編集後記
編集担当の自分語りを少々お許しください。
2000年代初頭、公共交通機関が脆弱な地方都市で大学生活を送っていた僕は、アシとして原付を探していた。クルマの免許は取ったものの、実際買って乗れるのは原付しかないというよくあるパターンで、特にバイク好きというわけでもなかった。
でも、オジサンたちが通勤に使っている野暮ったいスクーターは嫌だった。どれも同じように見え、三角形と四角形でできた箱にしか思えなかったのだ(あくまで当時の気持ちです)。
そんなときに出会ったのがソロとズーマーだった。今の自分の免許で乗れる乗り物で、こんなカッコいいものがあるのか!と初めて見たときの衝撃を今でも覚えている。
悲しいかな、新車も中古車も当時の僕には予算オーバーで手に入れる事はなかったのだけど、カッコいい乗り物に乗りたいという気持ちはその後に二輪免許を取得し、結果二輪メディアと呼ばれる業界で仕事をするようになったのを考えると、ソロとズーマーが人生を迷わせたとも言える。
仕事をするようになって、それらモデルが若手を中心とした「Nプロジェクト」なるものから生まれ、若者をターゲットとした商品だったのを知る。
あんなぶっ飛んだバイクが出来るのだから、さぞかし若いエンジニアたちが「自分たちが乗りたいもの作っちゃうぞ!」なんてワイワイガヤガヤ楽しそうに開発をしていたのだろうなぁなんて想像を膨らませると同時に、「オレはホンダの手の上で転がされていたのか」と少し腹が立ったりもした。
その舞台裏を覗いてみたいと思った。
という編集担当の興味が当シリーズ企画の出発点でもあったのだが、いざNプロジェクトに関わった人たちに取材で話をうかがうと……。明るく楽しい開発の日々なんてのは見当外れ、いや、1/3? 1/4?くらいは当たっていたのかもしれない。「スケボー積みたい」「マッタリしたい」「シートが伸び縮みしたら面白くね?」フツーのバイク作りでは聞かないような不思議アイディア。実際それらは若いエネルギーの集結だったのだろう。
が、メーカーとして「商品化する」という使命が課せられるのである。予算とか、時間とか、壊れないかとか。若手=経験の少ないエンジニアたちは当然というべきか大変な事になる。「言っちゃった以上、作んなきゃいけない」。20代だったころの自分ではとても耐えられる気がしないエピソードの数々。
引き続き、関谷守正さん執筆の各モデルの開発ストーリーでその辺は分かるはず。会社員として仕事をしている人、何か物作りに携わっている人なら絶対感動するはず。そして絶対面白いはず。
さて、その格闘を語るなかで皆さんから聞かれた共通キーワードがあった。「中野さん」という名前である。
自分を含め、バイクに興味がなかった若者たちをバイクに乗らせようという仕掛けを考えたのはその人らしい。そして、当初、勝手にイメージしていた「Nプロジェクト=若手エンジニアによるエネルギーの発露」なんて単純なものではなく、記事本文で説明されているよう窮地に追い込まれた「ホンダの作戦」であった事が分かってきた。
自分は執筆者ではなく編集担当に過ぎないが、いわゆる各車の開発ストーリーに留まらず、そんな時代の空気感までどうお伝えできるのか正直オノノいてている。「言っちゃった以上、商品化までどうするのか」に悩んだ当時の若手エンジニアたちとは比べるべきもないだろうが……。
ソロとズーマー、なんて罪作りな存在なんだ(上野茂岐)。
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