ヒストリー

【遙かなるグランプリへ1】無謀と言われた挑戦 ホンダがマン島TTを制するまで(前編)

蛙たちの苦悩

1959(昭和34)年5月3日、羽田を飛び立った当時の最新鋭ジェット機コメット4が、香港-カルカッタ-カラチ-テヘラン-ベイルート-ローマを経由してロンドンに着くまで、40時間を要する。
機上のメンバーは、歓送デッキで宗一郎から送られた激励の言葉を噛みしめていた。
「1年目だ、気楽な気持ちでやってこい。決して無理はせず、全員無事で帰ってこい」

気楽になれる人間など、ひとりもいるはずがない。
技術部第2研究課の課長=チーム監督の河島喜好は、まだ満足のいかないマシンの完成度をどう克服し、全員をいかに完走させて実地データを持ち帰るかに腐心していた。
整備主任=チーフメカニックの関口久一は、4月に先行して船積みした荷物が気になっていた。
現地に着いてから1ヵ月間、最前線に送り込んだ機材と物資しか頼る物はない。

●ホテルの部屋にエンジンを持ち帰り整備を続けるメカニック。裸でエンジンを覗き込むのは’64年から’67年までチーム監督を務めた秋鹿方彦。

庶務を任された飯田佳孝の心配は、懐にある現金の額だった。
大蔵省為替管理課に掛け合いどうにか希望額を確保したものの、1ヵ月の長期遠征を支えるのは懐の資金でしかない。

ライダー4名の悲壮感はそれどころではなかった。
決して大袈裟ではなく「特攻隊で出撃するような気分」というのが偽らざる本音だった。
ひとり明るく場を和ませているのが、’58年の浅間クラブマンレースで活躍した後、設立したばかりのアメリカホンダ雇用となったビル・ハントだった。
1月に調査室長の新妻一郎と現地に入り事前調査を済ませた彼だけが、実際のマン島を知るたったひとりの人間だった。

新妻とハントが事前に予約したナースリーホテルに投宿した一行は、すぐさま荷ほどきを済ませ、1 ヵ月に及ぶ船旅を経たマシンや機材の錆落としに着手した。

●前人未到の多気筒ハイメカニズムエンジンによって世界を驚愕させたホンダの象徴的マシン、250㏄ 6気筒RC165のシリンダーヘッド。

ライダーたちは練習用に同梱したCB95を調整し、普段は公道として一般車両が通行するクリプスコースに繰り出した。
河島は、このCB95での練習走行でのタイムから、レース本番におけるおよその順位予測を立てようとしていた。
しかし、河島の目算は見事に打ち砕かれた。
「とても、10位以内など無理だ…」

ピットに整然と機材を配し黙々と作業を進める関口整備主任。壁にはタイムスケジュールなどが張り出されその整理ぶりも周囲を驚かせた。

河島はその苦悩を1通の手紙にしたため、慣れない航空郵便としてナースリーホテル近くのポストに、静かに投函した。
「私たちは初めて世の中に出た井の中の蛙でした。でもただの蛙では終わりません。来年も再来年も世の中に出し続けて下さい。きっと3年先には大海を知る蛙に成長することを約束します。私たちは日本に生まれた蛙です。他国の蛙などに負けない魂をもっています」

宛名は、本田宗一郎。
まさにまんじりともせずマン島からの報告を待ち受ける宗一郎にとって、この一文は現地の厳しさを如実に知らされるとともに、さらなる情熱をかきたてられる確実なメッセージとなって伝わった。
 
そして1959年6月3日水曜日、125㏄クラスのレース当日が、瞬く間にやってきた。午後1時、高く澄みわたるマン島の空に、スターティングフラッグがひるがえった。

●’61年、参戦3年目にしてホンダに125㏄タイトルをもたらしたT.フィリス(ゼッケン26) と、250㏄チャンピオンとなったM.ヘイルウッド(ゼッケン22)。

●優れたライダーを輩出した田中健二郎学校=ホンダスピードクラブの面々。校長自ら日本人初の表彰台に登るなど、その貢献は計り知れない。

 

後編はこちら(順次公開)

 

★『浅間から世界GPへの道』 現在発売中!!★

浅間レースから現代に続く日本レース史を扱っている『浅間から世界GPへの道-昭和二輪レース史1950〜1980』、現在好評発売中です!
1950年代当時、国内には舗装路のレースなど無く、ダートでのレースしか知らなかった日本のバイクメーカー。舗装路を走るノウハウなど全く無かった日本メーカーがどのようにして国外のレースに挑んだのか、男たちは何を胸に抱きバイクを走らせたのかが分かる貴重な一冊となっております。現代では世界トップクラスの実力を誇る日本のバイクメーカー、FIM世界耐久選手権など多くのレースが行われる鈴鹿サーキットがもたらした新しいモーターサイクルの歴史、戦後国産メーカー工場レーサー系譜図鑑など、これさえあれば日本の二輪レース史が丸分かりできるボリュームとなっております。
また、サーキットとしての公式レースの幕が下りることとなった、幻の’59浅間火山レースのカラー映像、それから’59第1回全日本モトクロス信太山大会も収録されています!
ぜひお手にとって、先人たちの熱い思いを感じてください!

アマゾンの購入サイトはこちら!!

 

 

あわせて読みたいオススメ記事はこちら!

1

2

  1. 新型『CB1000F』を普通のツーリングライダーが「予備知識ゼロ」で試乗

  2. 【新型】大人にもおすすめの400ccバイク『CBR400R』がHonda E-Clutchを新搭載!? 足つき性の良さも人気の理由ひとつです!

  3. お店で買える! “かわいい”が詰め込まれた特別仕様車 『スーパーカブとハローキティがコラボ!』

  4. 【比較】『GB350 S』や『GB350 C』 とスタンダードモデルの違いって? 空冷シングル『GB350』シリーズはどれが人気?

  5. 初心者ママライダーの感じたRebel 250 E-Clutchの魅力。「私の心を落ち着かせてくれる存在です」

  6. 【わかる?】車検のある400ccクラスで発売からもう4年……だけど2024年まで『ベストセラー』を誇ったHondaのバイクってどれだと思う?

  7. 【え?空冷?】新型『CB1000F』を「予備知識ゼロ」でレビューすることになった→聞いてた話と違うじゃないか!?【Hondaの道は1日にしてならず/CB1000F ①第一印象 編】

  8. 【驚異の価格】新型EVスクーター『ICON e: (アイコンイー)』は26Lのシート下収納スペースありで充電もラク!【Honda2026新車ニュース】

  9. 徹底解説!レブル250の「Eクラッチ」が圧倒的に支持される「7つの理由」って? 【Honda E-Clutch/Rebel 250 S Edition編】

  10. 【質問】このバイクの車名ってわかる? Rebel 250(レブル250)じゃないよ!DAYTONA×Dope製のCL250向け『カスタム』です!

  11. ツーリング好きの私が年甲斐もなく『峠の走り』に夢中になってしまったバイクの話【Hondaの道は1日にしてならず/GB350 S インプレ・レビュー 前編】

  12. バイク歴18年のライダーはGB350 Cで初のMT車デビュー「これにしかない良さがあります」

  13. CRF1100L Africa Twin(アフリカツイン)が予想外のニューカラー!?新型モデルからは『MT』と『<S>』が無くなり『DCT』のみに!

  14. GB350はモトクロスの女王、川井麻央選手も絶賛「GBがいいヤツすぎて仲良くなりました」

  15. 【新車】125ccスクーター『LEAD 125(リード125)』がニューカラー2色追加で新発売! シート下スペース約37Lでスマートキー&USBソケットも標準装備!

  16. 10年、20年後も色褪せない「控えめに言って最高」GB350 Cを全力で絶賛する理由

  17. のんびりツーリング最強の大型バイク『CL500』がアップグレード!新色にも注目です!

  18. 通勤・通学、二人乗りもOKの遊べる125cc『ダックス125』は初心者の人も安心!

  19. 50歳からライダーデビュー。エネルギッシュな女性ライダーが考える悔いのない人生

  20. 新型『NX400』ってバイク初心者向けなの? 生産終了した『400X』と比較して何が違う?

アバター

モーサイ編集部

投稿者の記事一覧

1951年創刊のモーターサイクル専門誌。新車情報はもちろん、全国のツーリングライダーへ向けた旬な情報をお届けしています!

モーターサイクリストは毎月1日発売!