今回の車両:ホンダ NC700シリーズ
■HONDA NC700series profile
669ccの新開発並列2気筒を積む基本プラットフォームから、デュアルパーパス型のNC700X、ネイキッドのNC700S、スクーター型のインテグラの3機種を造り分けるNCシリーズ。
非日常領域を切り捨てたエンジンはレブリミットを約6500回転と低く設定し、燃費と常用域の楽しさに特化。通常のタンク位置にはフルフェイスヘルメットも格納可能なラゲッジスペースを確保する。
クラッチ操作を不要とするDCT車の設定や、60万円を切る59万8500円(NC700S)という衝撃の低価格など、とにかく話題に事欠かず、2012年の二輪界を席巻した感がある。
■ニュータイプの資質
主任●かーかーりーちょー。今日はほんとにどうしたんですか? ふとした隙に急に考え込みますよね。
係長●そう? いや、細かな弱点はあるにせよ、NCは走らせて楽しいという、バイクの最も大事な性能を持っていると思うし、低燃費やDCTなど、新たな可能性の提案もしっかりある。その魅力がユーザーに伝わったからこそ、去年の二輪界を引っ張ってくれたわけだ。
主任●はい、聞けば聞くほど、文句があるとは思えません。
係長●俺の歯切れが悪いのはさ、NCってバイクに尊敬と懐疑、二つの気持ちを同時に抱いてしまうからかもしれん。
主任●好きだけど嫌い、嫌いだけどやっぱり好き、みたいな? 40がらみのオッサンに言われるととても気持ち悪いですが、では、まずは尊敬点からどうぞ。
係長●あんなバイクを造れるのは、世界広しと言えどもホンダしか存在しない。それってすごいじゃないか。このご時世に700ccのエンジンを新開発してあの値付けをし、世界で年間5万台を売りさばくなんて、他のどんなメーカーにも絶対に真似のできない芸当だよ。パニガーレはドゥカティにしか造れんように、R1200GSがBMWにしか造れんように、ホンダは、自社でしか造り得ないバイク像を必死に考え、決死で造って、瀕死のマーケットを活性化させたんだ。その想いをリスペクトしなくてどうする。
主任●ほうほう、なるほど。
係長●だがその一方で、NCは夢とか情熱とかの対象物たり得るのかなぁ……と考え込んでしまうんだ。俺の頭が古いのだろうが本来、モーターサイクルってのは憧れの対象とか、情熱を惜しみなく注げる存在であるべきだろう。「一生NCに乗り続けます!」ってオーナー、想像つく? 趣味の乗り物がここまで現実的に、ワールドビジネスサテライト的なコストダウン話で盛り上がってしまっていいのかと不安になるんだ。これはメディアの伝え方にも責任があるけどな。
主任●うむむ~。
係長●1プラットフォームでの多機種展開や、さまざまな手法による部品調達コストの低減とかって、日本の四輪メーカーがここ10年くらい、シャカリキに推進してきたことと同じだろ? その結果かどうかはわからないが、近頃の日本車は白物家電化が激しいとよく言われる。
主任●二輪にもそうした波が……と?
係長●四輪は基本的にはトランスポーターだからな。白物でもいいだろうよ。でもバイクって、原付とかを除けば全部がスポーツカーみたいな乗り物だろ? 俺の持論に「二輪には、四輪のブームが10年遅れてやって来る」というのがあるんだ。AT免許しかり、燃料噴射化やABSしかり。NCが売れに売れてさて10年後、二輪業界を振り返ったら「ああ、白物化の発火点はあそこだったのかも」となり得る怖さを含んでいるように、NCというバイクを感じるんだ。
主任●今日の係長はボンヤリさんな上に、考え方までズリズリに後ろ向きですね。
係長●やっぱさ、NCってニュータイプなんだろうな。「高回転なんか要らんのですよ」って急に言われても、えらい人にはなかなか理解してもらえないじゃん。
主任●係長、言ってることがだんだん支離滅裂になってますよ! 僕らみたいなオールドタイプは10年後の二輪業界とか、そんな壮大なことを考えなくっていいんですって。そんなことより、このサボり時間をいかにもっともらしい理由をつけて課長に報告するかのほうが、今の俺たちにはよっぽど重大な問題ですよ!
係長●それさ、マジでどうしましょう?
主任●そうですよ。もう2時間も携帯の電源切りっぱなんですから。この窮地を無事に切り抜けられる可能性なんて、既にヤシマ作戦の成功確率以下ですよ!
係長●いや、実はね、さっきからそれが憂鬱でたまんないの。
主任●ボ、ボンヤリはそれが理由!?
係長●うお~「バルス」って叫びてー!!もう、白物とかマーナとかどうでもよくね? NCは安く買えて走って楽しく、便利で低燃費で新機軸もいっぱいで嬉しいじゃん。何の文句があるんだ、最高じゃないか! あ~も~いいや、俺は明日の緊張感より今の幸せを取るぞ。今日は早退! お勘定と課長への説明、よろしくメカドック。
主任●ナベさん……じゃなくて係長! 逃げちゃダメですって!
(次回に続く……)
「高性能をねらわない」技術の数々
OHC4バルブの669cc並列2気筒は高い燃焼効率を踏襲するためにフィットの1.3ℓエンジンとボア・ストロークを同値(73×80㎜のロングストローク型)とし、常用域での味わいのために270度クランクやあえて振動を消し切らない1軸1次バランサー、左右気筒で異なるバルブタイミングなどを採用。収納スペース確保のためにシリンダーは62度まで寝かされて鋼管ダイヤモンドフレームに搭載される。燃費が良好なため、航続距離を保ちつつ燃料タンクが小型化(14ℓ)できたことも、シート下へのタンク配置→メットインスペース確保が実現した一因だ。
●VFR1200Fに次ぐ2例目の採用となるDCTは、クラッチディスク配置を改め、油圧ソレノイドのカバー内蔵などで小型軽量化を進めた“第二世代”。制御も改めることでより自然な反応を得ている。
●吸入ポートをヘッド内で分岐させ、あえて吸気干渉を起こすことで“燃焼感”の演出をねらう。アイドリング回転域からのストイキ(理論空燃比)燃焼の実現はホンダの大型二輪車で初となる。
●270度位相のクランクシャフトは、金型に無駄のない360度クランクで鍛造されたのち、中央のクランクジャーナルを“90度ねじる”ことで270度に。この技術も四輪用V6エンジンの転用だという。
■SPECIFICATIONS(NC700X)
■エンジン 水冷4ストローク並列2気筒OHC4バルブ ボア・ストローク73×80㎜ 総排気量669㎤ 燃料供給方式 電子制御燃料噴射 始動方式 セル ●最高出力37kW(50ps)/6,250rpm 最大トルク61Nm(6.2kgm)/4,750rpm●変速機6段リターン ●全長2,210 全幅830 全高1,285 ホイールベース1,540 シート高830(各mm)●タイヤサイズ Ⓕ120/70ZR17 Ⓡ160/60ZR17 ●車両重量214kg ●燃料タンク容量14ℓ ●価格64万9950円(ABS車は69万9300円、DCT車は75万2850円)※価格は2013年当時のもの
今回の「匿名係長」DATA
性 別:男
血液型:A
星 座:さそり座
嫌いな食べ物:なまこ