ヒストリー

2021年のこの夏、「日本最古のサーキット」多摩川スピードウェイ跡を見ておきたい理由

日本最古のサーキット・多摩川スピードウェイとは?

日本でもっとも古いサーキットをご存知だろうか。

意外かもしれないが、現在するもっとも古い常設サーキットは、三重県にある鈴鹿サーキットだ。
F1や鈴鹿8耐などビッグレースでおなじみの鈴鹿サーキットが誕生したのは1962年、実質的に本田宗一郎氏が率いるホンダが生み出したサーキットであることは言うまでもないだろう。

とはいえ、1960年代にようやく常設サーキットができたとなれば、日本のモータリゼーションが欧米に対して大きく周回遅れだったことも仕方がないと理解できる。
世界初の舗装路サーキットであるブルックランズ(イギリス)が生まれたのは1907年であるし(現在は閉鎖)、世界三大レースといわれるインディ500の舞台であるインディアナポリスモータースピードウェイ(アメリカ)は1909年に生まれ、当然ながら今も使われている。

では、鈴鹿サーキット以前に日本に常設サーキットはなかったのだろうか。

じつは戦前から日本に常設サーキットが存在していた。
それが「多摩川スピードウェイ」である。神奈川県川崎市中原区の多摩川河川敷にダートオーバルの常設サーキットが生まれたのは1936年のことだった。日本初であり、またアジア初の常設サーキットであった。

土手にコンクリートを張ったグランドスタンドの収容観客数は数万人規模といわれ、1936年6月に第一回・全国自動車競走大會が開催されるなど、日本のモータースポーツはここから本格的に発展する道を歩み始めた。

そんな全国自動車競走大會にエントラントには本田宗一郎氏の名前もある。
まさしく、ホンダの創始者である本田宗一郎氏が弟・弁二郎氏と第一回大会に参加していたのだ。結果はリタイヤに終わったが、この経験が「サーキットは究極の実験室」として、後のモータースポーツ活動や、鈴鹿サーキットの誕生につながったのは間違いない。

1937年5月16日全日本自動車競走大會(多摩川スピードウェイ)「商工大臣カップレース」スタートシーン。商工大臣カップレースは国産小型車クラスで行われたもの。(C)多摩川スピードウェイの会
カーチス号(1924年)。本郷のアート商会が製作した車両で、本田宗一郎氏が修行時に製作に携わった。現ホンダコレクションホール蔵。(C)多摩川スピードウェイの会

また、第二回大会には日産自動車がワークス体制で参戦、クラス優勝を果たしている。現在のモータースポーツにつながる「レースでの勝利によりブランド価値を上げる」という手法は当時から不変なのだ。

さて、そんな多摩川スピードウェイを舞台とした全国自動車競走大會は1938年4月の第四回大会を最後に開催されなくなってしまう。1937年に日中戦争が開戦するなど時代はモータースポーツを楽しめる雰囲気ではなくなっていったのだ。

しかし、多摩川スピードウェイは戦時中も守られた。そして戦後は、モーターサイクル(二輪)レースの場としても使われ、全日本モーターサイクル選手権が開催されるなどした。
その後、ダートオーバルを利用した草レースも盛んに開催されたというが、対岸には田園調布を臨む立地である。民家が増えるにつれ地域住民から騒音に対する苦情も増え、1952年には多摩川スピードウェイがあった場所はプロ野球の練習用グラウンドに改装される。

多摩川スピードウェイの遺構は今もしっかりと残る

その段階で、多摩川スピードウェイが完全になくなったわけではなかった。前述の土手にコンクリートを張ったグランドスタンドはそのまま残された。モータースポーツの喧騒はすっかりなくなったが、スタンドは市民の憩いのスペースとなったのだ。

そして、多摩川スピードウェイの存在をいまに伝えるグランドスタンド跡は、建設から85年を経た2021年のいまもしっかりと残っている。数百メートルにわたる、グランドスタンドと階段がしっかりと原型をとどめているのだ。スピードウェイのコース自体は残っていないが、そこはかとなく残像を感じさせる形状を保っている部分もある。

まさに、この場所に日本初の常設サーキットがあったことは間違いない。さらにいえば、相変わらず憩いのスペースとして市民に活用されている。つまり、現地を訪れれば誰もがグランドスタンド跡に座り、在りし日の多摩川スピードウェイに思いを馳せることができるのだ。

グランドスタンド跡の近く、丸子橋の下には有料駐車場もあり、ドライブがてら立ち寄ることも可能であるし、二輪のツーリングであれば駐輪スペースを利用するという手もある。いずれにしても、気軽に訪れる日本最古の常設サーキットの遺構となっている。

2021年7月時点での多摩川スピードウェイ・グランドスタンド跡。
多摩川スピードウェイ・グランドスタンド跡に接地されている由来を解説した記念碑。

貴重なスタンド跡が消滅の危機

そんな多摩川スピードウェイ跡が消滅の危機にあるという。

全国自動車競走大會の関係者やその子孫、モータージャーナリストなど有志による団体「多摩川スピードウェイの会」の情報によると、護岸工事のために多摩川スピードウェイの遺構であるグランドスタンド跡の取り壊し工事を行う旨が、国土交通省京浜河川事務所から通達されたのだという(*)。

その工事は2021年10月に予定されているというから、もし計画通りに工事が実施されれば、多摩川スピードウェイの跡を感じることのできるスタンドの様子を見ることができるのはあとわずかな期間しかないことになる。

かのインディアナポリスモータースピードウェイには、スタート/フィニッシュラインの脇にレンガが敷かれている。これは現在のようなアスファルト舗装となる前は、同サーキットはレンガ敷きだったという過去を尊重してのことである。

また、日本でも富士スピードウェイの30度バンクは使われなくなったが現在もそのままメモリアルパークとして保全されている。

モータースポーツではないが、幾多の最高速テストの舞台となった谷田部・日本自動車研究所の45度バンク(高速周回路)もモニュメントとして残されている。

多摩川スピードウェイの遺構についても文化的な価値を考えると、なんらかのカタチで残すべきであろう。もちろん治水対策としての堤防強化はなによりも優先されるべきである。そうなると、ごく一部をモニュメント的に残すというのが精一杯だろうか。

すなわち、グランドスタンド跡がほぼすべて残っているという様子を見ることができるのは、2021年の夏がラストチャンスとなる可能性も否定できない。是非、一度は自分の目で日本最古のサーキットの姿を見ておいてほしい。

もっとも、大勢で訪れて騒いでしまうようなことはダメだ。
近隣に住む方々の迷惑になるのだけでなく、多摩川スピードウェイ跡を守ろうという機運に水を差すことになる。コロナ禍であることを考慮して、そっと足を運ぶようにしてほしい。

レポート●山本晋也 写真●多摩川スピードウェイの会/山本晋也 編集●上野茂岐

*編集部註
多摩川スピードウェイは2019年の洪水をきっかけに検討された「多摩川緊急治水対策プロジェクト」の対象外エリアであるにもかかわらず、急な工事をする必要があるのか。また、2021年10月着工予定ということは2022年夏の台風シーズンを見越したものと考えられ、通達までの間に保全方法の検討など何かできることがあったのではないかという点を「多摩川スピードウェイの会」では指摘している(通達に関しても10月着工予定としながら3ヵ月前というギリギリのタイミングだった)。

2021年7月の多摩川スピードウェイ跡の様子(筆者撮影)。
CONTACT

多摩川スピードウェイの会Facebookページ

https://www.facebook.com/TamagawaSpeedwaySociety/

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