見慣れたような、見慣れないようなカラーリングのこの車両、カワサキのとある試作車です。レストアが施され新車以上に美しい状態ですが、実際にテストされた当時もこのカラーリングが施されていたといいます。’60年代当時、世界最大の2輪車市場であったアメリカでメーカーとして存在感を発揮するには、大型車の市販投入が不可欠でした。カワサキはメグロをルーツとする並列2気筒のW1系をアメリカでも市販します。しかし、日本とはまったく違った使われ方(連続高速走行など)による問題が噴出し、失敗に終わっています。続く2サイクル並列3気筒のマッハシリーズは大成功を納めていましたが、さらなら飛躍を求めた新型車の開発も進んでいました。それが後のZ1でした。W1での苦い経験からか、市販前にアメリカ現地でのロードテストも幾度となく行われましたが、発表前の車両で公道を走るのはいささか目立ち過ぎる・・・。そこで、すでに市販されていたホンダのナナハンことCB750Fourのカラーリングで偽装されたのです。これは現場判断だったと伝えられます。
このプロト車が、「V1」と名付けられていたのです。そう、Zは最初、Zではなかったのです。V1はトータルで数十台が作られた模様で、番号が若いエンジンは写真のように銀塗りにされ、後に市販版に通じる黒塗りに変更されました。タイトルカットの偽装CBカラーの車両は後期プロト車に当たり、黒塗りエンジンとなります。
V1のエンジンはヘッドカバーも市販版と形状が異なり、端の4カ所の丸い部分のリブが見当たりません。市販版は黒塗りで端部がポリッシュ仕上げだったため、その見切りが必要とされ後にリブが追加されたのでしょう。
排気量表示は一切見当たりません。実排気量の秘匿のためでしょうか。
上下分割式のクランクケースは、V1エンジンではスタッドボルト+ナットという方式で締結されました。これは量産に入る前にボルト方式に改められました。
クランクケース上面に配置されるブローバイパイプは金属製。これはZ1では樹脂製に変更されます。
油圧スイッチも後年の車両と取り出し方法が異なります。開発の途中で、スイッチ本体が上を向くレイアウトに変更されています。写真のものは、同じV1でも初期製作車両のみに見られる特徴です。
なんとフレーム番号は未打刻です。写真は偽装CBカラーの車両とは異なるレストア中の個体のフレームで、未打刻なのはクローズドでのテストのみを想定した完全なる試作車のためです。公道テスト前にはこういった車両が作られていたというわけです。偽装CBカラーの車両はすでに述べたように公道テストを前提としており、V1F-から始まる番号がネック部に打刻されています。
発見時の状態が悪かったため、近年にレストアが施されており、おそらくプロト車として製作された当時より綺麗になっていることと思われます。しかし歴史的な価値は非常に大きな個体と言えます。
メーター本体はノンレストアだとオーナーは語ります。市販版Z1のメーター指針は白でしたが、V1では見てのとおり黄色でした。
Zシリーズ成功の裏には、こうしたエピソードが隠されていたのですね。ところで、もし車名がプロト車を踏襲した「V1」のまま進められていたら・・・。今につながる「カワサキZ」は「カワサキV」になっていたかもしれません。つまり、V1以降の各モデルの車名がV1-R、V1000R、V1300、GPVなどなど・・・となっていた可能性があるわけです。もちろん、歴史に「もし」はありませんが・・・。余談にはなりますが、当時日本では話題にもならなかった偽装CBカラーの事実を後年に知ったホンダの元開発者は、「カワサキというメーカーは好きだけど、あんなことをやっていたとは」と呆れたといいます。これを発言したのはCB750Fourの開発にも携わった方でしたから、なおさら複雑な思いだったのかもしれませんね。