ヤマハ・ジョグ(1991年)×萩原健一

1983年の初代モデルから現在も販売されている、こちらも息が長い50ccスクーターがヤマハのジョグ。その4代目モデルのテレビCMには、「ショーケン」こと俳優の萩原健一さん(1950年~2019年)が出演していました。
ジョグは、今でこそ4ストローク単気筒エンジンを搭載するホンダ・タクトのOEM車となりましたが(外装のみ変更)、元々はヤマハ製50ccスクーターのフラッグシップと呼べるほどの高い人気を誇ったモデルです。
特に、初代モデルは、当時としてはかなりパワフルな4.5psの空冷2ストローク単気筒エンジンと軽量な車体により、不用意にアクセルを開けるとフロントが浮いてしまうほどのパフォーマンスを発揮。「スポーツスクーター」というジャンルを築いた立役者です。シャープで尖ったフロントカウルが前輪を覆うスタイルは、後のハイパフォーマンス系スクーターに大きな影響も与えています。
その4代目ジョグは、エンジンの最高出力を7psにアップ。また、スポーツ性だけでなく、シート下にメットインスペースなどを採用することで高い実用性も確保し、通勤・通学など幅広い用途に使えるモデルでした。デザインも、丸味を帯びたテールカウルなどの採用で、それまでのスポーティなイメージからやや落ち着いた印象に変わりました。
4代目ジョグが、より幅広いユーザーへの訴求をアピールしていたことは、テレビCMを見ても分かります。キャラクターには、当時40歳代前半だった萩原健一さんを、「萩原課長代理」という名前のサラリーマン役で起用したからです。
萩原さんは、1960年代後半から1970年代前半にテンプターズなどの(当時グループサンウンズと呼ばれた)バンドのボーカルを経て、俳優に転向。1970年代には、テレビドラマ「太陽に吠えろ」のマカロニ刑事役や、同じくドラマ「傷だらけの天使」で探偵役などを演じ、ワイルドな若手アクション俳優としてブレイク。
一時、大麻不法所持や飲酒運転による交通事故などのスキャンダルで活動を休止しましたが、復帰後は幅の広い演技力が評価され、数多くの映画やドラマなどに出演しています。
萩原さんが出演した4代目ジョグのCMには、幾つかのバージョンがあります。例えば、通勤でジョグを使う「萩原課長代理」が、電車の駅構内にある駐輪場にジョグを駐めるまでの間に、「毎日お仕事大変です」といったグチとも聞こえる独り言をいうバージョン。また、休日に床屋に行き、洗髪中に窓の外を見ると「萩原課長代理」のジョグが停まっているといったバージョンなどなど。どれも、ある平凡なサラリーマンの日常には、いつも「そばにジョグがいる」といったテーマで作られていました。
元々はスポーティさが売りだったジョグと、アクションスターだった萩原さんのコラボ。そこには、ある共通点があるように思います。どちらも昔ほどのワイルドさはないけれども、「懐の深さと円熟味」を増したという点では同じではないかな、と。
ジョグは通勤にも使える実用性や大人にも親しめるデザイン、萩原さんは中年男性の悲哀さえ感じる誰もが共感できる演技、それらがそれぞれの新たな魅力となっている。50歳代半ばになった今、筆者はそういった意味で、このテレビCMをとても興味深く思い返します。
ホンダ・タクト フルマーク(1987年)×佐藤浩市

1987年に発売されたタクト フルマークは、原付スクーターのシート下に装備されているヘルメット収納スペースを世に広めた立役者です。
通称「メットインタクト」と呼ばれるこのモデルは、当時から大きな人気を得ていたタクトの4代目。大きな特徴は、フルフェイスのヘルメットも入る大容量のシート下スペース。今では当たり前のように使われる、「メットイン(ホンダの登録商標)」という言葉を最初に採用した車種です。
そのテレビCMには、俳優の佐藤浩市さん(1960年~)が起用されました。様々な話題作に出演し、数多くの映画賞も受賞したことで、今では大物の実力派俳優として知られる佐藤さんですが、CM出演時は20歳代半ば。まだ若手俳優だった頃です。
CMの主な内容は、佐藤さんが東京都内にタクト フルマークで出かけ、おしゃれなカフェの前に駐車。メットインスペースにヘルメットとジャケットを収納し、青山の骨董通りや六本木通りにあるおしゃれスポットを次々と巡る、といったもの。
このCMは、かなりの反響を呼びました。なぜなら、CMが放映される以前は、シート下にヘルメット収納スペースを備えたスクーターは少なく(ヤマハ・ボクスンなど一部モデルに採用されたが人気が出なかった)、メットインは一般的でなかったからです。そのため、スクーターを駐車して買い物などで離れる際は、盗難防止のためヘルメットを持参するのが普通だったのです。
それが、人気モデルのタクトにメットインが採用されたことと、テレビでCMが流されたことで「ヘルメットを持ち歩かなくても大丈夫」とか、「荷物もシート下に入る」ということが広まり、タクト フルマークは大ブレイクしました。
ちなみに、このモデルが「メットインタクト」と呼ばれた理由は、CMのラストで「ホンダ メットインタクト登場」というナレーションが流れたから。ナレーションと同時に、ちゃんと「TACT Fullmark(タクトフルマーク)」という車名は出ていたのですが、英文字ですし、音(ナレーション)の方が、多くの人が覚えやすく印象に残りやすかったのでしょうね。
ヤマハ・ジョグアプリオ(1993年)×中山雅史

イチローさんや大谷翔平選手など、有名スポーツ選手が主演したテレビCMも数多くありますが、1993年に発売されたヤマハ・ジョグアプリオのCMキャラクターには、プロサッカーのJリーグで活躍した「ゴン中山」こと、中山雅史さん(1967年~)が起用されました。
ジョグの兄弟車として登場したジョグアプリオ(車名は後に「アプリオ」のみに変更)は、より実用性を重視したモデル。エンジンには、最高出力6.3psの空冷2ストローク単気筒を搭載。騒音・排出ガス規制をクリアした環境対応エンジンにより、60km/Lという高い燃費性能を発揮しました。
また、独自の盗難防止システム「ガードロック(Gロック)」も採用。これは、鍵穴の差し込み口を鉄製シャッターでロックすると共に、後輪もロック、従来からあるハンドルロックと合わせて3系統の施錠ロックを行うことで、盗難抑止に大きく貢献する機能です。
そのテレビCMに出た当時の中山さんは、ヤマハ発動機が出資するJリーグチーム、ジュピロ磐田に所属していた頃。持ち前の陽気さと熱意溢れるプレーが話題となり、「ゴン中山」の愛称で高い人気を得ていた現役プレイヤー時代です。
CMで、中山さんは「俺がジュビロの中山だぁ~」と叫びながら登場。当時を知る人には懐かしい「ゴン」節がいきなり炸裂しています。CMでは、さらにポップなアニメーションをバックに中山さんが「これがジョグのアプリオだぁ~い」と吠え、最後に「航続距離が今までの2倍だよん」と叫んだところで終了。セリフはほぼこれだけで、しかもほとんど叫んでいるという勢いとインパクト重視のCMです。
でも、中山さんらしさがよく出てファンに親しみやすい点と、シンプルだけどモデル名や特徴が分かりやすい点から、「新型スクーターを売り込む」CMとしてはかなり秀逸だったのではないかなと思います。
このように、昔のスクーターCMには、今思うとかなりの大物有名人が出ています。まぁ、知っていたからといって何にも得にはなりませんけどね。ただ、今回紹介した大物の人たちをテレビや映画などで見かけたときににでも、「あの人にもこんな時代やエピソードがあったんだなぁ~」なんて思い出して頂ければ幸いです。
レポート●平塚直樹 写真●八重洲出版/ホンダ 編集●上野茂岐
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