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オリジナル設定まである、謎のコスプレ衣装
HHM-J9 古代の戦士の兜
第6次月戦争の英雄『6821 ISHIYAMA 』が「静かの海の合戦」で使用したのが始まりとも言われておる。
なにぶん数千年も前の話なので、彼そのものが実在した単一の人物なのかどうかは分からんがね──。
クリエーターによる創作の総合マーケット「BOOTH」で、とんでもなく尖ったデザインのヘルメット(らしきもの)が販売されていた。その由来ともいえるストーリーも添えられている。

分類上は「コスプレ衣装」となっているが、そのストーリーは作者オリジナの設定のようだ。
現在は販売終了となっているものがほとんどだが、各アイテムに添えられた「ストーリー」はちょっとしたSF短編小説のようで、それを読んでいるだけでも楽しめる。 とはいえ、メカニカルな要素があるデザインに何より魅入ってしまうのだが、それもそのはず!? これらはヤマハのバイクなどを手掛けた元インダストリアルデザイナー・黒川祐介さんによる『BlackRocketLab.』という個人創作だった。
ヘルメットに見えるけど、コレは一体何をするものなのか?
各アイテムで断片的に語られている、未来なのか過去なのか、その世界観とは? 黒川さんに話を伺った。
黒川祐介●大学卒業後、GKダイナミックスに所属。ヤマハ発動機の製品デザイン・開発に携わり、バイクではXT250Xなどを担当。2010年にフリーランスの工業デザイナー「未来輪業」として独立。MIRAI社のマン島TT挑戦電動バイクプロジェクト、電動バイクの世界最高速に挑戦するモビテック社のプロジェクトにかかわる。2015年にスタートしたモビテック社のチャレンジは、2019年に329km/hで世界最速の記録を獲得! なお、工業デザイナーとしての業務は2022年8月に終了している。

設定や世界観を自分で作る「一次創作のオリキャラ」コスプレ
──一般に「コスプレ」というとアニメ、ゲーム等のキャラクターを再現するイメージが強いと思いますが、「コスプレ衣装」ってどういうことなのでしょうか。実際に使える道具感もありますし。
同業の仲間も含めて、自分たちの作品はファッションアイテムとコスプレの中間の領域だと考えています。何かの作品に登場するキャラクターをなぞった二次創作ではないので、大きな括りで言うと「一次創作のオリキャラのコスプレをするための変身アイテム」でしょうか。
2025年現在、何かリアルの自分と違う存在に変身する方法としてはVRチャットがメジャーで、私たちの界隈でもやっている人は何人かいます。
その変身を〈現実の身体〉でやりたいという趣味の人口はボリュームで言えばそれほど大きくないかもしれませんが、ものづくりが好きな人がとても多いので常に誰かが新しい作品を発表して活気のある界隈でもあります。

──各アイテムを見ると、SF的、あるいはサイバーパンクや特撮ヒーローなどのイメージを感じますが、具体的な世界観・設定などはどのようなものなのでしょう。
私の作品のオーナーの方はSF作品や変身モノの作品が好きな方が多く、撮影会などでも好きな作品をオマージュしたポージングやセリフ回しなどを演じて楽しんでいます。
ただもう少し詳しく説明すると、BlackRocketLab.の世界観は実はSFと言ってもサイエンスフィクションではなく、ドラえもんやキテレツ大百科で有名な藤子・F・不二雄氏の『すこしふしぎ』のイメージだったりします。
藤子・F・不二雄氏の『SF』は日常描写の中に外星人や時間旅行者などの非日常が混入することで、日々の当たり前や文化的常識が揺らいで、外の世界に対する相対的な物として扱われていくという面白さがあります。
私の場合、先にこういう創作をしていたNoMuRさんという方とその仲間がストリートスナップを撮ってTwitter(現X)にアップしていたのに影響を受けて活動を始めたのですが、現実の街中や撮影スポットにそういう特異な存在が溶け込んでいるような世界観に引き込まれてのことでした。
始まりがそこなので、BOOTHの説明にあるようにBlackRocketLab.のアイテムは現実世界にハメ込むために、すべて『それぞれ違った時代のオブジェクトを現代にサルベージした物』という共通設定がベースになっています。ただ、自分がそれぞれに用意した設定はあくまで過去のもので、現在どういう設定を持つかは使い手に委ねるという形です。
マスクヘルムHHM-J9は『第6次月戦争の時代に活躍した武将の兜』なのですが、例えばオーナーの方が『そのサルベージ品を使うのは現在の惑星間移民の労働者』といった設定をできるように自由度を重視しています。

原点は「自身の好きなもの」
──BlackRocketLab.のアイテムを生み出すにあたり、黒川さん自身が影響を受けたものはありますか?
例えばJ9シリーズで言うとかなり多岐に渡るんですが、あらゆる宇宙服と航空機のヘルメット、潜水服、深海探査船、日本の兜、西洋の兜、機動隊のヘルメット、メフィラス星人、ゼットン、メトロン星人、最近の額に角のある鬼表現、稲葉天目、長次郎作黒楽、コジマプロダクションのルーデンス、空冷エンジン、垂直回転型風車、ゴルベーザ、暗黒騎士、ゲーマルク、マセラティ・シャマル、MVアグスタ・F4、太陽の塔、マヌル猫、最近の有機的なトラス構造などでしょうか。
実在する物、創作物、そしてジャンルを問わず、あらゆる好きな物の〈存在感〉を完全に消化して自分の表現で描きだしています。具体的な形状の引用ではなく〈存在感〉を再構築することで、結果的に多くの人に刺さる物が生み出せていると思っています。
創作活動はデザイナーの仕事と違って、それを世に出す責任者がクライアントではなく自分となります。すべてを自分好みにしています。というわけで、作品自体は自分の一人称の厨二性を完全に反映しています(笑)

バイクのデザインとの共通性
──BlackRocketLab.のアイテムとバイクのデザインで共通するようなアイディアや技法もあるのでしょうか?
狭義の『デザイン』で言うと、3Dでモデリングする形状自体が曲面主体の造形で開閉などのギミックを備えているというのが、私がバイクデザイナーだったバックグラウンドを反映していると界隈では受け止められています。
造形で言うとそれぞれのアイテムは『装着品』としての機能を造形に活かすような事をしていて、J9だとイベントなどで長時間身に着けたまま行動することも想定してオープンフェイス機構を備えているのですが、それ自体が未来の宇宙服のヘルメットをイメージしています。
T7シリーズの方も簡易的に顔の上半分が開くのですが、実際に装着して階段などを移動する際に足元を見やすくする目的と、オープンフェイスによるSFアイテムとしての使い方を両立しています。
このように心理的機能と物理的機能の双方が引き立て合うような関係性づくりはバイクのデザインに近いと思います。
一方で、実は広義の『デザイン』としての勝負はオーナーの手に渡ってからで、それぞれのオブジェクトの造形や設定を包括した『デザイン』がオーナーの一次創作キャラの世界観と掛け算されることで、作り手が考えてもみなかった表現が産まれる。そこが一番深いところの狙いだったりします。
作り手も使い手も双方が何らかの表現者であるこの界隈ならではの楽しみ方だと思います。最高のマシンを産み出し最高のライダーに乗ってもらう、それに近いようなイメージもあります。
なので私の作品は『ガレージキット』という呼称で、発送時点ではあくまでも未完成のプロダクトとして世に送り出してます。さきほどお話した設定の自由度が生まれるという意味でも、組み立てや塗装はオーナーの方に委ねる形になっています。


──ありがとうございました。現在BOOTHの方では販売終了となっているものが多いですが、欲しいという方がいたら再生産したり、あるいは新作の予定などは……?
私の製作スピードが遅いので品切れになっていることが多いのですが、どのアイテムも廃版になったわけではなく、要望が多いアイテムについては時々再生産をしています。
今後の展開ですが、これまで使い手の方に変身して頂くのが楽しくて被り物をたくさん作ってきましたが、『妖刀ガルガンチュア』のようにそれ以外のやり方で世界観を表現するアイディアもたくさんあるので、そうしたものも作っていこうと考えています。それといつか、この界隈の先人の皆様のように全身をアーマーでコーディネートするアイテムにも挑戦したいです。
まとめ●上野茂岐 写真●BlackRocketLab.(黒川祐介)
BlackRocketLab.(BOOTH)
https://blackrocketlab.booth.pm/
未来輪業(2022年8月業務は終了しているが、黒川祐介さんの過去担当案件を見ることができる)