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NTT東日本千葉事業部が所有する9台のオフロードバイク部隊「災害特別支援隊」
現代の暮らしは通信インフラなしには成り立たない。固定電話、携帯電話はもとより、息をするようにSNSでコミュニケーションを取り、スマホひとつで電車に乗れ、買い物もできる便利な暮らしは、安定したネットワークの上に成り立っている。そのネットワークをどんな状況でも安定して運用するためにオフロードバイクが使われていることは、ほとんど知られていないのではないだろうか。
東日本電信電話株式会社(NTT東日本)千葉事業部では有事に備えて「災害特別支援隊」を持ち、14人の隊員ライダーと9台のオフロードバイクが、災害現場で活躍していることをお伝えしたい。
1995年(平成7年)に人口密集地を広域で直撃した阪神淡路大震災では、高速道路が倒壊し往来が途絶したため、阪神淡路エリアに近づくことすらままならない状況に陥った。その際にバイクが活躍したことは、当時そのエリアに住んでいたライダーなら覚えがあるかもしれない。震災直後に比較的被害が少なかった大阪などから、甚大な被害を受けたエリアへ物資を運搬できるのはバイクだけだったのだ。その機動性と利便性に白羽の矢が立ち、今後起こりうる災害に対応するための支援組織に、バイクが導入されることとなった。
NTT東日本千葉事業部災害対策室に置かれる災害特別支援隊は、千葉県成田市を本拠地としている。千葉・茨城を活動本拠とし、必要に応じて東日本、西日本の広域支援を展開する同隊にとって、成田市は各方面に駆け付けるのに交通の便のよい場所であるという。
同隊のミッションは初期の情報収集だ。災害直後の通信手段が途絶えた地域にバイクを積んだトラックで向かい、現場で下ろす。トラックは冷暖房、通信設備を備えており、現地では8回線を備えた電話ボックスに早変わりし、現地の人々にさしあたっての通信環境を提供する。一方、バイク部隊は現状確認へと出動する。四輪車では入れないところもオフロードバイクがその機動性を発揮する。
バイクで直接現地に向かう体制を取らず、トラックに積載し「二段ロケット」のような運用をしているのには理由がある。隊員の体力の温存、往路での給油が可能かどうか状況が読めないことなど、災害現場で動くことを重視している。このような四輪、二輪の混成部隊はNTT東日本管内ではここだけのようだ。


復旧活動に入るには、初動での情報収集が欠かせない。実際に足を運ぶことで、どういう状況であるか、何が必要とされているかを把握するという重要なミッションを災害特別支援隊は持っている。
同隊には現在20代から50代まで14名の隊員ライダーが所属している。それぞれ社内で各自の所属を持ちながら、日々のスキルアップ、訓練活動を欠かさない。筆者が災害特別支援隊を知ったのも、自治体が行う公開防災訓練だった。こういった市町村のイベントに参加することで、NTT東日本の災害に備える取り組みをアピールする役割も果たしている。
2011年(平成23年)の東日本大震災では宮城県に出動し、1ヵ月をかけて情報収集にあたったとのこと。また記憶に新しいところでは2019年(令和元年)の房総半島における豪雨災害では孤立した集落に赴き、積載した衛星携帯電話で初期の通信手段の提供に一役買った場面もあったという。


隊員になるには?
さて、業務でオフロードバイクに乗るというのは、とても敷居が高いように思える。オフロードレースの上位入賞経験など、高いライディングスキルが隊員の選考条件にあるのだろうか。どうすれば隊員になれるのか、災害特別支援隊隊長の林 暁彦さんに訊いてみた。
「特に資格は求めていません。災害支援に携わりたいという気持ちを重視しています。入隊後に訓練を受けることで、技術やチームワークを身に着けることはできます。が、気持ちがないことには始まらないと考えています」
志があれば道は開かれるといったところか。過去には女性隊員も2名おり、来年度(2024年度)も女性隊員が入隊するそうだ。


日々の業務は?
災害特別支援隊の業務は、災害現場に出動しての活動はもちろん、日々のトレーニングや訓練のほか、車両のメンテナンスも含まれる。重整備はショップに依頼しているそうだが、日々のメンテナンスは隊員の仕事だ。
バッテリーが上がっていた、エアが減っていた、キャブレターの中でガソリンが変質していた……というのは問題外だ。だが、それほど乗る機会がないバイクをいつでも乗れる状態で維持するのはそれほど簡単ではないと感じているライダーも多いだろう。車両の維持管理についても訊いてみた。
「ライトカウルに名前が書いてあるのは分かりますか? これはその車両の維持管理担当者の名前です。隊員は出動時にどの車両でも乗れるようにしていますが、各車両の調子を保つのは各車両の担当者の責任です。トレーニングではランダムに車両に乗りますが、その際に気が付いたこと、例えばタイヤのエア圧が低いなどを担当者に指摘することもあります」とのことだ。
共用の乗り物というのはコンディションの維持が難しいが、担当者制度にすることでコンディションを保て、また車両に対する愛着も生まれそうだ。愛着あるバイクだからこそ能力が十分に発揮できることは、ライダーなら共感できるのではないだろうか。

どんな訓練をしている?
レース活動などを行っていない同社の中で、ライディングスキルを磨く訓練はどのように行っているのだろうか。また、コンディションを維持するために担当者制度を導入するなど、全体にライダーの心理を理解した運用が行われている点も気になるところだ。この点も併せて林さんに訊いてみた。
「訓練は私が行っています」と林さん。ホンダ安全運転普及本部の認定インストラクターとしての顔も持っているそうだ。どうりでライダー目線の運用となっていることが理解できる。手入れされたガエルネのトライアル用ライディングブーツもプロの矜持が見てとれる。
「低速時のリアブレーキなど繊細なタッチコントロールと、現地の荒れた路面を歩いて調査する際の歩きやすさを両立させたブーツを選んでいます」と話していた。
技術の向上だけではなく、チームワークや他との連携も重要だと考える同隊では、陸海空の各自衛隊との共同訓練も行うなど、ポテンシャルの維持に尽力している様子が見て取れた。


現場で活躍するオフロードバイクはXR230とCRF1000Lアフリカツイン
さて、バイクそのものにスポットをあててみよう。同隊が選んだのは、CRF1000LアフリカツインとXR230だ。どちらもホンダのバイクである。ホンダのバイクが選ばれた理由は、取扱店が多いため出先での整備や、部品取り寄せの際の利便性が高いことがまず第一。
XR230については、コンパクトな車体を持つことによる機動性の高さと軽さで選ばれている。高いライディングスキルを持つライダーなら足つきは関係ないとされることが多いが、気を遣わずに乗れることは、それほど疲れずに乗れることにつながる。不整地が路面の100%である災害現場で、生身の人間である隊員が安全に活動するために、コンパクトで軽いXR230は必然の選択と言えそうだ。


車両の改修点に目を向けてみた。市販車に追加された装備は以下の通り。
・リアボックス
・AC100Vコンバーター
・ナビゲーションシステム
・ETC
・アンダーガード
・エンジンガード
状況に応じて、サイドボックスや拡声器、衛星携帯電話を装備することもある。思ったより少ないのではと筆者は感じた。しかし、大型のマッドフラップやタンクサイドのプロテクター、ヘッドライトのプロテクターなどアドベンチャー的なバイクに定番の装備がないのは、軽さを重視した選択であるとのこと。現場では機動性につながる軽さが命なのだ。
また、ほとんど手を加えていない外観も逆に目を引く。「働くバイク」としては、おなじみの白バイや、自衛隊のバイクがあるが、どちらも全体が塗装してあり、すぐにそれとわかる外観が特徴だ。しかし、同隊の車両は社名のデカールが貼り付けてあるくらいで塗装は市販車から変更がない。これは機動性を重視してのことらしい。例えば外装の交換が必要になった場合、特別な塗装をしていると、部品を取り寄せてからさらに塗装をする工程が増え、納品が遅れる。それを待っている間は出動ができない。それを避けたい考えから、市販車に近い状態で運用をする。実用性を重視したこだわりなのだ。


NTT東日本「災害特別支援隊」のこれから

活動を開始して28年を迎える同隊は、災害現場で活動しているにも関わらず事故ゼロを継続している。オドメーターに刻まれた2300km余りの数字は、納車から13年経っていることを考えれば、ほとんど走っていないも同然と考えるライダーも多いだろう。しかし、災害現場で積み上げられたこの距離には重みがある。「私たちが出動しないのが一番いい」と話す林氏だが、人もマシンもいつでも出動できる体制を整えている。
また、事故ゼロを継続しつつ、バイクの機動性を生かした使い方をすることで、バイクが社会の中で活躍する姿を見せることができる。その姿を通してバイクのイメージアップにつながれば、とも話していた。これは北関東に住む筆者も大いに共感する。
身近に目にするバイク=音が大きい集団、なので、子どもたちにとって憧れの対象にならないばかりか、怖いというイメージも強い。家族にライダーがいなければ運転免許を取得しようという動機付けも生まれず、結果としてライダー人口は縮小してゆく……。
通信インフラを守る9台のオフロードバイクは、ともすれば消えてしまいそうな、社会とバイクのつながりも守っていくのかもしれない。

レポート&写真●上泉 純 編集●上野茂岐