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ゴールドウイングの本場、アメリカでの徹底調査からスタート
「快適かつ静粛性が高い」という点では、完成の域に達していたと言えるホンダのグランドツアラー・4代目ゴールドウイング(GL1500)。だが、そこにあえてスポーティという要素を付け加え、全面刷新の上で2001年に発売された5代目ゴールドウイング(GL1800)は一見相反する要素を見事に両立させていた。
LPL(ラージプロジェクトリーダー)に抜擢されたのが青木柾憲さん。
NS400RやNSR250Rなど、長くレーサーレプリカの開発を担当してきた青木さんが、それまでのゴールドウイングに感じたこと、そこから盛り込むべき次期ゴールドウイングの特性をどのように決めていったのかを、振り返る。
ゴールドウイング(GL1800・SC47型)のLPLを務めた青木柾憲さん
1954年生まれ。1978年にホンダに入社し、翌1979年、車体設計者として朝霞研究所(当時)に配属される。
NS400Rの車体PL(プロジェクトリーダー)、NSR250Rの車体PLを経て、1989〜1994年モデルのNSR250RのLPLを務める。
5代目ゴールドウイング(GL1800)の後にはLPLとして、ワルキューレルーン、NC700シリーズ、2012年型ゴールドウイングなどの機種を担当。
2014年定年退職後再雇用、2019年再雇用満期退社。
5代目ゴールドウイング(GL1800)
【画像16点】貴重なデザインスケッチも!GL1800を写真で解説
アメリカのアの字も知らない、英語の英の字も知らない、そして国内向けモデルしか知らなかったという青木さんは1993年11月、ロサンゼルスへと旅立った。4代目ゴールドウイング(GL1500)に代わる次期型のLPLとして、ゴールドウイングを育んだ地であるアメリカ合衆国を知ることが目的だった。
「アメリカで、どのようにゴールドウイングが使われているかを調査するためのマーケティングです。そして、アメリカでなければできない遊び、たとえば全米各地で開催されるイベントに参加したり、朝から晩までイヤになるほどバイクに乗ったりして過ごしました」
アラスカ州のアンカレッジからワシントン州のシアトルまで、アルカンハイウェイを約3700kmツーリングしたこともある。参加車両はGL1500と、当時製作中だったワルキューレ、ハーレーダビッドソンなどである。
「アメリカ人スタッフも同行して朝から夕方まで走り続けてホテルに泊まる。それでも片道で1週間以上の道のり。最初はみんなハーレーダビッドソンがいいなぁ、あれがいいなぁとか言いながら色々なバイクに乗るんだけど、2〜3日経つとみんなゴールドウイングに乗りたくなるんですよ。ほかのバイクには乗りたがらない(笑)」
4代目ゴールドウイング(GL1500)
長距離走行における快適性で、GL1500に勝るものはないという答えそのものだが、同時に青木さんはどこか物足りなさを感じていた。
「ラグジュアリーで静粛性が高くていいんですが、やはり加速するときは痛快な加速感とか、コーナーを攻めたいときは攻められる性能というのがないと、退屈してしまうんです。もっとモータサイクルらしさを出したいと感じました」
GL1500の運転感覚は、運転席が少し後ろ寄りにあるために、半ば耕耘機のように思えたそうだ。しかしこれは、根っからのスポーツバイク好きでNSR250RのLPLまで務めた青木さんにとっては、ある意味で当然の感想だったとも言える。
一方で、ハーレーダビッドソンがアメリカで愛され続ける理由や、そこでゴールドウイングが共存できる理由を知るために2万3000通ものアンケートを実施するなど、マーケティングも怠らなかった。その結果、北米でのゴールドウイングオーナーの高齢化が進んでいる事実があった。そこから導き出したのは、従来型オーナーには買い換えを促し、加えて若いオーナーを獲得するという次期型の使命である。
「アメリカ人女性は大柄。GL1500にはちょっと窮屈そうに乗っていたんです。次期ゴールドウイングの後部座席が極上にできていれば、奥さんの財布は緩むでしょう」
後部座席の拡大とスポーティさを合わせることで、これらは実現すると考えた。開発コンセプトは、初代から25年あまり築いてきたゴールドウイングの魅力とツーリンング性能のDNAはそのままに、ファンファクター(楽しみの要素)を追加するものだった。
「開発フレーズは『MORE POWER AND BETTER HANDLING FOR PAPA,AND THE FIRST CLASS SEAT FOR MAMA』。つまり、『パパには力強さと優れたハンドリングを、ママにはファーストクラスのシートを』としました」
5代目ゴールドウイング(GL1800)のデザイン案
デザインについては、実に様々なスケッチが描かれ検討された(これらはその一部)。スケッチを見れば分かるように、ヘッドライトには1灯案もあった。ただ一貫しているのは、GL1500時代に比べ曲線基調となっていることだ。
1800ccの水平対向6気筒+アルミツインチューブフレームという構成
日本を発って2年3ヵ月後の1996年2月。帰国した青木さんはアメリカで得た情報を基に開発に取りかかった。エンジンは低重心で長距離ツーリングでも疲れにくい水平対向を踏襲。排気量は、4気筒2000cc、6気筒1800cc、8気筒1500ccの三択で行ったが、現地アンケートから6気筒1800ccに決定した。
そうして開発を進めていく中で、先代ゴールドウイング(GL1500)の開発資料に目を通していた青木さんはあることに気付いた。当初、水平対向4気筒で開発されていたエンジンが途中で6気筒に変更された経緯があるのを発見したのである。
2気筒増えたことでエンジンの前後長が伸び、運転席が50mm後退していたのだ。運転席を50mm前に出せば、車体サイズはそのままで後部座席は広く確保できる。そしてハンドリングも向上する、そう結論付けた。
「でも、運転席を50mm前に出そうとするとエンジンの大改造が必要なんですよ。1500のバルブはイン側とエキゾースト側が上下に付いていましたが、これらをすべて上に配置する『平行バルブ』にしました」
これはエンジンが完全な新作になることを意味する。ヘッド中央にあったOHCのカムシャフトを上方に移動し、吸排気バルブをすべて上に集合させたのだ。1500ccから1800ccに排気量を上げながらも、エンジン下部に足元のスペースが生まれたことで、着座位置は 従来型比で20mm前進した。
「フロントにあったラジエターをサイドに配置換えして、運転席はさらに25mm前進。コンパクトな新設計エンジンが生み出した5mmと合わせて計50mm前進です」
新開発された1832cc水平対向6気筒エンジン
5代目ゴールドウイングに搭載された1832cc水平対向6気筒OHC2バルブエンジン。登場時の2001年型では、最高出力116ps/5500rpm、最大トルク17.0kgm/4000rpmという性能。
左右に張り出す水平対向エンジンを採用したうえで、ライダーの足元スペースを確保するため考案された「直打式OHC」機構。これは吸排気バルブを並べて配置するもので、動弁系が上方に集中するためヘッドカバー下部に余裕ができる。また、PGM-FIも採用されている。
ハンドリングが大幅に向上した運転席と、50mm前に伸びた後部座席は横幅も70mm拡大して「女王様用ファーストクラスシート」が完成したのである。
車体はGL1500をベースに、中身から造り替えることで開発は進められた。1997年秋には、スチール製ダブルクレードルフレームをアルミツインチューブフレームに替え、エンジンを1500ccから1650ccに排気量アップし、ラジエターをサイドに移設した試作車「GL1500改」ができあがっていた。
外装は従来型(GL1500)のままで、中身が新型のミュータント。先に中身を作ってから外装デザインをするという手法は、レーサーを造る手法そのままである。走行性能にこだわった青木さんの気持ちが伝わってくる。
こうして細部を煮詰めて生まれ変わった5代目ゴールドウイング(GL1800)は2001年に登場する。そして各専門誌から大絶賛された。
いわく、『まず、復習のつもりでGL1500に乗り、GL1800に乗り換えた。何という違いだろう』『これほどレベルの高いパワーとハンドリング、ブレーキ性能をこれほどの豪華さ・心地よさ・便利さという高いレベルでバランスさせたバイクは存在しない』『GL1800は速くて楽しくて素直な車だ、ホンダは長距離ツーリングとスポーティの相反するニーズをひとつのパッケージにし、ラグジュアリーツーリングカテゴリーの水準を一新した』と。
実際、5代目ゴールドウイング(GL1800)の販売は好調で、若い年齢層の獲得にも成功した。
青木さんは30年間もの間、アメリカで熱烈な支持を受け続けたゴールドウイングのDNAについて、最後にこう語る。
「今のゴールドウイングは、メーカーがこれを買ってくれと言ってできあがったものではありません。シンプルだった初期のゴールドウイングにお客さん自身がカウルやトランク、サドルバッグを付けるなどしてグランドツアラーに育ててくれた。それ以来、ホンダがお客さんにピッタリ合ったバイクをタイムリーに提供してきた。
これがゴールドウイングの歴史なんでしょうね。ホンダが造ったんじゃなくて、アメリカのお客さんが造ってくれたゴールドウイングだと言ったほうがいいのかもしれません。GL1800も、お客さんからのインプットが私に入ってきた。私は代弁者でしかないのです」
スーパースポーツ的な発想が垣間見える車体構成、ラグジュアリーなタンデムシート
まるでスーパースポーツモデルのようなアルミツインチューブフレームがGL1800の大きな特徴のひとつ。これは求める走行性能の実現という目的のほか、時代に則したリサイクル性という観点もあった。
着座位置を前方に置くために採用した手法のひとつがラジエターを車体横に配置することだった。ラジエターは通常ステアリングネック下付近に配されるが、こうすることでエンジン搭載位置をより前方に設計できる。また、普段はトランクに隠れて見えない後輪は片持ちのプロアームを採用。ここもスーパースポーツ的な部分である。
GL1500に比べ前後席のライダーをすっぽりと包むように改良されたシート。後席は前後に50mm、左右に70mm拡大されている。
収納スペースはリヤトランクが61L、左右のサイドケースはそれぞれ40L強。トランク床下には6連CDチェンジャーが内蔵されているほか、オーディオもGL1500より洗練されたものとなっている。
ゴールドウイング主要諸元(2001年国内仕様)
[エンジン・性能]
種類:水冷4サイクル水平対向6気筒OHC2バルブ ボア・ストローク:74.0mm×71.0mm 総排気量:1832cc 最高出力:85kW(116ps)/5500rpm 最大トルク:167Nm(17.0kgm)/4000rpm 変速機:5段リターン+後退
[寸法・重量]
全長:2635 全幅:945 全高:1500 ホイールベース:1690 シート高740(各mm) タイヤサイズ:F130/70R18 R180/60R16 車両重量:415kg 燃料タンク容量:25L
[新車当時価格]
300万円
原文●高野英治 写真●八重洲出版/ホンダ 編集●上野茂岐
*当記事は八重洲出版『別冊モーターサイクリスト2009年9月号』、八重洲出版『ホンダ ゴールドウイング オールファンブック』を再編集・再構成したものです。