その扱いやすい車格や耐久性の高さからツアラーとして愛用する人も多いスーパーカブ。そして、過酷な走行環境であればあるほど、カブの"万能ツアラー"ぶりがあらわになると言っても過言ではないのだ。
report&photo●櫻井伸樹
「年越し宗谷岬アタック」に挑戦
「日本の最北端で過ごす年越しは特別なものがあるぜ!」
あるときバイク仲間にそんな自慢をされた僕は、まだ国内でそんな冒険ツーリングができることに驚き、胸のワクワクが暴走し始めた。自宅の裏には長年放置していたスーパーカブ90もあるし、ちょうど40歳になったのを機に、僕もそのワクワクを探しに「年越し宗谷岬アタック」に挑戦することにした。
放置されていたカブはひどい状況だったが、さすがはホンダ。さびたワイヤー類とオイル、プラグの交換、キャブのオーバーホール、ガソリンの入れ替えですんなりエンジンは復活。雪中走行の肝であるスパイクタイヤはもちろん、グリップヒーター、ハンドウォーマー、スクリーンも装着。ウエアやキャンプ道具もマイナス10度に耐えられるものをそろえた。
そして年の瀬が押し迫る12月28日、僕は苫小牧から宗谷を目指した。初めて走る真冬の北海道は、夏のそれとはまったく別次元。スパイクタイヤのおかげで両側に足を出していれば転倒しないものの、その道はもはや舗装路ではなく、"いてついたオフロード"である。
新雪が踏み固められ凍り、その上にまた雪が降り、と、何層にもなった路面は、カキンカキン、ゴッツゴツ、ジョリジョリ、つるっつる、ふっかふか、とあらゆる状態で襲ってくる。特にミラーバーンと呼ばれる鏡のようなツルツル路面に粉雪が溜まった場所ではスパイクさえも効かず、気付いたら転んでいた、なんてことも。
正面からの強風だとアクセル全開でも30㎞/hしか出ず、猛吹雪の中では前後左右ばかりか上下さえも分からないホワイトアウトになり、自分が今、本当に道の上を走っているのか、前に進んでいるのかさえ分からない。聞こえるのは股下の小さな単気筒の鼓動のみ。でもそれが妙に心強いから不思議だ。転倒を重ねるたびに心が折れ、慎重になると距離が伸びない。あらゆる天候と路面と自分自身との葛藤を越え、ついに宗谷岬にたどり着いたときは、安堵のため息を漏らした。
カブの前後17インチという絶妙なホイール径は雪道で安定し、一方で足着き性にも余裕があるため足を出す走り方もにも対応。正月の北海道はガソリンスタンドが休みがちだから、燃費のよさも絶対必要。そのうえで荷物がたくさん積め、倒しても起こしやすい車重など、今思えばカブだからこそ、僕は何とか生きて帰ってこられたのだと思う。
やっぱりカブはタフで、本当に偉大だ。
●約20年間、ツーリング専門誌の編集部員として日本のみならず海外も取材。現在はフリーのライター・編集者としてバイク雑誌やアウトドア誌などに寄稿。最近はアウトドア用品のプロデュースなども手掛ける。愛車はカブ90のほか、TW200など多数