目次
本誌にたびたび寄稿しているイギリス人モーターサイクルジャーナリストのアダム・チャイルドが、選ばれしドゥカティオーナーのためのプレミアム体験試乗会「DRE MotoGPエクスペリエンス」に招待された。その貴重なレポートを前・中・後編に分けてお届けする。中編ではSBK(スーパーバイク世界選手権)仕様のパニガーレV4Rに試乗!
いよいよレーシングマシン試乗日!
時刻は午前9時。人けのないミサノ・ワールド・サーキットに足を踏み入れると、気温はすでに20℃台後半まで上昇していた。パドックは静まり返っているが、私の鼓動は昨日と同じく高鳴るばかりである。10時からメディカルチェックが予定されているため、気持ちを落ち着かせようと努める。診察を受けるときに心拍数が上がっているような事態は絶対に避けたい……。

すでにコースに出ている参加者たちがスタンダード仕様のパニガーレV4Sで慣熟走行をしている走行音が遠くから聞こえてくる。ガレージ内ではレーシングマシンの暖機運転が行われ、直管マフラーからの荒々しい排気音も聞こえてくる。現場は張り詰めた雰囲気だ。
これから何が起きようとしているのか、その現実味が徐々に湧いてきた。この機会に恵まれたことを非常に光栄に思うが、とりあえず今は自分に課せられた単純なミッションに集中する。それはすなわち、緊張を抑え、心拍数を落ち着かせ、日陰に入り暑さを避けることである。

昼食時までには、全てのテストを完了することができた。メディカルチェックも適性検査も無事クリア。それからは、厳選されたドゥカティスタたちがパニガーレV4Sや本格的なシミュレーターを使ってミサノ・サーキットを学び、特別な体験に身を投じていく様子を見守った。
数人の参加者がパニガーレV4Sでの完熟走行を終え、いよいよその次のステップであるSBK仕様パニガーレV4R(以下ワークスV4R)の試乗に向けて準備を始めている。ドゥカティ・コルセ(ドゥカティのレース部門)のメカニックがエンジンに火を入れると、ガレージ内は雷鳴のような轟音で満たされる。その圧倒的な迫力と威圧感は、このマシンが普通のバイクではないことを強烈に印象づける。昨日のディナーで親しくなったイギリスからの参加者、マークが一番初めの走行グループの1人としてコースに向かうことになり、出発前に少し言葉を交わしたが、緊張感がひしひしと伝わってきた。

私はこの日の最後の走行枠で試乗することになっているため、まだ革ツナギには着替えていない。自らの緊張をほぐすため、昨日のディナーで知り合ったもう一人の参加者で、ミサノ・サーキットに不慣れだというベンがシミュレーターで学習するのをサポートすることにした。
その後、私に先立ちMotoGPマシンでの走行を終えてピットに戻ってきたマークやベンの姿は、見ていて感情を揺さぶられるものだった。2人とも言葉を失ったような様子で、疲労と汗、そして信じられないほどすごい体験をしたという思いが入り混じった表情を浮かべている。マークは長年のドゥカティファンであり、そのバイク所有歴は40年以上にも及ぶが、今回の試乗が彼にとってどのような意味を持つのか、うまく言葉にできずにいる。
もう一日の終わりが近いような雰囲気になってきた午後4時頃、私はようやく革ツナギに袖を通す。ただでさえプレッシャーがかかっているというのに、そこへMotoGPレジェンドのケーシー・ストーナーが、アメリカの国内選手権で新星として注目されているケイラ・ヤーコフを伴って現れた。彼女はモトアメリカのスーパースポーツクラスでポールポジションや表彰台を獲得するなどすばらしいシーズンを送り、ドゥカティに招待されたのだ。VIP顧客の多くはすでに走行を終えており、残っているのは私ともう1名だけである。

私の番が来たら、まずはDRE(ドゥカティ・ライディング・エクスペリエンス)アカデミーのインストラクターと共にコースやギヤチェンジの手順を確認し、さらにシミュレーターを使ってレース用シフトパターンや試乗車を操るためのあらゆる要素をしっかりと頭にたたき込む。改めて確認したのは、どちらのレーシングマシンも1速と2速の間にニュートラルがなく、1速に入れるには(そしてそこからトップギヤまで上げていくには)下方向に踏み込む必要があるという点だ。

続いて、市販仕様のパニガーレV4Sに乗り換え、20分間の走行を行う。このセッションの目的は、コースを自信を持って走れるようしつつ速めのペースにも慣れること、そして、インストラクターに走行ライン、ブレーキングポイント、ライディングフォーム、そして全体的なテクニックをチェックしてもらうことだ。
パニガーレV4Sにまたがり、コースへと向かう。このマシンにはレース仕様のフルエキゾーストとピレリ製レーシングスリックタイヤが装着されている。ミサノ・サーキットを走るのは、いつだって特別な体験だ。高速で流れるようなレイアウトはV4Sにうってつけである。コース後半の大きな弧を描くセクションではギヤが5速に入り、スタート・フィニッシュラインを通過してストレートを駆け抜ける際は4速で加速、ブレーキングポイントまでに5速に達することもある。

230馬力近いパワーとわずか181.4kgという車両重量を誇るこのマシンは、サーキットにおいて驚異的な性能を発揮する。圧倒的な速さと驚くほどの安定性を備え、走らせるたびに深い満足感を与えてくれるのだ。私にとって、これは現在サーキットで乗れる最高のスポーツバイクのひとつだが、汗だくになりながらピットレーンに戻る際、ある考えが頭をよぎる。「これはまだ、ほんの『前菜』に過ぎないのだ」と。
走行後は振り返りを行い、最終的な調整を済ませて、いよいよSBKに参戦しているAruba.it RacingのワークスV4Rに乗る時間だ。さらに、全てが完璧に進めばサーキットが閉場となる午後6時の前に究極の試乗が待っている。市販車ベースのレーシングマシンとしての最高峰であるワークスV4Rから、MotoGP専用に作られたデスモセディチGP26への乗り換えである。

全てがうまくいくように願う。ミスは一切許されない。これら2台のバイクに何かトラブルが起きても、ガレージに予備の車両は控えていない。2台目のワークスV4Rはなく、控えのGP26もない。
このときに私が感じていたワクワクと息が詰まるような圧倒的な緊張を言葉で表現するのは難しい。多くのバイク愛好家と同じように、私も人生の大半をバイクに乗ることに費やし、レースをすることに憧れ続けてきた。今、私は緊張のあまり取り乱した姿をさらけ出すことがないように自分を制しながら、この瞬間の重みと向き合おうとしている。
ワークスV4Rに試乗。ノーマルV4Sとの違いとは?
日が傾き始めた頃、私は遂にワークスV4Rを託された。これから、元MotoGPライダーであり、とてつもない速さを持つカレル・アブラハムに先導されて走ることになる。彼の走行ラインの近くをキープできれば上出来だろう。
行程は単純だ。走行準備OKの合図が出たら、すぐにヘルメットとグローブを装着し、マシンにまたがり、アブラハムの後ろについてコースインするだけ。昨夜のブリーフィングでは説明に真剣に耳を傾け、テストにも合格した。しかし、いざバイクに歩み寄ってまたがってみると、左側のハンドルバーに2本のレバーがある……これは説明された覚えがない。
クラッチレバーは通常とは異なり、かなり高い位置にレイアウトされている。そして、通常ならばクラッチレバーがあるべき場所に、手でリヤブレーキを操作するためのレバーがあることに気づく。このリヤブレーキレバーをクラッチレバーと勘違いして握ることは、絶対に避けなければならない。

メーターパネルは、見慣れた安心感のあるデザインだ。明らかにパニガーレV4Sをベースにしている(あるいはその逆かもしれないが)。しかし、これはライダーが真に必要とする情報だけを表示するよう徹底的に無駄を削ぎ落とした、純粋なレース仕様のディスプレイだと言える。
998ccの「デスモセディチ・ストラダーレV4」エンジンに火が入る。そのサウンドは、レースキットを装着したV4Sよりも鋭く、荒々しい響きを帯びている。私は最後にもう一度、頭の中で手順を確認する――シフトパターンはレース仕様で、1速は「下」へ踏み込む。2速も「下」。3速、4速、5速、そして6速も全て「下」へ踏み込んでいく。ギヤを下げるときは、シフトペダルを「上」へ動かす操作になる。1速に入った状態からニュートラルにするには、別体式のニュートラルレバーを押しながら、シフトペダルをかき上げる必要がある。
クルーチーフが私に向いてうなずく。ペダルを踏み込んで1速に入れ、クラッチレバーを握り、慎重にリリースしながら回転数を少し上げると、ワークスV4Rはゆっくりと動き出した。コースへと走り出す。

マシンの感触には親しみがある。燃料タンクの形状やシート、ハンドルバー、そしてメーターパネルに至るまで、全てに「パニガーレ」のDNAが息づいているのを感じる。ただ、市販車のパニガーレV4SやパニガーレV4Rの面影はあるものの、それらとはまったく別物へと生まれ変わっている。
ハンドルバーは予想していたよりもずっと幅広だ。シートも幅広だが、座り心地が良く、グリップ力も極めて高い。マシンは路面にしっかりと吸い付くような安定感があり、安心感を抱かせてくれる。だが、そのスピードは……まさに別次元のものだった。
1速から2速、3速へと上げて走る。コースの序盤にあるタイトな複合コーナーは2速に落として走り抜け、バックストレートへ。前を行くアブラハムは、一切の容赦がない走りを見せている。彼は左側の縁石いっぱいまで使い、バイクを起こして力強くスロットルを開けていく。これは単なるサイティングラップではないのだ。
一方、数メートル後方を走る私は、2速でシフトライトを点灯させることができないでいた。3速でも同様だ。ギヤを4速には入れたものの、5速に入れる勇気は出ない。すでに強烈すぎる加速力を感じているからだ。

そして、これまで試乗してきたバイクの中で最も完璧な出来と言えるクイックシフターを駆使して2速まで落とし、次の左コーナーへ飛び込む。次は短い加速区間で2速、3速とギヤを上げ、ヘアピンのターン10に向けて再び2速へ下げる。ここを1速で回るライダーもいるが、私は2速のまま行くことにした。その方がバイクへの負荷が少なく、正直なところ、私自身も楽だからだ。
ミサノの高速セクションに差し掛かる。パニガーレV4Sならターン11を抜け、ターン12に達する前に5速に入っていた場所だ。だが、今回は違う。ワークスV4Rは圧倒的な速さだ。2速でシフトライトが点灯。3速でも点灯。4速でも点灯。5速に入れるべきなのだろうが、加速があまりにも強烈すぎて、そうする勇気が出てこない。何しろ、後輪出力は235馬力を超え、車両重量は168kg、つまり125ccや250ccクラスのマシンと大差ない軽さなのだ。
本来なら5速で回るべき右コーナーに4速で飛び込み、縁石いっぱいまで使って立ち上がり、スロットルを開けていく。それでも5速には入れられない。まだ勇気が足りないのだ。なんて速さなんだ!
その後は3速、2速と落とし、ホームストレートに戻ってくる。腹を括らなければならない。ストーナーをはじめ、ワークスV4Rで大記録を打ち立てたニコロ・ブレガやドゥカティのチームスタッフがピットウォールの向こう側でこちらを見ている。言い訳はできない。

今度は2速でシフトライトを点灯させる。3速でもシフトライトを点灯させる。 4速、シフトライトが点灯する。瞬きも、もしかすると呼吸さえも止まっているかもしれない。ハードブレーキングを掛けながら、4速、3速、2速。最初の右コーナーへターンインしていく際、リヤがわずかに動く。私はワークスV4Rとともに着実に進歩している。
SBKのレギュレーションがあるため、このマシンのエンジン上限回転数は公道用モデルと比べて劇的に高いわけではない。このマシンの真価は、単に高回転域の性能だけにあるのではない。パワーデリバリーや、路面を捉えるグリップ力、そしてコーナーを立ち上がる際の挙動こそがすばらしいのだ。
先導のアブラハムは周回ごとにペースを上げていく。彼が時折、私が後ろについているか確認するために振り返るのを見て、思わず笑みがこぼれる。私はもう必死にバイクにしがみついたり、祈っているような状態ではない。マシンの特性を理解し始め、その走りを心から楽しんでいる。
それは、ワークスV4Rに親しみやすさがあるからだろう。超・強化バージョンではあるものの、確かに市販車とのつながりが感じられる。各部の設計や乗車感覚、操舵感など、なじみ深い要素が数多くある。もちろん、ウインカーやミラー、扱いやすいスイッチ類といった公道車ならではの快適装備はないが、それでもパニガーレV4Sとの血のつながりを強く感じさせる。

一周一周が流れるように過ぎていく。そのうち、ブレーキングポイントをわずかに遅らせたり、コーナリングスピードを速めたり、自分自身とマシンを信頼できるようになってきた。2速、3速、4速とギヤを上げていく際の加速感は病みつきになるし、無駄な動きやエネルギーロスなくコーナーを猛然と立ち上がっていく挙動も最高だ。
しかし、サーキットの奥にある全開区間、ターン11は依然として恐怖心を抱かせる。まだ5速を本格的に使うところまでは至っていない。一度試してみたが、未知の領域に踏み込みすぎたような感覚があった。あまりに急激に速度が上がるため、頭の中で「もっと慎重に走れ!」という警告音声が響くのだ。このマシンを私の運転でクラッシュさせるわけにはいかない。

6周のハイスピード走行を終えてピットに戻ったとき、何よりもまず、ワークスV4Rを無傷で持ち帰れたことに安堵した。ブレガや他のSBKライダーたちが、こういったレーシングマシンで30周も競り合い続けているなんて、私には到底信じられない。エンジンを切り、ギヤをニュートラルに入れると、ドゥカティのメカニックたちから拍手が沸き起こり、DREのインストラクターたちがこちらに駆け寄ってきて力強く抱きしめてくれた。彼らは、私がこの特別な試乗で何を経験し、どんな感情を抱き、どれほど極限の集中力で走っていたかを理解してくれているのだ。

☆後編【デスモセディチGP26に試乗】に続く……
デスモセディチGP26試乗記は本誌2026年10月号でも読めるぞ!
report:Adam Child photo:Alex Photo/ドゥカティ まとめ:モーターサイクリスト編集部
































