ホンダ・タクト(1980年・初代モデル)×ピーター・フォンダ
バイクが激走するハリウッド映画で、最も有名な作品のひとつが1969年公開の「イージー・ライダー」。その主演俳優のひとり、ピーター・フォンダさん(1940年〜2019年)は、1980年にホンダが発馬した原付スクーター、タクト(初代モデル)のテレビCMに出演していました。
現在も販売されているロングセラーモデルのタクト、その初代モデルは、最高出力3.2psを発揮する49cc・強制空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載。キック式始動モデルのタクトDXのほかに、当時まだ珍しかったセルスターター付きのタクトDXセル付きも設定し、高い利便性なども実現。当時の価格はキック式が10万8000円、セル付きが11万8000円でした。
初代のタクトは、当時大きな普及を見せていたがファミリーバイクというカテゴリーに向け、ホンダが新たに投入したモデルです。それまで男性が多かったバイクユーザーが、通勤や通学、買い物などで女性や高校生の子どもなどファミリーで利用されるようになり、ユーザー層が拡大。その層を獲得するために、初代タクトでは多くの人が親しみやすいスタイリッシュなデザインを採用。乗り心地や使い勝手の良さなどで、大きな支持を受けました。
そんないわば大衆車ともいえるタクトのCMキャラクターに採用されたのが、ピーター・フォンダさん。前述の映画「イージー・ライダー」で、主人公のひとりキャプテン・アメリカを演じた有名俳優です。
この映画の主人公だった俳優さんが、幅広い層に愛される原付スクーターのテレビCMに出ていたというのは、とても興味深いですね。
というのも、この映画は、アメリカン・ニューシネマというジャンルの傑作と呼ばれているからです。1960年代後半から1970年代前半に流行したこのジャンルは、ベトナム戦争で荒れていた当時のアメリカで、反戦運動が巻き起こり、若者が既存の社会概念などに反旗を翻すといったことがテーマとなった作品群のことを指します。
実際、「イージー・ライダー」でも、ピーターさんはロングヘアに革ジャンを身に纏い、フロントフォークを伸ばしたチョッパーというスタイルにカスタムされたハーレーダビッドソンを乗り回す役。アメリカ大陸を相棒のビリー(デニス・ホッパー)と共に旅をする反逆児的なキャラクターが、当時大きな支持を得たのです。
ところが、タクトのCMに出演したピーターさんは、反逆児というよりハリウッドのセレブという出で立ち(本当にそうですが)。「イージー・ライダー」の時は20歳代後半だったピーターさんも、タクトのCMの時は40歳代、それだけ大人になったということでしょうか。
ともあれ、このピーターさんのおしゃれな雰囲気もあってか、タクトは爆発的に売れ、4ストロークエンジン搭載になった現行モデルまで、ホンダのロングセラーモデルのひとつとなっています。
ホンダ・ロードパル(1976年)×ソフィア・ローレン
女性でも乗れる原付スクーターとして、大ブレイクしたのが1976年に発売されたホンダのロードパル。そのテレビCMには、イタリア出身の国際的な大女優ソフィア・ローレンさん(1934年〜)が起用されました。
空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載するロードパルは、誰にでも扱いやすい仕様になっているのが特徴です。特に、当時は原付バイクに女性が乗り始めた時代。原付は学科試験だけで運転免許が取得できることもあり、手軽な日常の足だったからです。
その新しい需要を獲得するために、ロードパルのメインターゲットは女性でした。そのCMキャラクターには、多くの世界的な映画賞を受賞し、日本でも人気が高かった女優のソフィア・ローレンさんを起用。
テレビCMでは、お色気たっぷりのローレンさんが放つ「ラッタッタ」というキャッチフレーズが大きな話題となり、流行語にもなりました。
ラッタッタの意味には諸説ありますが、ローレンさんがCM収録時、とっさに思いついた造語だという説も。いずれにしろ、その軽快な言葉の響きが、「気軽に乗れる」というこのバイクのイメージ作りに大きく貢献したことだけは確かです。
ちなみに、ロードパルは、女性に敬遠されるキックスタートを使わず、セルも当時はコストが高くついたため、「タップ・スターター」という機構を採用しています。これは、エンジン始動にゼンマイを使う方式。ペダルを何回か足で踏みゼンマイを巻き、後輪ブレーキレバーを握ることでゼンマイが開放されて、クランクが回転してエンジンが始動するというものです。この手軽な始動方式も、女性をはじめ多くのユーザーを獲得した要因だったといえるでしょう。
ホンダ・リード50/80(1982年・初代モデル)×ビヨン・ボルグ
1982年に発売された初代のリード50/80は、どことなく当時流行していたクルマのスポーツカーやスペシャリティカーを彷彿とさせる、角張ってスポーティなデザインが人気のモデルでした。
エンジンはパワフルで扱いやすい49cc(80は79cc)空冷2ストローク単気筒。最高出力は5ps(80は6.5ps)で、変速方式にトルクセンサー付きVマチックを採用するなどで、軽快で快適な走りを実現。当時の新車価格は50が13万9000円〜14万9000円、80が17万2000円でした。
そのCMキャラクターに起用されたのは、当時プロテニス界のスーパースターだったスウェーデン出身のビヨン・ボルグさん(1956年〜)。現役時代のボルグさんは、ライバルのジョン・マッケンローさん(アメリカ)らと共に、男子プロテニスの黄金時代を築いた名選手のひとり。全仏オープンで4連覇を含む6勝、ウインブルドン選手権で5連覇を果たすなど、世界的なビッグタイトルを総ナメにし、当時の日本でも大人気だった名プレイヤーです。
テレビCMでは、ボルグさんがテニスのサーブやスマッシュを決めているシーンの後にリードに乗って快走するバージョンや、スーツ姿でリードで街中を駆け巡るバージョンなど幾つかあります。そして、リードのキャッチフレーズには「スクーターGT」という言葉も使われていました。
このGTとは、クルマの「GTカー」をイメージしたのでしょう。英語でGRAND TOURING(グランドツーリング)、イタリア語でGRAN TURISMO(グランツーリスモ)の頭文字を取ったGTは、高性能なクルマを意味する言葉。4輪車の人気レース「スーパーGT」などにも使われています。
つまり、リードはスポーティなスタイルや、パワフルな動力性能が売りだったということで、プロスポーツ界のヒーローであるボルグさんが起用されたのも、そういったイメージ戦略のひとつだったのでしょうね。
バイクのテレビCMやカタログなどに、世界的な有名人やスーパースターが続々と登場していた華やかなりし頃。ちなみに、当時は日本の大物俳優や人気女性アイドルが登場したテレビCMなどもありましたが、それらについてはまた別の機会にご紹介しましょう。
レポート●平塚直樹 写真●ホンダ/スズキ/八重洲出版 編集●上野茂岐
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