目次
レーシングレザースーツやライディングギアを手がけるメーカーにとって、安全性と快適性の両立は永遠のテーマにして悩みのタネである。安全性を重視すると着心地は悪くなる傾向だし、快適性や運動性に特化すると十分な安全性の確保は難しくなるからだ。そしてこの難題に立ち向かうべく、HYOD(ヒョウドウ)が2008年から導入を開始したのが“知的衝撃吸収材”と呼ばれるD3O®マテリアルである。
革新的な知的衝撃吸収材
ふだんはスポンジプロテクターを思わせるほど柔らかいが、大きな衝撃を受けるとプラスチックプロテクターを凌駕する反発・吸収・分散性能を発揮する。何だか魔法みたいな話だが、ヒョウドウが2008年から導入したD3O®プロテクターは、素材自身が状況を判断して変質する“知的衝撃吸収材”と言うべき資質を備えているのだ。
もっともヒョウドウのプロテクターも、かつては他社と同様に成型プラスチックやスポンジが主力だったのである。とはいえ、安全性と快適性の両立を追求する同社は、2007年にスノーボード界で注目を集めていたイギリスのD3O Lab社(近年は自転車や登山、アメフト、アイスホッケーなどの世界でも定評を得ている)とコンタクトを取り、モーターサイクルでの使用を前提としたプロテクターの共同開発を依頼。以後はサーキットを中心としたテストを重ね、2008年にはレーシングレザースーツ、2009年からはストリート用アイテムが、D3O®を採用する。
それから十数年が経過した現在、あらゆるライダーのニーズに応えるべく、ヒョウドウはさまざまな形のD3O®プロテクターを展開している。革新的な素材の導入によって、同社のプロテクターに対する姿勢は大きく変わったのだ。
D3O®とは何か?
強い衝撃で分子が結束
液体と粘土の中間的と表現したくなる、ネットリとした流動体。D3O®のベース素材は、通常時はちょっと硬めのスライムを思わせる感触である。とはいえ、容器に収まったベース素材に勢いよく指を入れようとすると、突き指するほどの反発力が伝わってくるし、ベース素材を手に取ればギュッと丸めて固体にでき、それを床や壁に投げると、ゴムボールのように弾む。この特性の変化を目の当たりにしたら、誰もが驚くに違いない。
ではどうして、D3O®にそういった二面性が備わっているのかというと、衝撃の大小によって分子の結束が変化するからである。その概要を記すと、通常時や弱めの衝撃では、分子が自由に動けるため、素材は本来の柔軟性を維持しているものの、強い衝撃を受けると、瞬間的に分子同士が手をつなぐ形で結束して、ネットのような状態になり、エネルギーを吸収・分散するのだ。そして衝撃が弱く、あるいはゼロになると、分子の結束は解け、本来の柔軟な状態に戻るというものだ。
こうして文字にすると、プロテククターにとっては最高の素材だが、そもそも1999年にD3O Lab社を創業したリチャード・パーマーとフィリップ・グリーンは、材料科学者であると同時にスノーボーダーで、理想のプロテクターを探し求めていたのだ。もちろん、スライム状では使用環境が制限されるため、実際のD3O®プロテクターは、ポリマーを配合して成型。ヒョウドウはその技術をベースにしながら、レーシングレザースーツや各種ライディングギア用としての最適化を行ったのである。
D3O®はロングライフである――抜群の再生能力と耐久性
プラスチック製プロテクターは、転倒で大きな衝撃を受けると割れや変形が発生して、本来の資質が維持できなくなることが珍しくない。もちろん、その場合は新品に交換すればいいのだが、1度の転倒で身体の同じ部位に何度も衝撃を受ける可能性を考えると、万全の装備とは言えないだろう。
D3O®プロテクターは、こういった面でも優位である。普段は柔軟なこの素材は、衝撃エネルギーの反発・吸収・分散を終えると、すぐに元の柔軟な状態に戻って、次の衝撃を受ける準備を整えるのだから。言ってみればD3O®は、プラスチックでは持ちえない、再生能力と耐久性を獲得しているということだ。
もっとも世の中には、通常の柔軟な状態を見て、D3O®の資質に疑問を抱く人がいるかもしれない。ただしD3O®プロテクターは、ヨーロッパの安全規格である「CE」の認定を取得しているのだ。ちなみにCEには、耐久性に関する基準も存在し、D3O®はこの要素でも特筆すべき資質を発揮。プラスチックやウレタンのような加水分解が起こらないため、D3O®は気温の変化や浸水に強いのである。
もちろん、いくら耐久性が高くても、永遠に使えるわけではないのだが、直射日光が当たらない通気性のいい場所で保管すれば、D3O®プロテクターは長期にわたって使用できる。事実、ヒョウドウの調査によると10年ほど前の製品でも、本来の資質を維持しているケースは珍しくないという。そう考えるとD3O®プロテクターは、コストパフォーマンスという視点で見ても、秀逸な資質を備えているのだ。
D3O®はフレキシブルである――相反する課題に挑戦
安全性と快適性の追求。モーターサイクル用のレーシングレザースーツやライディングギアを手がけるメーカーにとって、それは永遠のテーマである。ただし、安全性と快適性には相反するところがあって、プロテクターの場合は衝撃吸収性を重視すると、着心地の悪さや硬さを感じやすくなるし、逆に快適性や運動性に特化すると、十分な安全性の確保は難しくなる。
もちろんこういった問題は、形状や寸法の工夫である程度は解消できるのだが、スポーツライディングに的を絞ったレーシングレザースーツはさておき、日常的な使用を考慮したストリートアイテムにプラスチック製プロテクターを使用して、違和感が皆無の着心地を実現するのは容易ではない。だから世の中には、プラスチック製プロテクターを敬遠するライダーが少なからず存在するのだが……。
ふだんの感触がスポンジと大差がない、ソフトでフレキシブルなD3O®プロテクターなら、どんなライダーも違和感を抱かないだろう。逆にこのナチュラルな着用感こそが、D3O®の最大の魅力と感じる人は少なくないはずだ。
さて、ここまではさまざまな角度からD3O®の美点を紹介してきたが、この素材は全ての面で万能ではなく、現在のヒョウドウは製品の方向性に応じて、プロテクターの最適化を図っている。
まずストリートアイテムが装備するプロテクターの多くが、D3O®を単体で使用するのに対して、レーシングレザースーツとサーキットの必需品となるバックプロテクターは、D3O®とプラスチック/硬質ウレタンを組み合わせたハイブリッド構造を採用。そしてストリートアイテムの中には、バックプロテクターをあえてスポンジとしたジャケットや、プロテクターを装備しない製品が存在する(ただし多くの製品が、D3O®プロテクターが装着できるポケットを装備)。
また、近年になって多くのライダーが注目しているチェストプロテクターは、D3O®をメインの素材としつつも、3種の形状を準備している。
もちろんこういったキメ細かな展開は、10年以上にわたってD3O®プロテクターの普及と発展に並々ならぬ精力を注いできた、ヒョウドウならではだろう。
ヒョウドウのプロテクターの主な種類
製品の方向性やユーザーの好みを考慮した結果として、ヒョウドウはD3O®プロテクターに3種の仕様を設定している。下の写真2点はいずれも肘=エルボー用で、「カスタム」はオーソドックスなプレーンタイプ。「AIR」は通気性を考慮したメッシュ構造で、この製品の別バージョンとして、衝撃吸収性を重視して厚みを増したPro仕様が存在する
ヒョウドウのD3O®プロテクターは、当初はアウターに装着するタイプのみだったが、サーキットユースを重視したバックプロテクターの思想を転用する形で、現在はインナーとして着用するタイプを数多くラインアップ。ここ最近は複数のD3O®プロテクターが備わるベストやシャツ、ジャケット、パンツなどが好セールスを記録しているようだ
創意工夫で支持層を拡大
ヒョウドウのD3O®プロテクターは、当初は既存の製品と同様に、スーツ/ジャケット/パンツ側に装着されていた。とはいえ、D3O®の普及と発展を目指す同社は、2011年に肘/膝用として着用するタイプのプロテクターを開発。それらが好評を得たため、後にシャツやベスト、ジャケット、長短のパンツなど、インナーとして着用するD3O®プロテクターが数多く登場することとなった。
そして他社製アイテムと組み合わせることが可能だからだろうか、インナータイプのD3O®プロテクターは、オフロードや旧車、自転車などの世界でも高評価を獲得。言ってみればD3O®プロテクターの導入によって、ヒョウドウは支持層の拡大を実現したのだ。
また、当初はプレーンなデザインのみだったヒョウドウのD3O®プロテクターだが、近年では夏場の通気性と軽量化を考慮して生まれた、メッシュ構造の“AIR”タイプが主力になりつつある。もちろん、プレーンタイプからメッシュに構造を変更すると衝撃吸収性の低下を招く可能性があるのだが、同社は入念な解析を行うことで問題を回避。AIRはCEレベル1、AIRの厚みを増したProはCEレベル2の基準をクリアしている。
愛用者が語るヒョウドウのウエア「着るではなく、まとう感覚」
今だから言うわけじゃないけれど、20代までの僕のライディングギアは、大昔から姿形が変わらない、老舗ブランドのレザーやコットン系だった。その一番の理由は、モーターサイクル用ウエアのデザインと着心地がいまひとつしっくりこなかったからだが、当時の僕が今以上に旧車に傾倒していたことも、新しいライディングギアに興味を抱かない一因だったのかもしれない。
ところが、30代前半でヒョウドウに出会って、僕のライディングギアに対する認識はガラリと変わった。同社の製品を着用して何度かツーリングに出かけてみたところ、あまりの快適さに驚嘆してしまったのである。
僕が感じたヒョウドウ製品の最大の魅力は、“着る”ではなく“まとう”感覚が得られること。決してキツいという意味ではなく、ジャケット/パンツが身体に程よいあんばいでフィットしてくれるから、乗車姿勢での落ち着きがよく、マシンの上で自由に動きやすく、さらには走行風によるバタツキがほとんど起こらないので、結果的にロングランでの疲労が少なくて済む。その事実を認識した時点で、老舗のレザーやコットン系の出番は、激減することとなった。
そういった印象は、当記事で紹介しているD3O®にも通じる話である。ソフトでフレキシブルなプロテクターが身体にフィットするから、ロングランでも心身にストレスがたまらない。なお衝撃吸収性については、他メーカー/他素材との比較をしたことがないので、何とも言いがたいのだけれど、ここ10年の自分を振り返ると、サーキットで4度の大転倒を喫しているにもかかわらず、1度も骨折していないのは、D3O®のおかげではないかと思う。
お気に入りアイテムは「STJ514DN ST-W ボイジャー D3O®」
ストリートにもなじむヒョウドウのプロテクター&ウエア
プロテクトベストを着て胸とバックボーンを守る
HRZ910N ヒョウドウD3O®エアプロテクトベスト(ワンピース)
価格:2万7390円 サイズ:S 〜3L(S、3Lはブラック×オレンジステッチのみ)
H3J001N ヒョウドウ365パーカ“ガノ”
価格:2万1890円(ブラック、ブルー、ベージュ、グレー)、2万5190円(インディゴ、アッシュストレッチ) サイズ:S〜3L
冬期向けに開発されたウォームプロテクトシリーズ
HRZ922D D3O® エアウォームプロテクトシャツ
価格:3万9490円 サイズ:S〜3L(3Lはブラック×オレンジステッチのみ)
HRU011D D3O® エアウォームプロテクトパンツ
価格:2万1890円 サイズ:S〜3L(3Lはブラック×オレンジステッチのみ)
プロテクターの存在を感じさせないストリートモデル
HRZ920D D3O® エアコンフォートプロテクトシャツ(セパレート)
価格:3万8390円 サイズ:S〜3L(S、3Lはブラックのみ)
HRU010D D3O® エアコンフォートプロテクトアンダーパンツ ロング
価格:2万790円 サイズ:S〜3L(3Lはブラックのみ)
D3O®の特性を生かしたソフトな付け心地
HRZ912 ヒョウドウ D3O® エアチェストプロテクター セパレート
価格:1万890円 サイズ:フリー
HRZ911 ヒョウドウ D3O® エアチェストプロテクター
価格:1万890円 サイズ:フリー
STJ033DN ST-S バックiD D3O® パーカ
価格:4万6090円 サイズ:M〜3L
インナーにはくだけで安全性UP!
HYD803 ヒョウドウコベックバイカーズパンツ
価格:2万3100円 サイズ:29〜34インチ
HRU008D ヒョウドウ D3O® エアプロテクトアンダーパンツ ロング
価格:1万9690円 サイズ:S〜3L(S、3Lはブラック×オレンジステッチのみ)
体にフィットするからアウター選びの幅が広がる
STU732 ウインドブロックヒートプルオーバーパーカ
価格:1万2100円 サイズ:S〜3L(3Lはブラックのみ)
HRZ917D ヒョウドウ D3O® エアプロテクトシャツ(ワンピース)
価格:3万7290円 サイズ:S〜3L(S、3Lはブラック×オレンジステッチのみ)
report●中村友彦 photo●ヒョウドウプロダクツ/山内潤也
ヒョウドウプロダクツ
TEL:053-465-8281
https://www.hyod-products.com/
プロテクトギアの情報ページ
https://www.hyod-products.com/product/protect/