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ヤマハ FJ1100開発計画は1981年にスタート
世界最速。
この言葉を開発の中核としながらも、単なるスプリンターでなく、ロングツアーにも耐える装備と性格を与えられたのが、1984年、輸出専用モデルとして登場したヤマハ FJ1100だ。
同車は、ハイレベルな高速巡航性・快適性などで評価の高いスポーツツアラーFJR1300の原点とも呼べるモデルだが、FJ1100の開発経緯や開発過程での試行錯誤を以下、当時の記事から紐解いていこう。
*当記事は八重洲出版『別冊モーターサイクリスト』1984年5月号の記事を再構成・編集したものです。
アウトバーンで超高速走行ができ、実用性もあるマシンが求められた
FJ1100の企画はヨーロッパで開始された。
そのため3人の男が集まり、モーターサイクルでヨーロッパ中を走り回ることになる。彼らの探っていたのは、彼の地を走る最強のモーターサイクル像であった。ヤマハの旗艦たるモーターサイクルのコンセプトを求めてのロングツアーとも言える旅だった。
3人とは、フランソワ・デュマ、ボブ・トリッグ、そしてヤマハ商品企画課の佐々木勝司。デュマはフランス人ジャーナリスト、トリッグはアイソラスティックフレームで、1967年当時ベストハンドリングと評価されたノートン コマンドの設計チームに加わり、主任設計者のステファン・バウアー博士に協力した男だ。
モーターサイクルを愛し、モーターサイクルを知り抜いた3人は、多くのライダー、ディーラーの人々と話し合い、いくつかの要求を導き出した。
それはアウトバーンでの超高速走行からアルプスの峠道までを、不安なく速く駆け抜けることができ、バカンスにはふたりのライダーとキャンプ用品一式を積載する能力を持つ、というものであった。
前2者の要求を満たせばスーパースポーツとなり、後者を重視すれば同社のベンチャーローヤルのようなモーターサイクルとなってしまう。
「世界最速」が開発のキーワードとなった
しかし、世界最速という目標がこの考え方にひとつの方向性を与えてくれた。狙いはあくまでもヨーロッパ、そしてアメリカの速く走ることに喜びを感じる男達である。
スーパースポーツとしての能力にライダーを保護するプロテクションと積載能力をプラスする。しかも乗りやすさと、整備性はこれまでの大排気量車よりよくなくてはいけない。それが最終的に得られた結論だった。
また、従来の日本製大排気量スーパースポーツの弱点とも言える、フレームの持つ魅力という点にも力を注ぐべく指示がなされたという。
エグリ、ビモータに代表されるヨーロッパのフレーム(あるいは完成車)ビルダー達の造り出す情熱的なモーターサイクルに引けを取らない造形美と走り味を与える必要があるということなのだ。
エンジンは日本製の最強を、フレームはヨーロッパの最強を、それぞれ凌駕すべく設計は開始された。
ヤマハ FJ1100のエンジン「整備性、軽さを重視し、空冷並列4気筒に」
ヨーロッパで固められたコンセプトは、すぐさま本社に送られ、プリモデルが造られることになる。
ベースとなったエンジンはXS1100(Eleven)で、駆動方式はシャフトからチェーンへと改造されていた。このプロジェクトのリーダーである水谷昌司 第3技術部課長(当時)は、こう語る。
XS1100のエンジンをチェーン駆動化した試作車
「XS1100、XJ650、750、900をシャフトにした張本人は私なんです。イレブンの当時、チェーンは強度、伸びの両面で不安がありましたし、メンテナンスも大変でした。650のころもまだシールチェーンが出ておらず、ヨーロッパの要望としてはメンテナンスフリーが大きかったですから、シャフトにしました。もちろんシャフトでもレースができるレベルのハンドリングは確保できると思っていたから使ったし、事実、XJ系でレースに出ている人もいます。しかし、そうこうするうちにチェーンの耐久性が上がってきまして、こりゃもうチェーンで行ける、ということになりました。XVではオイルバス(編集部註:グリス封入式チェーンケース)などをやりましたが、あのころが過渡期で、今後はチェーンが主流になると思います」
長距離を走る海外のライダーの、メンテナンス面での要求を考慮してさえ、シャフトを使う必要がなくなったわけだ。また重量面での軽さ、ギヤレシオを簡単に変更できるといったメリットもチェーンにはある。
XS1100改エンジンを積んだプリモデルによる実走テストにより、フレームの方向も決まりつつあったが、それについては後述する。
プリモデルにXS1100のエンジンを採用したことからもうかがえるのだが、1100ccという排気量以上は、世界最速を目指してさえ不必要という意見がスタッフにはあった。
「100psを上限とする国もあるし、当時の常識では、これが最大だということです」(水谷:FJ1100プロジェクトリーダー以下同)
1100ccの排気量でシリンダーをいくつにし、それをどうレイアウトするか、この検討では並列4気筒が第一候補にされた。4気筒以上のVは整備性の悪さから排除されたし、並列6気筒は幅が広くなりすぎる。
当然水冷という考えも出たが、目標の出力は空冷でも十分出せる、それよりも「人間の操れる最大重量は230kgあたり」とした技術陣にとっては、空冷の軽さが魅力だった。
最高出力125馬力を達成するための課題
一見平凡とも言える空冷並列4気筒を採用した理由は、整備性と軽さ以外に、ヨーロッパのライダーは日本ほどスペックを気にしないということがある。
彼らは、水冷、V4、といった複雑なメカニズムより、走りが同等ならシンプルなエンジンを好むのだという。こうしてXS1100改エンジンから、FJ1100エンジンへと、開発の目標を定めた設計チームが、125psを出すために重点的に詰めていたのは「ロス馬力の低減」、「燃焼室形状の改善」、「吸入効率の改善」だった。
最初の項目については、とにかくエンジン内で動くものの重量を少しでも軽くする一方、ポンピングロスの低減にも着目した。
ピストンは燃焼室に入った混合気を圧縮するが、これと同様のことがクランクケース側でも起こっている。もちろんクランク側はヘッド側と違って独立空間ではないが、クランクケース側壁に穴(25mm径前後)を開けることによって、隣接気筒へ圧縮された空気を素早く逃してやることは、ロス馬力の低減に有効だ。この方式は以前ヨーロッパ仕様のXS1100で行い、実効を確認済みだ。
FJ1100の場合、これによって3〜4psの出力向上を見ている。
またカムシャフトの軸受けが、一般の並列4気筒の場合6ヵ所あるが、FJ1100は4ヵ所しかなく、メカロスを低減している。
これは6ヵ所あったうちの2ヵ所を外すのではなく(この方式ではカムシャフトが振動してしまう)、4バルブの2本のバルブ間にカム軸を位置させる方式だ。
トヨタ自動車のために、ヤマハが製造する24バルブエンジンと同時期に開発されたものだが、市場への登場は4輪用がひと足早かったわけだ。
各気筒4本のバルブは、リフターを介してカムシャフトが直接押す方式だ。ロッカーアーム方式が増えつつある現在、あえてこの方式を選んだのは、慣性重量の減少のためだ。
「ボアにリフターが入り切らない小排気量は別として、大型車は直接押す方式にしようという意志があります。実際自動車のF1なんかじゃ、ロッカーアーム式のエンジンはないんじゃないですか」(水谷)
燃焼室形状は、4サイクルの場合バルブの挟み角がひとつのキーポイントとなる。この角度を詰めて、表面積の小さな燃焼室にすれば「馬力、燃焼はよくなる」が、「空冷の場合、必ず冷却で悩む」ことになり、「長時間のテストではコンプレッションも落ちる」という。そしてFJ1100は64度という大きな角度を採用することになる。
「空冷の場合は、このくらいの排気量になれば、ピストンヘッドもフラットに近づくので、ある程度角度を広く取っても燃焼室表面積はコンパクトにでき、馬力は出せる。そして、バルブまわりの通風をよくして温度を下げたほうがトータルでは有利と判断しました」(水谷)
吸入空気量をリフト量1mmごとに各回転域で計測し、吸入量を示す曲線に谷ができないようにポート形状を変更する作業も行われた。これはトライ&エラーの職人芸だという。
クランクシャフトにギヤを切って、3軸とする手法や、ACGを背中に積んで、バンク角を稼ぐといった手法は従来どおりである。
こうして完成したFJ1100のエンジンは、1次試作ですでに120psを出し、素性の良さを証明した。
重量はエアクリーナー、マフラー、キャブレターを含んで119kg。全幅×全長×全高は493×523×538(mm)であり、XS1100よりそれぞれ85×98×21(mm)も小さい。
FJ1100の車体「16インチホイールを使うための高剛性ラテラルフレーム」
フレームをどういう構成でまとめるかには、無限と言っていいほどの考え方があるが、FJ1100において一貫して主張されたのは、横方向からの力に対する剛性の確保だった。
そのためには「ヘッドパイプとスイングアームピボットを短く」し、「フレームの幅を広く」することが有効だ。このふたつの要素をひとつにまとめたとき、おのずとシリンダー側面をフレームパイプが通るレイアウトが浮かび上がってくる。
「今までのフレームと比べると、FJ1100のラテラルフレームはダントツに剛性が高い」というが、それほどまでの高剛性は、なんのために必要だったのだろうか。その答えはFJ1100に前後16インチホイールを装備することから導き出される。
最高速を追求しつつ、軽いハンドリングとするための16インチ
当初からこのモーターサイクルは、世界最速であるだけでなく、スーパースポーツとしての操安性、さらにライダーにとって扱いやすい(従来の750ccクラス相当)モーターサイクルを目指していた。
最高速を高くするためには、前面面積を減らさねばならないが、そのためには小径の前輪が実に有効だ。タイヤそのものの全高が小さくなる以上に、ステアイングヘッドの位置を低くでき、それはモーターサイクルの全高に直結するからだ。
また軽いハンドリングを得るためにも小径ホイールは効果がある。
後輪に関しては、まず125psのハイパワーを路面に伝えるための接地面積を稼ぐため、ワイドなものが必要になる。
ただし、18インチでこれを行うと直径が大きくなりすぎ、適当なサスペンションストロークを設定するとシート高が高くなりすぎる。扱いやすいモーターサイクルにとってシート高は無視できない問題だし、全高=前面面積にも影響がある。
こうして16インチを前後に採用したわけだが、「小径ホイール車は他社さんのモーターサイクルを見てもそうですが、どうしても安定性が悪くなる傾向にあるようです。横剛性を高くしたのは、こうすると安定性がよくなるからなのです」(中道 忍:FJ1100車体設計担当)という。従来の16インチ車に満足できなかったヤマハの解答が、このラテラルフレームなのだ。
メーンチューブがステアリングヘッド前方まで伸びているのは、角パイプを急激な角度で曲げると歪みを生じるためで、むしろ生産性に関係することだが、こうしたレイアウトを取った結果、ステアリングヘッド前方からも支点を取ることができ、ヘッド周辺の剛性向上に役立つことになる。
「しかし、要求を満足するフレームなら、どんなタイプのものでもよいわけで、FJ1100はシリンダー幅の関係でラテラルフレームとしましたが、ヘッドパイプの前へフレームパイプを通すことにこだわってはいません」(水谷)
良好な整備性というメリットもあったラテラルフレーム
走りの要求から生まれたラテラルフレームだが、その利点は剛性の高さだけではない。
タンク、シートを外すだけで、シリンダーから上のすべての整備が可能なのだ。良好な整備性というヨーロッパからの要求を満たすのに十分の出来と言えよう。エンジンを下ろすような重整備時は、ダウンチューブを取り外せばいいし、リヤのサブフレームも脱着式だ。
もうひとつのヨーロッパからの注文は、高速ツーリングでの航続距離を長くするためのビッグタンクだった。この点でもエンジン上部にフレームパイプがないため、ガソリンタンク下面をフラットに近づけることができ、24.5Lを確保。外観から想像するよりも多量のガソリンを飲み込めるものとなった。
ところがタンク下面をフラットにすると、空冷エンジンのシリンダーヘッドを冷却すべき空気がうまく流れないという弊害が起きた。そこで、それまで後方へ抜いていた空気を側方へ逃すことにし、さらにパーコレーションを防ぐため、アルミ板にゴムを張ったプレートを、キャブレターとヘッドの間に挟んでいる。空冷エンジンゆえの問題であった。
フレーム重量は、鉄の角パイプ製の本体が20.5kg。アルミのスイングアームは4.2kgだ。
ヤマハによれば「エンジン以上に高度な技術を用いた」というラテラルフレームは、確かに従来の日本車のフレームと大きく異なるイメージを与えてくれるが、それはヨーロッパからの要求によって生まれたものと言える。
サスペンションは、フロントにアンチダイブ機構を持ち、リヤは新設計のアジャスタブルリンク式モノクロスを採用。ダンパーとスプリングの調整は、両者の最適な組み合わせで同時に切り替えることのできるプログラム式となっている。
従来の個別に調整できるものでは、あまりに多くの組み合わせが選べてしまい、セッティングし切れないユーザーもいることを配慮してのものだが、もちろん個別にセットすることもできる。
1名乗車から2名プラス大量の荷物といった広範囲な荷重に対応可能なのも、ヨーロッパでの使用を重視したためだ。
ブレーキはベンチレーテッドタイプのディスクプレートと対向ピストンを組み合わせ、フロントにダブル、リヤにシングルのトリプルディスクとして240km/hオーバーの最高速に対応している。
*編集部註:『別冊モーターサイクリスト』1984年5月号では最高速テストも行っており、ウエット路面でありながら実測230.8km/hの記録を残している。
開発に使われた「秘密兵器」/ヤマハFJ1100主要諸元1
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