完成するまで、ヤマハは天竜の直線コースでマシン開発を行った。荒川、米津浜と並んで、国内メーカーに共通の光景。

’59年に市販された、国産初の5速ミッションを搭載するスーパースポーツYDS-1とこれをレース用にモディファイする純正キットパーツは、すでに日本国内よりも北米から多数の注文を受けていた。
発売間もないYDS-1R(キット装着車)は、ウィロースプリングスなどのレースで表彰台の常連となり、’60年にはデイブ・ビジングが250㏄クラスでランキング2位を獲得。
ジェフ・キロンドは同じくYDS-1Rでカナダの250㏄チャンピオンシップを手中にしていた。

さらに驚くことに、ソニー・エンジェルはYDS-1Rをカリフォルニアからマン島に運び、250㏄クラスにエントリーしてしまったのだ。
惜しくもプラクティスで致命的なトラブルに見舞われ決勝には出走しなかったが、彼とYAMAHAは、’60年…ヤマハワークスが正式に挑戦する前年…マン島T.T.の記録にその名を記されることとなった。

●いたずらに超絶なハイメカニズムを持ち込まなかったヤマハは、どのマシンも優れた整備性を実現し、パドックで「スマートヤマハ」の異名をとる。

その頃、オーストラリアでYDS-1Rに出会っていたのが、若き日のケル・キャラザースだ。
ホンダとスズキがマン島に出始め国内で騒がれていた頃、ふたつの新大陸でもっとも知られている日本製モーターサイクルは、ヤマハだった。
ホンダとスズキがようやく実用車を輸出し始めた時、すでにヤマハはレースビジネスと呼ばれる分野で外貨を稼ぐ存在だった。
ほとんどの日本人は、そんな事を知らずにいた。

●所かわって1961年のマン島初挑戦時の写真。伊藤は250㏄クラス6位。第6戦ベルギーでは5位に入り、初年度として文句のない活躍だった。

1961(昭和36)年、ヤマハは満を持してグランプリにワークス参戦を果たした。
かつてホンダとスズキが緒戦の地をマン島にこだわったのに対し、ヤマハは前哨戦としてマン島に似た山岳コースのクレルモン・フェラン=フランスGPからヨーロッパに乗り込む周到さを備えていた。
ホンダはすでにこの年グランプリ3年め。

●ヤマハがマン島に初挑戦した’61年はホンダ大進撃の年。125と250の2クラスでホンダが1〜5位を占めたが、250でこれに続いたのが伊藤だった。

GP初優勝を経験するとともにタイトル獲得を照準に入れる偉大な先輩だったが、ヤマハは出場したすべてのレースで上級生のスズキを凌ぐ結果を残した。

さらに、マン島の練習車としてホンダがCB95を、スズキがセルツインSBBという、ともに普通の量産車を送り込んだのに対し、ヤマハは初回からYDSの車体にワークスRD48のエンジンを積んで公道仕様に仕立てたスペシャルマシンを持ち込み、練習の能率を上げると同時に実地でのまたとない「開発テスト」を行なっている。
その練習車こそ、翌’62年から世界のサーキットで活躍する、市販レーサーTD-1のプロトタイプだった。

●’65年からヤマハの一員としてグランプリを走ったビル・アイビー。長くフィル・リードの影に隠れた存在だったが、’67年に125タイトルを獲得。

●ワークス活動後半に到達した水冷V型4気筒の最強レイアウト。まず250のRD05がこれを採用し125のRA31でも同じ構成が採用された。

●4シーズンにわたって奮闘したRD56、老機となりながらも3年目と4年目の連続タイトル獲得に貢献。ヤマハGP史に残る活躍マシンだった。

 

後編はこちら(順次公開)

 

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