ヒストリー

意外な有名企業もバイクを作っていた! 時代に負けたバイクメーカー3選

ダイハツの「ソレックス」「ハロー」

トーハツと同様に(?)、大阪(ダイ)発動機(ハツ)の略称であるダイハツ。創業当時は発動機製造(株)の社名で内燃機の製造と販売を行っていた(1951年12月にダイハツ工業へと改称)。1930年にHA型三輪トラックを試作し、翌年に日本エヤーブレーキ社(現ナブテスコオートモーティブ。発動機製造、神戸製鋼所、東京瓦斯電気工業が1925年に設立)とともに改良型の「ツバサ号」を生産。以後1960年頃までは三輪車が同社の主力製品だった。当時の三輪車は二輪車ベースのチェーン駆動式のものがほとんどだったが、同社では1932年のHD型よりプロペラシャフト+デフ駆動を採用しており、運転性や整備性が高かった。

純国産三輪として試作されたダイハツ号HA型(1950年)。バイクの車体後半に大型のリヤカー式の台車を組み合わせている。

一方で、バイクの製造を始めたのは1952年から。二輪製造を行う子会社として、ツバサ工業を設立し、同社が製作した二輪版ツバサ号をダイハツの店で販売。商店などの足として重宝された。発売当初は英車的な意匠の4ストOHV単気筒250ccエンジンを搭載していたが、すぐにBMWのようなシャフト駆動のエンジンに変更された。1959年には大衆向けの2サイクル125ccファイター号をヘッドライトとタンク一体という先進スタイルで販売したが、奇抜すぎて売れず、翌1960年からはタンクとヘッドライトが分離した一般的なバイクのスタイルになっている。

1959年ツバサ・ファイター125HC。1950年代の「夢のデザイン」を具現化したのがファイター、ヘッドライトとタンクを一体としたデザインはフジモーター、ロードキングなどがあったが、一般ユーザーに違和感あり売れなかったため現存車は数台。2サイクル125ccセル始動、7ps/5500rpmで90km/h、価格13万2000円。ベンリイC92より3000円安かった。

ただ、この時期のダイハツではミゼットが絶大な人気を誇っており、他の三輪メーカーを吸収して生産にあたっていた。が、それでも間に合わず、ツバサ工業もミゼット生産に当たることとなり、バイク産業から撤退している。
その後1974年にフランスのモペッド、ソレックスの組み立て販売や(ブラジルでライセンス生産されていたキットを輸入し、それを組み立て販売をするという形だった)、イギリス人が設計した三輪スクーターのハローも販売していた。が、前者は最高速度が18km/hで実用的ではなく、後者は値段が高かったため、あまり売れなかった。

1974年ソレックスSXI。ツバサ同様にダイハツ店のみで販売。フランス映画に出てくるので一部の人に受けたが実用的でなく店の飾りなどに購入された例が多い。公称輸入台数2万5000台だが実数は不明。2サイクル49ccペダル始動、0.4ps/2250rpmで18km/h、速度が出ないので保安部品は不要な時代だった。価格6万9000円(1974年)、7万9800円(1975年)。

1974年ハローB10。後1輪駆動で操縦性に難があり不人気だった英アリエルスリーの設計者ウオリスが開発、車体がバンクし運転に練習必至。2サイクル49cc、3.5ps/6500rpmで50km/h、価格17万9000円、旧車として購入可能。電動のハローBC(B20)は30km/h、価格25万9000円。後にウオリスは三輪車の権利をホンダに売却した。

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