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クラッチレス車ブームの中、登場した異色の「E-Clutch」機構
■E-Clutch仕様と標準仕様の識別点は、エンジン右クラッチカバー位置に付加されるE-Clutch機構の有無。そのほか2024年モデルのCB650Rでは、ヘッドライト、シュラウド、リヤカウル、テールランプ等のデザインを一新。
昨今主要バイクメーカーが力を入れているものに、クラッチレス機構がある。2024年に登場したものではヤマハがMT-09に搭載したY-AMT(ヤマハ・オートメイテッド・マニュアル・トランスミッション)、BMWがR1300GSアドベンチャーに初採用したASA(オートメイテッド・シフト・アシスタント)があり、ホンダは2010年にVFR1200Fに初搭載したDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を、進化させつつ採用機種を拡大して今に至る。
前述した3つの機構に共通するのは、以下の点だ。
- クラッチ操作が不要で、クラッチレバーがない。
- ただし、マニュアルミッションのような変速操作が可能。ヤマハはハンドシフト、BMWはフットシフト、ホンダ・DCTはハンドシフト(ただし、一部モデルにフットシフトキットをオプション設定)
- オートマチック(AT)モードを選択可能
- クラッチ操作(レバー)がないため、大型自動二輪・AT限定免許で運転可能
こうしたクラッチレス機構のひそかなブームの中、ある意味異色の機構を持ってこのほど登場したのが、ホンダCB650R/CBR650R E-Clutchである(両車には通常のマニュアルミッション車も用意される)。機構についてはモーサイウェブでも何度か紹介しているので簡単な説明に留めるが、E-Clutchの特徴は以下のとおりだ。
- 通常のマニュアル操作のためのクラッチレバーは存在する(そのため大型自動二輪・AT限定免許では乗れない)が、これを使わずに自動クラッチ制御で停止時にクラッチが切れ、発進時にはクラッチミート、変速時には滑らかにギヤをつないでくれる、メインのモードがある。
- ATモードは装備されず、走行時のギヤ段数から停止時に自動でシフトダウンする機能も付かない(6速の状態で変速操作をせずに停止すれば、6速のまま。ただし、停止時に1段ずつ落とす操作はシフトペダルを踏めば簡単に可能)。
- 設定を切り替えてE-Clutch機能をオフにすれば、通常と変わらないクラッチ操作でのマニュアル変速が可能。
- E-Clutch作動状態で走行中にクラッチを握れば、マニュアル操作に復帰(クラッチ操作の強制介入が可能)。ただし、その後クラッチを操作しなければまた自動クラッチ制御に戻る。
以上がE-Clutchの大まかな特徴だが、なぜホンダはDCTとは別にこの機構を開発したのだろうか?
大まかに言えば、ライダーの嗜好の多様化に対応してバイクのFUNの部分を拡大するねらいがあるようだ。具体的に言えば、クラッチ操作が不要なことによる、発進や停止時のエンストなどの不安の解消、長時間乗車での疲労の低減、クラッチ操作不要な分を別のライディング操作へ集中させられるといったことになる。
ここまでで言えば、前述した他社製クラッチレス機構にも当てはまるが、ホンダのE-Clutchは単に楽で便利というだけでなく、バイクのFUN寄りの領域の考えを一歩進める狙いがあったとも言えるだろう。
積極的に操りたいときは、機構をオフにしてクラッチを使った通常のマニュアル操作でライディングを楽しめるからだ。そしてもうひとつ言えば、重量やコストの負担を大きくせずに、自動クラッチ機構を楽しめるようにしたことも、同機構の狙いだろうか。実際に、E-Clutch付きと標準モデルの重量差は2kgで、価格差は5万5000円(CB650Rの場合)。ちなみにヤマハMT-09の場合の標準仕様とY-AMTの差は重量で3kg、価格で11万円。
以上の点を踏まえて、CB650R E-Clutchで街中、ワインディング、高速までを走ってみる。
■FI-ECUからCAN通信で送られた各種信号により、2個のモーターコントロールユニットが作動。エンジン側クラッチレバーを3分割構造とすることで、通常のハンドル側クラッチレバーでの手動操作とモーターによるクラッチ制御が独立して作動できる構造とした。またモーターでのクラッチ制御時に手動操作を強制介入させることも可能としている。
「E-Clutch」その本質は、全域で万能かつフレキシブルなシフトアシスト
通常のニュートラル位置(1速と2速の間)に入れ、ブレーキレバーをかけつつセルボタンを押すと、CB650Rの並列4気筒は普通に目覚める。そこから「クラッチレバーを握らなくていいんだろうか」と思いつつ足操作で1速に入れると、さほど大きなショックもなくカシャっとギヤが噛む感触が自覚できる。
早速自動クラッチ制御の恩恵を感じつつスロットルを開けると、半クラッチ状態をしばし続けながら車体が前に進み、2000rpmを超えたところで完全につながる。そして車速が乗るごとに足でシフトアップ。基本的には乗り手が自由にギヤを選べるから、早めにトップギヤに入れたって、低いギヤで回転を上まで引っ張ったっていい。だが、ギヤ段数表示の上下に矢印が出て、速度の割に高いギヤに入っていればシフトダウンを、回し過ぎていればシフトアップをしたほうがよいと、画面で指示を出してくれる。
しかし、この機構は矢印表示以上の世話は焼かない。だからトップ6速に入ったままでの発進も試せるし、その場合は長い半クラッチ状態を続けながらゆっくりと車体が進んだりする。だが、これはクラッチにも負担をかける。やめたほうがいいイタズラだ。
走り出したCB650Rのシフトアップの仕方は、昨今のスポーツモデルに多く普及したクイックシフターと同じで、スロットルを開けた状態でシフトチェンジをすればいい。そうすれば制御機構のほうで駆動を若干抜く作動を入れつつ、シフトアップしてくれる。通常のマニュアル車のように、変速時にクラッチを切ってわずかにスロットルを戻してつなぐ操作など要らないのだ。スロットルを元気に開けたときでも、マイルドに開けたときも同様で、ストレスのない加速を味わわせてくれる。
厳密に言えば、トルク変動の大きい1~3速辺りはギクシャク感は出やすい領域で、本当に上手いライダーが使うクラッチ(変速時の瞬時の切り/つなぎ操作)、それに合わせて回転をわずかに抜くスロットル操作には劣る面はある。だが、そこから上のギヤでは違和感のない滑らかな加速をしていく。またこうした加減速を味わって感じるのは、CBのようなフラットなトルク特性のミドルクラス並列4気筒は、自動クラッチ制御との相性がよさそうだということ。低回転からトルクの湧き出る大排気量シングルやツインだと、自動クラッチ制御がもっと難しいのではないかと想像したからだ。
そこで思い出したのが、ホンダはなぜこの機構を最初に650に搭載したかだが、メインのターゲット市場がマスの大きな欧州なのだと聞けば納得できる。彼の地での売れ筋がこの排気量帯のスタンダードスポーツなのであり、CB650RやCBR650Rはそれに該当するのだ。これを日本市場に当てはめれば、人気の高いレブル250辺りになるだろうが、日本市場を意識したE-Clutchの展開を考えるなら、ホンダはレブルあたりへの搭載だって、多分考えているかもしれない。
違和感なく走り出し、頭で前述のようなことを考えている内に、朝の通勤渋滞が始まった。5~20km/hといった速度域で10mほど進んでは止まるの繰り返し。こうした場面でのE-Clutchも従順で、程よく半クラ状態で滑った後で駆動がつながり、スロットルを戻せば塩梅のよいところで駆動が切れるマナーが丁度いい。だから渋滞にハマってもストレスがない。
ただし、少し気になったのは後ほどUターンを試したときのこと。当然ながら、マニュアル操作でのように、アイドリング回転でクラッチをつないでスルスルと走り出すという芸当ができない。自動クラッチ制御で駆動が繋がり出すのが2000rpmを超えた付近のようだが、ゼロから車体が動き出す微妙なところがマニュアル操作より大きく進んでしまう。これはE-Clutchの繋がり方の設定自体によるのか、CBのエンジン自体の微低速でのピックアップのよさが原因なのか定かではないが、あと少し煮詰めてほしい印象だ。
高速からワインディングへ、違和感ゼロのマニュアル操作でも楽しい
4000rpm以下の回転域でも実用的な低速トルクがあり、6000~9000rpmといった中高回転域でスムーズな加速を味わわせる並列4気筒エンジンは十分すぎるパワーを持ち、高速道路ではトップ6速でのスロットル操作で事足りてしまうので、E-Clutchの出番はない。このステージではあくまで従順でパワフルなエンジンを味わうのみ。そこからワインディングに向かう。
E-Clutch作動状態でのコーナー脱出、シフトアップは滑らかだ。コーナー進入手前でのシフトダウンもスムーズなものの、他メーカーのクラッチレス機構のようなATモードではないので、ダウンと同時に回転を合わすためのエンジンのブリッピング作動が加わるわけではない。しかし、きめ細かな半クラッチ制御でストレスない減速はでき、またたとえ急激なシフトダウン操作をしたとしても、スリッパークラッチが後輪のロックを吸収してくれる。
そのため違和感はないが、こうしたステージこそE-Clutchをオフにして純粋なマニュアルシフトを楽しんでみるのもいいかもしれない。前述したように、電子制御を切ったCB650Rはマニュアルミッションそのものであり、シフトアップもダウンも、自分のクラッチ/スロットル操作とのリンクを楽しみながら、攻めることができる。惜しむらくは、自動クラッチ制御を切ってしまうと、加減速時のシフトアシスト機能もオフになり、純然たるマニュアル仕様になってしまうこと。
それでも、昔ながらのマニュアルミッション車に対峙していると思えばいいわけであり、疲れているときときは自動クラッチ制御で操作をサボり、攻めたいときは完全なマニュアルシフトを味わえばいいだけのことだ。
あえて希望を言えば、このE-Clutchのオフ設定をもっと浅い階層で切り替えたいと思う。加えて現状では、停止してギヤをニュートラルに入れた状態でないと切り替えできない点が少々不便。走りながら切り替えることの安全面での不安に配慮しての仕組みか、または機構上こうしなければならなかった理由があったのかもしれないが、他のクラッチレス機構モデルが、表面階層のボタンやスイッチでMTからATモードに切り替えられることを考えると、E-Clutchのオンオフは手順が多すぎるように思うがいかがだろうか。
さらに言えば、このE-ClutchにATモードを付加することはできないだろうかと、要らぬ欲望も出てくるものの、それならばDCT付きのモデルを選べばいいだけの話。標準仕様に5万円少々を追加しただけで自動クラッチ制御を味わえ、純粋なマニュアルシフトも楽しめる点は魅力的。E-Clutchがこだわった独自の割り切りの上に成り立った「新たなFUNライド」が、提言できていることに間違いはないのだ。
■CB650R E-Clutchの車体色は、試乗車のマットバリスティックブラックメタリックのほか、パールディープマッドグレーの2色が用意される。
ホンダCB650R E-Clutch主要諸元
■エンジン 水冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク67.0×46.0mm 総排気量648cc 圧縮比11.6 燃料供給装置:フューエルインジェクション 点火方式フルトランジスタ 始動方式セル
■性能 最高出力70kW(95ps)/1万2000rpm 最大トルク63Nm(6.4kgm)/9500rpm 燃費21.3km/L(WMTCモード値)
■変速機 6段リターン 変速比1速3.071 2速2.352 3速1.888 4速1.560 5速1.370 6速1.214 一次減速比1.690 二次減速比2.800
■寸法・重量 全長2120 全幅780 全高1075 軸距1450 シート高810(各mm) キャスター25°30′ トレール101mm タイヤF120/70ZR17(58W) R180/55ZR17(73W) 車両重量207kg
■容量 燃料タンク15L エンジンオイル2.6L
■車体色 マットバリスティックブラックメタリック、パールディープマッドグレー
■価格 108万9000円
report●モーサイ編集部・阪本一史 photo●岡 拓/山内潤也/ホンダ