ヒストリー

【遙かなるグランプリへ4】ホンダに続け! 偶然の出会いが生んだスズキ・マン島TT挑戦史(後編)

輝ける日々へ

デグナーと伊藤を欠いた両チームは、惨憺(さんたん)たる結果となった。
デグナーがいれば優勝さえ狙えたMZは4位どまり。スズキに至っては15、16、18位。
とてもではないが胸を張って日本に帰れる成績ではなかった。

翌’61年、スズキは戦線を125と250に拡大しグランプリ全戦へのエントリーを開始したが、トラブルに悩まされ続け入賞を果たすことは出来なかった。
そして迎えた’61年9月17日第10戦スウェーデンGP。
最終レースの500㏄クラスが始まる直前、喧噪の中を一人の男がパドックから静かに抜け出しデンマーク行きのフェリー乗り場へと車を急がせた。
そこでNATOの職員と接触した彼は、正式に西ドイツへ亡命する意志を伝えた。

こうして自らの前途を切り開いたデグナーは、11月1日に来日しスズキとの契約を交わし、持てるノウハウのすべてをスズキのマシンに注ぎ込んだ。

●スズキの作業服を着て微笑むデグナー。実際に彼がマシンを設計したわけではないが、有形無形の協力はマシン開発に欠くことの出来ない力となった。

スズキがグランプリでの初優勝を掴むのは、その翌年’62年のマン島T.T.50㏄クラスでのことだ。
ライダーはもちろんデグナーだった。
そしてこの後、デグナーとスズキは快進撃を続け宿願のタイトルを獲得する。
過日デグナーと枕を並べた伊藤は、デグナー優勝の翌年’63年のマン島に、初めての日章旗を揚げた。
やがてスズキは50と125の軽量クラスで、まぎれもないトップメーカーの座へと登りつめていった。

●’63年、マン島50㏄クラスを制した伊藤(ゼッケン8)を、H.アンダーソン(ゼッケン4)とH.G.アンシャイト(ゼッケン2)が祝福する。デグナーはマシントラブルで脱落した。

●RK67で日本GP/富士スピードウェイを制した伊藤光夫。片山義美に続いて日本製マシン日本人ライダーによる2年連続日本グランプリ制覇となった。

幾重にも重なった人と人の偶然の巡り会いが、大願を成就させることがある。
レースの結果が技術だけで成り立っていないという事実を、スズキのグランプリ挑戦の歴史が静かに物語っている。

●1967年の最終戦日本グランプリを走ったRS67II。強制水冷V型4気筒ロータリーディスクバルブで42馬力を発生するモンスターマシンだった。

 

受け継がれるマシンと、新たなる巡り会い

1968(昭和43)年、スズキは’60年代におけるワークス活動に終止符を打った。
ただ、レギュレーション上、まだ数年はグランプリを走れるマシンがあり、スズキはそれをヨーロッパに残しプライベートライダー達に託した。

●ワークス撤退時にヨーロッパに残してきたRT67の2気筒はその後しばらくの間GPを走った。手前から2人目がバリー(ゼッケン37)。一番奥がA.ニエト。

偶然、レースを始めたいという不良息子に乗らせるマシンを探しているイギリス人のフランクという男が、スズキの125を手に入れた。
父からスズキの型落ちを与えられたその若造は、初出場の’70年スペインGPで軽量級の王者A.ニエトに続いて2位に入賞し周囲を驚かせた。
これが、フランクの息子バリー・シーンと、スズキの巡り会いだった。

●スズキが500㏄クラスに参入する時、イギリスの代理店から推薦され異例の大抜擢を受けたのがバリーだった。1971年、型落ちのスズキ125でニエトに続いてランキング2位を得ていたバリーの実績がかわれたのは言うまでもない。

●水冷3気筒の量産車GT750のTR750。デイトナなどを走り’70年代前半の大排気量に移行するスズキレース活動の中心的役割を果たした。

●バリー・シーンは’75年6月28日のアッセンで500㏄クラス初優勝。’76、’77年のタイトルを獲得し、その後のRG王国への立て役者となった。

●引退するまで⑦をつけ続けたバリー。テキサコ・ヘロンスズキのカラーリングとともに、彼の思い出がレースファンの記憶から消えることはない。

 

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