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ヒストリー

ホンダ ゴールドウイング(GL1500)開発者インタビュー「スーパースポーツの名人が仕上げた極上6気筒ツアラー」

6気筒ゴールドウイングの原点

アメリカにおいて求められるモーターサイクルを徹底追求し、水平対向4気筒エンジン+シャフトドライブ機構を盛り込み1975年にアメリカ市場に投入されたGL1000。
70年代前半に一世を風靡したカワサキの高性能モデル「Z1」と異なり、グランドツアラー的モデルとして船出した同車は、スポーツツアラーとしての運動性能も追求して現在のゴールドウイングシリーズに至るが、そのターニングポイントとも言えるのが6気筒化と大幅な装備の充実を図った4代目ゴールドウイング(GL1500)だった。

また、同車は日本で正規販売された最初のゴールドウイングでもあり(それまでは輸出専用車だった)、その後のファン拡大にも大いに貢献した。当記事では、開発リーダー・山中 勲さんの証言から4代目ゴールドウイング(GL1500)が誕生するまでを振り返る。

ゴールドウイング(GL1500)のLPLを務めた山中 勲さん

1945年1月15日生まれ、静岡県浜松市出身。 1963年入社後、約10年の鈴鹿製作所勤務を経て1974年から朝霞研究所へ異動。車体設計者としてCJ360Tの次に耐久レーサーRCB1000、CB750/900F、CB1100Rを担当。
LPLとして初の担当車種はVF750Fで、VF系にはほぼすべてに関わり、続くVFR750Fも担当。ゴールドウイング(GL1500)やST1100パンヨーロピアンなどツアラーも手がけ、NR750、CBR1100XXを最後に設計の現場を離れる。2005年に定年退職。写真は2009年撮影。


ゴールドウイング(GL1500)の6気筒化はアメリカ市場の要望が強かった

80年代の前半ですか、ホンダ以外の3社も豪華ツアラー市場に参入して来てたんですね。それらは排気量で1200を上回り、装備も充実している……。老舗のウチとしては次期型でそれらを圧倒しようという狙いがありました。

──そうして、VFR750Fを完成させたばかりの山中さんが担当したのが、新型ゴールドウイング(GL1500)だった。 耐久レーサーRCB開発の経験もあり、社内外でも「スーパースポーツの山中」の印象が強まっていた中での、LPL(開発リーダー)抜擢となった。

GL1500の最初のLPLは、GL1100/1200を担当された田中脩司さん、2代目がショートリリーフでしたが仙崎千吉さん。次に私に指名が回ってきたんですが、実はこのとき「自分はスポーツモデルしかやったことがないし、まだやり残した課題もあるから」と言って断ったんです。
でも上層部から「いいからやれ、お前しかいないんだ」なんて言われまして。私もまだ若かったし、元気がよかったんでしょう(笑)。ならば白紙から新型をやるぞ、山中流のGLを世に出すんだと意気込んでました。

──1985年の開発当時、山中さんの役職名は主任研究員。脂の乗り切った40歳だった。

今度のGLを6気筒にする案は、私がLPLに就任する以前に決まっていました。アメリカサイドから「6気筒エンジンは高級感があり、ステイタス性も高いので是非」というイメージ戦略的な意見が強かったです。排気量の決定は、ふたり乗りで荷物をフル積載した状態で、平地と同じように坂道を登れる余裕を持たせるなら1500ccぐらいがベストだろうという話になりました。

1988年に登場したゴールドウイング(GL1500)。1990年に設定された上級グレード「SE」から、スクリーン下部中央にベンチレーターが設けられ、国内仕様では1995年からワイパーが標準装備となる。

ツアラーとして6気筒は正しいか

6気筒のA0K=M1(*)は、あくまで試作機として検討されただけで、GL1000はもちろん1200のころも6気筒で出すのは無理だったと思います。何しろエンジンが大きすぎて人が乗る場所がない。足をどこに置くかなど問題が山積みですから。直6とかV6の案ですか? それはなかったです。ツアラーに要求される安定性のために水平対向は外せませんでした。

ともかくゴールドウイングは ここで新世代を迎えることになり、我々は6気筒の特性を生かしてスムーズに回転の上がるモデルを目指しました。アメリカ側とも何度も打ち合わせをした上で、試作車を造り上げて彼らに乗らせてみたら「吹け上がりが スポーティすぎる。これはツアラーじゃない」「もっと低速でトルクのある、グイグイと引っぱる力が欲しいんだ」と。
だったら6気筒じゃなく4気筒のほうが向いてるんですが、でも彼ら(アメリカ人)は6気筒でそれをやれと。これは4輪にたとえると「オデッセイにポルシェのエンジンを積んでファミリーカーを造れ」と言われているのに等しいんです。

*編集部注:初代GL1000登場の3年前に製作された、水冷式水平対向6気筒1470ccエンジン搭載の試作車。

──この矛盾の塊の要望について、山中チームはどのような解決策を講じたのだろう。

まずボア・ストローク比を見直して、ロングストローク化。さらにフライホイールマスを増加させ、ピックアップを穏やかに。ミッションもそっくり変更して回転数を低くしていきました。

──およそ6気筒の特性の逆を行くセッティングと言えるが、吸気系はどう設定したのか。

キャブレターを1個か2個か6個の中から選ぶわけですが、6キャブはカウルに干渉するのと、アフターメンテナンスの面で同調を取るのが困難だろうとの判断から採用を見合わせました。吸気管長は等しくするのが理想ですが、色々な補正デバイスを付けて、結局2キャブになりました。1キャブ案と燃料噴射案は見送りました。

主にアメリカ市場からの要望で排気量拡大&6気筒化されたエンジン。60度位相のクランクピンにより、各気筒の点火間隔は120度の等間隔爆発とされる。キャブレターはダウンドラフトの2連タイプ。
1520ccの水平対向6気筒エンジンは国内仕様で最高出力97ps/5000rpm、最大トルク15.2kgm /4000rpmの性能を発揮。従来型といえるGL1200と出力的には大差ないものの、トルクは一気に4.5kgmもアップしている。

豪華装備満載だが、車体には軽快にワインディングを走れる性能も

──ホンダ初の1500ccエンジンを搭載する2輪車となったが、その車体開発はどうだったのだろうか。

フレーム形式は一応ダブルクレードル型ですが、1200とはまったく違います。アルミフレーム案はまだありませんでしたね。ツアラーに求められるハンドリングとは、荷物満載で安定して走れること。
メイン市場がアメリカとはいえ真っ直ぐ走るだけではダメで、半径の小さなインターチェンジでの切り返しや、山間部のワインディングを軽快に駆け抜ける性能も必要です。それには低重心、車体の高剛性化、ディメンション、サスペンション性能も煮詰めていかなくてはならない。

こうした諸元は、その都度最適なものを探っていく必要があり、GL1500では静粛性と乗り心地を優先させてエンジンをラバーマウントしましたが、これだとエンジンを強度部材に使えず、車体側にストレスがかかります。そのためマウントラバーの材質や形状、取り付け位置を何度も検討して決めています。

部品で苦労したのは何と言ってもシートでしたね。トランスポーターの中にミシンとシートの素材を大量に積み込んで、シート縫製のエキスパートにも参加してもらい、走っては形状を変更し、走ってはまた縫い直しって作業をしながら試していました。しかも情報が漏れないように夜間、人目に付かない場所でテストを行いました。
尻や背中の収まり具合やひじ掛けの位置決めはもちろん、シートに風船状の空気袋を内蔵してコンプレッサーで空気を出し入れできるようにしたり、タンデムステップは高さを変えられるようにもしました。

極力メカ部分を覆い隠すデザインのため内部構造をイメージしにくいが、足まわりはアンチノーズダイブ機構を持つフロントフォークに、右側をエアスプリング、左側をコイルスプリング+ダンパーとするツインショック式リヤサスペンションの組み合わせ。
フレームはスチール製で「ダブルクレードル型」となるが、ヘッドパイプとそこに連結される左右のメインビームの角度が開いており、ヘッドパイプを極力ライダー側へ近づけている。アンダーループとの接続部分には大型のガセットを追加し、剛性を高めた。

4輪車的な装備も盛り込まれたゴールドウイング(GL1500)

──バック(後退)ができるリバースギヤの採用もゴールドウイング(GL1500)ならではの特徴であり、画期的な機構だった。

リバースモーター……それまではバイクをクルマのように後退させるという発想がなかったんですが、何しろフル積載のツアラーですから、これがリバースできたらどんなにか便利だろうと考えました。
皇宮警察用のサイドカーにはギヤをバックに入れ、スロットル操作で後退できる機構がすでにあったんですが、それはサイドカーだからできることで2輪では難しい。この少し前に、4輪畑から人材を異動させ設計陣を補強していた経緯があり、実はこの機能を設計したのも4輪出身の藤田晴康さんで、始動に使うセルモーターを後退に共用させるのは彼のアイデアです。これは大きなインパクトがあり、アメリカでの新車発表会のとき、バックするGL1500を見て場内の拍手が鳴り止まなかったほどです。

──このように自動車的な装備が付加される一方、初期型には積み残した課題もあり、たとえばワイパーは装着されていなかった。

2輪のスクリーンはガラスでなく軽量なポリカーボネイトで、表面にはハードコートを施すんですが、どうしても傷は付きやすい。その上形状も湾曲していますし、高速走行時にはスクリーン自体が風圧で変形してしまいますから、ブレードをぴったり追従させるのが難しい。後の型(1995年)では、そういった課題を克服して装着したと思いますが。

タンデムでの会話や音楽を楽しむゴールドウイングには静粛性にも重きが置かれ、無響室でのテストを経て、サルーンのように上質な乗り味が実現されたのだった。
フロントカウル内には左右3ヵ所ずつ、計6ヵ所の外気取り入れベンチレーションを持ち、足元の2つは外気/暖気切り替え式となっている。スクリーンは手動で65mmの高さ調節が可能。

国内販売「上限750cc自主規制」を超えた第1号車となった

──1985年9月22日、アメリカで先進国5ヵ国蔵相会議=プラザ合意が行われ、以降急速に円高が進行する。これ以前の米ドル相場は1ドル240円前後で推移していたが、瞬く間に200円を切り、さらに加速していく。

企画段階では「他社の追随を許さない、21世紀をも見据えた最高級ツアラー」だったわけです。ところがプラザ合意以降、その前提を崩さずにコストダウンを図らねばならなかった。
当初は1ドル200円を想定して各部の設計を見直し、何とかコストを下げたものの、円高は止まらず、生産の立ち上がり時期の米ドル相場は140円。具体的な方策としては、まず日本国内の各協力メーカーさんにお願いして部品をコストダウン、資材調達がアメリカで可能ならそれもやってもらいました。
製造はGL1100の時代からオハイオ工場でしたが、部品や資材は現地調達して、できるだけ輸出は避けたわけです。開発陣も品質は落とさず設計変更して、コストのみ削減。複雑な工程を減らしてシンプルにするとかですね。

──昨今の世相を思わせる経済事情と言えるが、落差は今のそれと比べ物にならない。そうして1988年、ゴールドウイング(GL1500)はついに販売を開始。 山中さんのねらいどおり、6気筒の新ゴールドウイングは完全に他を圧倒した。

よくやり遂げたな、と言う達成感が強いですね。物理的な矛盾の解消にコストダウンの難題、さらには最高級とは何かの追求。「金持ちの気分になって開発しろ」なんてムチャクチャも言われましたからねぇ(笑)

──アメリカ製の輸入車として日本でも販売されたGL1500であったが、このころは円高による逆輸入リッターバイク上陸が盛んとなり、これにより国内仕様の排気量上限750ccが形骸化しつつあった時期である。この「排気量自主規制」に一石を投じたのが、暴走族とは無縁のコンセプトを持つゴールドウイングだった。以降、他社もオーバー750ccモデルを順次発売し、今日の日本市場におけるリッターバイク隆盛を築いたことも記憶に留めておきたい。

ゴールドウイング主要諸元(1988年国内仕様)

[エンジン・性能]
種類:水冷4サイクル水平対向6気筒OHC2バルブ ボア・ストローク:71.0mm×64.0mm 総排気量:1520cc 最高出力:97ps/5000rpm 最大トルク:15.2kgm/4000rpm 変速機:5段リターン+後退
[寸法・重量]
全長:2630 全幅:955 全高:1525 ホイールベース:1700 シート高770(各mm) タイヤサイズ:F130/70-18 R160/80-16 車両重量:360kg(乾燥) 燃料タンク容量:23L
[新車当時価格]
175万円

原文●高野英治 写真●八重洲出版/ホンダ 編集●上野茂岐

*当記事は八重洲出版『別冊モーターサイクリスト2009年9月号』、八重洲出版『ホンダ ゴールドウイング オールファンブック』を再編集・再構成したものです。

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山中勲さんが手掛けたモデルに関してはホンダ公式web内「山中勲手記・熱き心で夢を創らん」に詳しい

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