ヒストリー

【黎明期のDOHC】ホンダ CB450のバルブスプリング「トーションバースプリング」の挑戦

吸排気バルブの動きを司るバネ=バルブスプリング

二輪車をはじめ現在市販される一般公道用のエンジンは、その多くがレシプロの4サイクルを採用しています。ピストンの上昇と下降に合わせ、カムシャフトにより適時吸排気バルブを開閉して吸気・圧縮・燃焼・排気を繰り返すシステムです。

この基本動作が、車両を走らせるための動力を生み出す源です。エンジンの排気量や仕様にもよりますが、アイドリングでも1分間におよそ300〜700回ほどこのサイクルを繰り返しています。まさに目にも止まらぬ速さで運動を続けていますね。

これを実現するための、非常に重要な部品のひとつが「バルブスプリング」です。バルブスプリングは1分間に数百回から、時に数千回の圧縮と伸長を繰り返すため、非常に過酷な条件に置かれる部品であり、追従性はもちろん高い耐久性が求められます。

そんな場所に、「ばね」としてだれもが想像する「コイルスプリング」が多く使われています。これは何十年も前から変わりません。古くはヘアピン型スプリングを採用したものもありましたし、ドゥカティのように開閉の作動をスプリングに頼らない機構もあります(デスモドロミック)。

また近年ではレースマシンを中心に、ニューマチックバルブと呼ばれる圧縮エアでバルブを閉じる機構もありますが、市販車エンジンに使われる主流はあくまでシンプルなコイルスプリングとなっています。

1965年に登場したホンダCB450はDOHC機構だけでなく、バルブスプリングも独特だった

さて、そんなコイルスプリングが大活躍する世界に、かつて独特の機構で斬り込みをかけたモーターサイクルがあったことをご存じでしょうか。
それは、ホンダが1965年に発売したCB450です。国内では「クジラ」と呼ばれ、海外では「キャメルバック(ラクダの背中)」と呼ばれたりする、独特のタンク形状が印象的なモデルですね。空冷の4サイクル並列2気筒で、実排気量444ccから43psを発揮しました。

このCB450のエンジン、なんとバルブスプリングに一般的なコイル型ではなく「トーションバー」を採用しています。「バー(棒)」を「トーション(ひねる)」する。すなわち、金属棒にひねる力を加え、その戻る力を利用することでスプリングとして機能させるものです。

フォルクスワーゲン・ビートル(旧)やトヨタのハイエースなどなど、四輪車のサスペンション用としてはしばしば採用されるこのスプリングですが、条件がはるかに厳しいエンジンのバルブスプリングとして使われた例は極めてまれです。レース用は別として、市販車としてはフランスのパナールが販売していた水平対向エンジン(四輪車)、そしてこのCB450系くらいでしょうか。

ここでひとまず、スプリングという機械部品が機能する原理を見てみましょう。前提として、金属の弾性を利用していることはわかると思います。コイルスプリングも伸ばしてみれば金属棒ですし、ある一点で見るとひねられることで全体が縮み(または伸び)ますから、コイルスプリングもトーションバースプリングも同じ原理で機能していることがわかります。

それでもなお、CB450がややこしい機構を採用した理由とは……?
果たして、この特異なバルブスプリングにはどんなメリットがあったのでしょうか?

1960年代前半当時、ホンダはマン島TTをはじめとした世界のレースシーンで、2万回転も回る4サイクル多気筒エンジンで暴れまわっていました。高回転化・高出力化のため、早くから気筒あたり吸排気各2本の「4バルブ」を採用しており、GPへの挑戦開始からわずかな期間で世界レベルの戦闘力を得ていました。

これらで得た経験から、市販の高性能4サイクルモデルを次々に生み出していったわけですが、大型車市場への参入はまだであり、世界一を目指すメーカーとしてそこの開拓は必須事項でした。

そこで1963年に開発が始められたのがコード「103」、のちのCB450E(エンジンの意)です。ただ、市販エンジンですからレーサーと同じようなレイアウトや材料を採用するのは不可能です。どうしてもバルブ1本あたりが重くなる、2気筒2バルブの大型車でいかに高回転に対応するか……。ホンダの技術者は苦悩しました。
当時はまだ、このクラスの重いバルブに対応できる、量産市販車向きのコイルスプリング材が存在しなかったためです。

このため幾多の検討が重ねられたことと想像できますが、最終的に採用されたのがトーションバーバルブスプリングだったのです。

CB450のサービスマニュアルには、「固有振動数が高く設計でき、サージングがなくなり……」との記載が見られます。バルブ機構におけるサージングとは、カムによるバルブの開閉動作とスプリングの固有振動数が重なったとき、異常な振動を起こしバルブの開閉がうまく行われなくなり密閉性が失われる状態を言います。

当然、エンジンの出力は落ちてしまいます。ここで補足が必要となりますが、実際に開発で問題になったのはサージングではなく、バルブジャンプ(カムの山に乗り上げた勢いで跳ねる現象)とバルブバウンス(バルブシートに叩きつけられた後に跳ねる現象)だったと開発者は語っています。
いずれにせよ、エンジンの作動にとっては害でしかありませんでした。なお、コイルスプリングは内外の二重スプリングを設けることでサージングなどに対処しています。

CB450のエンジンは、吸排気でそれぞれ独立したカムシャフトを持つダブルオーバーヘッドカム機構(DOHC)、ボア70mm×ストローク57.8mmのショートストローク設定などを組み合わせ、450ccツインながらレッドゾーンが9500rpmからという高回転型エンジンに仕上げられていました(モデルチェンジ版のCB450K1は9700rpmから)。
これは、当時の大型車(450ccでも十分に大型車に分類された時代です)としては驚くべきスペックで、最高速は実に180km/hに到達していました。これを実現させた立役者が、トーションバーバルブスプリングだったというわけです。

しかしながら、主要な市場であるアメリカではトルク型のエンジンが好まれ、繊細で「回せば速い」CB450は好まれず、成功作とはなりませんでしたが……。
この経験は4年後に発売されるCB750Fourに存分に生かされることとなりました。

トーションバースプリングが現在主流ではない理由

残念(?)なことに、トーションバースプリングをバルブスプリングとして採用するメリットは、現代においてもはや「ない」と言えるでしょう。理由は明確。材料や加工の技術が進み、寸法や強さの設定および変更の容易なことに加え、さらにはコストの点でコイルスプリングに勝るものはないからです。

今や、クラシックレースの世界ではCB450エンジンのコイルスプリング化がポピュラーであり、ついでに触れると、さらに古いヘアピンスプリング車もコイルスプリング化することが珍しくないくらいです。

4サイクルエンジンの時代が続く限り、コイルスプリングの独壇場に変わりはない……と言えるのかもしれません。

レポート●神山雅道 写真●八重洲出版

  1. 原付免許で運転できる『新基準原付』4車種の価格と発売日が決定!『スーパーカブ110 Lite』『クロスカブ110 Lite』『Dio110 Lite』『スーパーカブ110プロ Lite』が新登場!

  2. 自分の愛車に合った「エンジンオイル」ってどうやって選べばいい?

  3. 愛車をもっと自分好みにするなら?世界的にカスタム人気の高い『CL500』がお手本にピッタリかも!

  4. 大排気量ツアラー一筋だったベテランライダーがXL750 TRANSALPに乗って感じた自由と楽しさとは?

  5. 原付二種相当のEVスクーター『CUV e: 』ってどんなバイク? 足つき性や航続距離など実際に触れて「わかったこと」を解説します!

  6. のんびりツーリング最強の大型バイク『CL500』がアップグレード!新色にも注目です!

  7. 【嘘だろ】2025モデル『GB350 C』が突き抜けカラーに!? これまで以上に「新車で買えるバイク」だと思えなくなって新登場です!

  8. XL750 TRANSALPで本気のオフを楽しむ!使って走ってなんぼのオーナーのバイクライフが自由だった

  9. Hondaが『EVスクーター』の普及に本気を出してきた!? 新型EVスクーター『CUV e: 』登場!

  10. 【新型登場】大人気『GB350』と『GB350 S』が大胆に変身! NEWカラーもスゴいけど……メーターやテールランプも「カスタムバイク」みたいになった!?

  11. 通勤・通学、二人乗りもOKの遊べる125cc『ダックス125』は初心者の人も安心!

  12. レブル500ってどんなバイク? 燃費や足つき性、装備などを解説します!

  13. ストリートとワインディングで感じた『CBR650R E-Clutch』の素晴らしさ。もうマニュアルクラッチに戻れる気がしない

  14. 免許取り立ての女性ライダーが「スーパーカブ110」と「リード125(LEAD125)」に乗ってみた感想は都内の普段遣いにベストな選択

  15. 50歳からライダーデビュー。エネルギッシュな女性ライダーが考える悔いのない人生

  16. 大きなバイクに疲れた元大型ライダーが「Honda E-Clutch」で体感したある異変とは?「バイクの概念が変わりました」

  17. 新型『NX400』ってバイク初心者向けなの? 生産終了した『400X』と比較して何が違う?

  18. 定年後のバイクライフをクロスカブ110で楽しむベテランライダー

  19. “HAWK 11(ホーク 11)と『芦ノ湖スカイライン』を駆け抜ける

  20. CL250とCL500はどっちがいい? CL500で800km走ってわかったこと【ホンダの道は1日にしてならず/Honda CL500 試乗インプレ・レビュー 前編】

アバター

モーサイ編集部

投稿者の記事一覧

1951年創刊のモーターサイクル専門誌。新車情報はもちろん、全国のツーリングライダーへ向けた旬な情報をお届けしています!

モーターサイクリストは毎月1日発売!

おすすめ記事

電動過給機付きV型3気筒エンジン!? ホンダがEICMA2024で驚きのコンセプトモデルを発表【伊ミラノショー速報】 サイン・ハウスのLEDヘッドライトバルブを買うとLEDポジションランプがついてくる! 「オートブリッパー」の普及がバイクの走りを変える!? 回転数合わせからの解放が制動への集中力を高めてくれる!

カテゴリー記事一覧

  1. GB350C ホンダ 足つき ライディングポジション

ピックアップ記事