ヒストリー

【遙かなるグランプリへ4】ホンダに続け! 偶然の出会いが生んだスズキ・マン島TT挑戦史(後編)

前編はこちら

 

偶然はさらに重なった

マン島本番まで数ヵ月。
船便の出航はすぐそこまで迫っていたが、マシンの仕上がりはまだ充分とは言えなかった。
相次ぐ焼き付きをアルミシリンダーを採用することでなんとかクリアし、とりあえずは完走が目指せる段階に到達したのは、チームが本社をあとにする5月9日直前のことだった。

●’60年マン島初挑戦時の出で立ち。ダブダブの革つなぎにタスキ掛けは完全に浅間仕様。現地の目にはさぞかしエキゾチックに写ったに違いない。

そして羽田でホンダチームと合流したメンバーは「マン島出場・全日本チーム」としてタラップを登り、B.O.A.C.機に乗り込んだ。

マン島に到着しホンダチームと別れたメンバーは、予約してあったファンレイホテルに入った。
そしてここで同宿となったのが、東ドイツからの出場チームMZだった。

1916(大正5)年、第一次世界大戦のさなかにドイツで創業したDKWのツショパウ工場は、続く第二次世界大戦が終結すると東ドイツ領となる土地に位置していた。
東独政府は機械加工に高い技術を持つツショパウ工場を国営化しMotorradwerk Zschopau=MZとしてモーターサイクルの生産を推進。
時折しも東西冷戦の真っ只中にあって、西独の本家DKWやNSUに対抗すべく世界選手権ロードレースにも参戦し、各国のサーキットにおいてまさに東西の代理戦争的デッドヒートを繰り広げていたメーカーだ。
東独の先端企業であるMZは厳しく政府の監視下におかれ、秘密警察である国家保安省=シュタージが同行してのマン島遠征だった。

しかし東独人にとって、東洋の小島から奇妙なバイクを携えて来た一団は、決して政治的な警戒を要する対象ではなかった。
丸眼鏡の奥に優しい笑顔をたたえた岡野監督以下スズキのメンバーは、すぐさま社会主義国家の硬質な雰囲気を漂わせる人々とうちとけた。
さらに1ヵ月にも及ぶ同宿生活の中で、いつしか両チームには連帯感すら芽生えていった。

●50と125で2回づつタイトルを獲得したH.アンダーソン①が大きな体をこれでもかと屈曲させてデグナーからリードを奪う、50㏄ならではの光景。

そしてその輪の中に、当時屈指の2サイクル乗りといわれたエルンスト・デグナーその人がいた。

MZとスズキには、途方もなく大きな差があった。
MZは2サイクルの雄として帝王MVアグスタすら脅かす存在。
かたやスズキはこの時点で2サイクルのチャンバー効果も知らぬ駆け出しメーカー。
時にはマシン作りのアドバイスさえ受けるまでになった両者だったが、これをさらに結びつける事件が起こる。

●RP68のV型水冷3気筒50㏄エンジン。50㏄としては驚異の19馬力に及ぶ最高出力を発揮するに及んだが、実戦配備されることなく終わった。

そのエンジンに搭載される複雑極まる12速ミッションの内部。著しく狭いパワーバンドを有効に使いこなすには神業のシフトワークが要求された。

公式練習開始直後の1周目にデグナーが転倒。
そしてそのデグナーを追うかたちでコースを憶えようとしていたスズキの伊藤光夫がこれに巻き込まれ、なんと二人は同じ病院の同室に運ばれることとなった。
もちろん両名ともレースに出場することは出来ない。
さすがにシュタージの監視も解けた病室で、デグナーは沸き上がる好奇心のまま伊藤に様々な質問をぶつけた。
それはマシンやレースの話ではない。日常生活のこと、社会のこと、人々の自由について、日々の暮らしぶりについて。
社会主義国の優等生と呼ばれた東独にあって、しかしデグナーはその暮らしに納得はしていなかった。
グランプリを転戦し世界各国を観ることが出来た彼は、自由主義国の魅力を充分に知っていた。
さらに東洋の小さな国に、これから2サイクルで世界を狙おうという大志を抱いたメーカーがあること。
そこから来た人々は寡黙だが誠実で勤勉で好奇心と向上心に満ち、限りない可能性と無限の未来を持っていることを、彼は知った。

伊藤と枕を並べた数日間に、デグナーの胸の中にある思いが結晶していった。

 

→次ページ:縁が繋いだグランプリ

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