今回発売されたBENLY e:(ベンリィe:)は『毎日のデリバリーにちょうどいい』という開発コンセプトで誕生した、ビジネスユースに特化した電動スクーターである。そして、1994年のCUV ES以来、四半世紀を迎えるホンダ製電動スクーターの集大成と言える高いレベルの完成度を実現している。
ラインアップは原付一種相当のベンリィe:Iと、原付二種相当のベンリィe:II、それぞれにスタンダードと「プロ」仕様を用意した計4機種。価格はスタンダードのベンリィe:I/e:IIがいずれも73万7000円、ベンリィe:Iプロ/e:IIプロがいずれも74万8000円で、4月24日に発売となる(バッテリー2個と専用充電器付属)。
ベンリィのガソリンエンジンモデルを上回る加速性能
EVシステム面では、バッテリーに2018年登場のPCX-ELECTRICと同じホンダモバイルパワーパック(リチウムイオン電池)を2個使用し、フル充電でベンリイe:Ⅰが87km(30km/h定地走行)、ベンリィe:IIが43km(60km/h定地走行)の航続距離だ。
動力性能では、ガソリンエンジン車に対し最高出力でやや劣るものの、最大トルクではIで約3倍、IIで約1.7倍という圧倒的な数値を実現しているのは電動モーターならでは。加えて、ベンリイe:ではモーターのコイルには静粛性を高める分布巻きを採用している。
この結果、ベンリイe:I/e:IIともにゼロ発進からの加速は極めてスムーズかつ力強く、全開加速では素早く最高速付近へ到達する。特にベンリイe:Iのそれはガソリンエンジンのベンリィ(50cc)を上回る加速でありながら、開け始めのスロットルレスポンスに唐突さがまったくなく、優しくスピーディーだ。
ベンリイe:IIでは、当然ながらそれにパワフルさが上乗せされる。両車とも総じてスロットル開度に忠実に出力を発生するのだが、急激な立ち上がりではなく、どこか人間の感覚に合った微妙なタイムラグも感じさせる。
このあたりの味付けの作り込みは、流石である。したがって、誰が乗っても扱いやすく、その意志に応じた速度で滑らかに静粛に走るのだ。
さらに特筆すべきは、その車体である。両車共に車両重量は125kgあり、特にベンリィe:Iでは+15kgとガソリン車に比べて決して軽いとは言えないスペックではあるが、それをまったく感じさせないところが素晴らしい。
そもそも、車体はガソリン車のベンリィシリーズをベースにしているが、重量増に対応した変更がなされている事に加えて、その設定は高出力のe:IIを基準としている。つまり、e:Iの車体は「オーバースペック」ともいえ、路面のちょっとした凹凸通過時、フルブレーキング、強引な切り返し、最高速付近のコーナリングでも極めて安定しており、サスペンションの底付き感や妙な衝撃、車体の不安定な挙動は(少なくとも想定される使用速度域、荷重域では)一切感じさせない。
出力の高いe:IIになると、ピッチング(荷重移動により車体が前後に動く挙動)が明らかに大きくなるが、それでも破綻するような気配は皆無だ。
実はモーターによる駆動以上に、この車体の落ち着きがベンリィe:の美点ではないだろうか。
なぜなら、この事が郵便配達や新聞配達の業務等で、街中のストップ&ゴーを繰り返し、様々な路面状況に遭遇する時に運転者の感じるストレスを低減させるからだ。この点で言えば、スーパーカブシリーズよりも優れていると言ってもいい。
しかも、動力ユニットは静粛かつ排出ガスゼロでほぼ無振動、実質的にメンテナンスフリーだから、配達業務にはこれ以上の物はないと思わせる。
『ホンダフリートマネージメント』:リアルタイムで各車の情報をフィードバック
このベンリィe:の魅力はハードだけではない。後進アシスト機能、プロ仕様ではフットブレーキによる前後連動のコンビブレーキ(スタンダードは従来のガソリン車同様、左レバーで前後連動)、デジタルメータ―とLEDヘッドライトなどが新採用されており、ガソリン車のベンリィをベースに、機能をより洗練・充実させているのだ。
さらにはシート下に並列に収納されるバッテリーの着脱も、フェールセーフを考慮したシステマチックなものになっている。
そして、大きな特徴として新たに『Honda FLEETマネージメント』を採用した事が挙げられる。
これは車載発信器による情報収集および解析システムで、①位置情報、②走行レポート、③業務日報作成、④車両管理、⑤ジオフェンス(エリアに設定した仮想境界線を利用する情報サービス)などを掌握しデータ化するものだ。
これによって、運転者の走行状況や使用状況等を一括管理でき、安全性の向上、業務の合理化等を推進しようと言うものである(このシステムは取り付け可能であれば、ガソリン車にも応用できる)。
このようにビジネスユースに特化した電動スクーターとして、ハードとソフトの両面で充実した機能を持つベンリィe:は、非常にホンダらしい利便性に満ちた緻密な仕上がりを持っているだけではなく、電動スクーターの持つシティコミューターとしての可能性をより拡大するものである。
残念なのは、未だ企業・事業者向けの限定的な販売である点だろう。その理由は、環境対応を考えたリチウムイオンバッテリーのリサイクルを行うためにその回収率を100%に保証する事にある。
したがって、社会インフラの構築と意識の向上によって、やがては充電施設やバッテリー交換施設なども含めて、ベンリィe:が一般ユーザーに普及する可能性は十分にあるし、ぜひともそうなってほしい。
現状、このベンリィe:シリーズの価格帯は税込みで70万円台前半でだが、これも生産台数が増加すれば自ずとコストは抑制され、より求めやすい価格になるはずだ。
「航続距離が限定的だから、自宅と学校や会社の往復にちょうどいい。しかも静かでクリーンで、位置情報サービスで親は我が子の居る場所を把握できるわけだから、社会的な安全性も高いはずだ。だから、もっと求めやすい価格になれば、長距離を通学するような高校生に最適だと思う。それがバイクに乗るきっかけにもなるはずだ」
……と、ベンリィe:を遠目で眺めながら、とあるホンダ関係者がつぶやいたのだが、その通りではないだろうか。なにしろ、安価な外国製電動スクーターには、二輪メーカーが培って来たノウハウはない。それは車体の信頼性や安全性に如実に現れるものだし、1台の完成車としてのパッケージングやクオリティには雲泥の差があるはずだ。
だからこそ、現状ではヤマハのE-ビーノだけという一般向け電動スクーターが、いち日も早く普及する事を願うのである。
問い合わせ●ホンダ
TEL 0120-086819(お客様相談センター)
https://www.honda.co.jp/BENLYe/
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試乗レポート●関谷守正 写真●柴田直行/ホンダ 編集●上野茂岐