あのころの夢を胸に抱き、理想のZを追求する
現在の日本にはZシリーズを得意とするショップが数多く存在するけれど、BLファクトリーの梅木さんほど、Z1000J/R系に力を入れる人物はそうめったにいるものではない。
何と言っても梅木さんは、約20年にわたって’82年型Z1000J2を愛用し続けているのだから。
文●中村友彦 写真●鶴見 健

※本記事は別冊Motorcyclist2009年12月号に掲載されていたものを再編集しています。
ひしひしと伝わる愛情
カワサキ本社がある明石から東へ約10km、神戸市垂水区に店舗を構えるBLファクトリーは、僕にとっては昔からすごく気になるショップだった。
同店の取り扱い車種は年代やメーカーを問わないものの、代表の梅木さんが最も愛着を感じているのはZ1000J/Rを筆頭とするZシリーズのようで、梅木さん自身が手がけたZ用オリジナルパーツやカスタムバイクを見ていると、Z系各車と’80年前後のAMAスーパーバイクに対する愛情が、ひしひしと伝わってくる。
もちろん、そういった愛情はZを得意とするショップなら多かれ少なかれ持っているものだけれど、何と言うのか、僕は他誌で何度も目にした梅木さんの仕事に対して、誠に勝手ながら親近感を覚えていた。
当時のスタイルに極端に執着するのでなければ、今風のパーツをこれでもかと言わんばかりに付けるわけでもない梅木さんの手法は、かつて’79年型Z1000MkⅡに愛用していたころに僕が思い描いた、理想を具現化したものだったのだ。
そんなわけで、梅木さんと話をするために同店を訪れた僕ではあるが、実際の話に入る前に、まずは梅木さんが18年間愛用している’82年型Z1000J2に乗せてもらうことにした。



削り出しのZ1000S1タイプポイントカバーは1万500円で、軽量化とバンク角増大に貢献。オイルクーラーステーは1万5750円で、ラバーバンドを用いた装着方法やコアが真正面を向く取り付け角度は、’80年代前半にロブ・マジーが手がけたAMAレーサーの流儀を踏襲。
クロモリ製中空アクスルは、フロント価格●1万8900円、リヤ価格●7140円。
Jが熟成を続けていたら
このJ2は同店のテストベッドとして何度も仕様変更を重ねてきた車両で、昨年まではレーサーとして使っていたそうである。
ただし、現在では足まわりパーツの多くをノーマルに戻しているため、「ストリート仕様としてのバランスは、まだまだ改善の余地ありなんですよ」と梅木さんは教えてくれたが……。
うーむ。
試乗を始めて約10分、僕は自分の観察眼が間違っていなかったことに感じ入っていた。
確かにバランス的には改善の余地がありそうで、Z1000R2用ノーマルスイングアームは増大したパワーと補強が施されたフレームにやや負け気味の気がするし、低開度におけるキャブセッティングには煮詰めの余地があるように思う。
でもそのあたりは、事前に言われなければおそらく気にならなかっただろうし、そんなことより僕が胸を打たれたのは、このマシンが’09年型と言いたくなるほどの実力を持っていたことである。
どこから説明するべきか迷ってしまうが……、大前提となる乗り味は紛れもなくZなのだ。
重厚かつ柔らかなエンジンフィーリングと乗り手を導いてくれるような前輪の舵角のつき方、そしてコーナーの立ち上がりでスロットルを開けたときの心地いいトラクション感覚は、過去に体験したZと同じ。
でもその一方でこのマシンは、ライディングポジションやディメションの変更によって乗り手の入力に対して実に速やかな反応を見せてくれるし、コーナーへのアプローチでは現行ネイキッドのように前輪をきっちり使っていけるし(フロントフォークの設定変更とフレーム補強が功を奏しているようだ)、ワイセコピストンやヨシムラ製カムを投入したエンジンは、中高回転域では荒っぽさを微塵も感じさせずにパワフルかつ軽やかな吹け上がりを堪能させてくれる。
こういった自由自在に楽しめる感はノーマルのZではなかなか得られないもので、’09年型っていうのはちょっと言いすぎにしても、もしカワサキがZ1000J /R系の開発を’84年で打ち切らず、そのまま熟成を続けていたら、きっとこのJみたいな乗り味になったんじゃないだろうか。
このあたりはノーマルを否定するのではなく、ノーマルを認めたうえで資質を高めていくBLファクトリー独自のスタンスがうかがえる部分で、だからこそ僕は、昔から梅木さんの仕事が気になっていたんだと思う。
テスト車として進化を続ける梅木さんの愛車

梅木さんの愛車であるJ2は北米仕様。
ちなみに、当時のカワサキは北米と欧州で異なる仕様を作るケースが多く、J系の場合は、ハンドルバーやステップ位置に加えて(北米向けのほうが、高く、前進している)、前後サスペンションのセッティングも異なるそうだ。

J系のフレーム剛性はZ1〜MkⅡと比較すれば格段に上がっているものの、このマシンではヘッドパイプ下部やスイングアームピボット周辺に補強を追加。
とはいえ、これはレーサーとして使った場合に必要となるもので、ストリートならノーマルで十分と梅木さんは言う。
丸パイプ製スイングアームはJよりやや剛性が高められたZ1000R2の純正。

オフセット50㎜のステアリングステムはJ2のノーマル(J1以前は60㎜)。
セミアップのハンドルバーはハリケーンで、リザーブタンク一体型のフロントブレーキマスターは後年式のカワサキ純正パーツを使う。
15000rpmからレッドゾーンが始まるタコメーターはZXR400。デジタル式油温計はヨシムラ。

エンジンはワイセコ74㎜径鍛造ピストンを投入した1135㏄仕様で、カムはGPz1100(Jより作用角が広い)からの流用。
キャブレターはミクニTMR40㎜径で、カーカーのスタイルを踏襲しつつ、独自のノウハウを投入したスチール製4-1式エグゾーストシステムはBLファクトリーオリジナル。
価格は7万7700円(エキパイ単体は5万1450円、サイレンサー単体は2万8350円)。
バックステップはベビーフェイス製を基に細部を調整。

S1タイプのシートも同店製。張り替え工賃は2万2050円。
リヤショックはオーリンズのXJR1300用だが、出荷状態そのままではなく、設定を大幅に変更している。

Z1000J/Rの純正と同径の38㎜径フロントフォークは、Z系カスタムで人気のアドバンテージカヤバ。
片押し式1ピストンブレーキキャリパーはカワサキ純正だが、ディスクはかつて同店が販売していたオリジナルパーツに変更されている。
フロント1.85×19 、リヤ2.15×18の7本スポークホイールはノーマルで、前後タイヤはダンロップのK300GPを選択。
Z系にこだわる理由
さて、ここからはインタビュー編である。
冒頭で述べたように、同店はZ系各車を得意とするショップだが、中でもZ1000J/R系に力を入れてきた理由はどこにあるのだろうか。
「やっぱりJ系っていうのは、カワサキが次世代を見据えて、従来のZをベースにすべてを見直した車両ですからね。実際に自分の手でいじってみると、エンジンも車体もZ1〜MkⅡを上回る潜在能力を持っているのがよく分かる。と言っても……実はこのあたりは後づけの理由なんですよ。僕の場合は’80年代初頭にカワサキディーラーで見たZ1000S1に乗るエディ・ローソンの写真のインパクトが強烈で、いつかあのバイクに乗ってみたいと思っていた。だから、設計が新しいからといってだれにでもJ系を勧めるつもりはないんです。何に憧れて何に乗りたいと思うかは人それぞれで、僕の場合はそれがS1やJだったんですけど、あのころのスーパーバイクは、どんな機種でもそういった憧れの対象になり得ると思いますから」
とはいえ、取材当日のBLファクトリーには計5台のZ1000J/Rが入庫していた。初めて同店を訪れた身としては、やっぱりJ系に力を入れているように思えるが。
「それはたまたま……と言うより、ここ最近の傾向ですね。ウチにはZ1やMkⅡ、ニンジャに乗るお客さんも多いし、カタナやCB-Fを手がけたこともあるんですけど、一昨年あたりからJ系のお客さんがどっと増えてきました。J系でいろいろなレースに出て、結果を出せていることが影響しているのかもしれません」
同店が本格的なレース参戦を始めたのは約10年前だが、興味深いのはその取り組み方。
Z系を含めた’70〜80年代車でレースをする場合、たいていのショップは、最新のラジアルタイヤを履くための前後17インチ、あるいは当時の雰囲気を重視した前後18インチやノーマルと同じフロント19/リヤ18インチ、そのどちらかに傾向が偏るものだが、同店の場合は両方の仕様を手がけているのだ。
「個人的な好みは前後18や19/18インチですけど、J系はホイールサイズに関わらず、きちんとしたハンドリングを作ることができると思いますよ。もちろん、ディメンションを筆頭とする車体各部の見直しは必要になるんですが、それさえやっておけば、J系は最新のラジアルタイヤを履きこなすことができる。こういったいろいろな方向性の遊び方ができるのも、J系ならではの魅力かもしれませんね」
ショップのオープンから14年、アマチュア時代を含めると20年以上にわたって、梅木さんはZシリーズを愛用し続けてきた。
その間、現行モデルを含めた他機種に浮気したことはなかったのだろうか。
「Zと同時代に活躍していたCB-Fやカタナはどんな乗り味なんだろうと思って、自分で所有して乗っていたことはあります。ただ、現行車に対してZほどの憧れを抱いたことがあるかと言うと……あんまりそういう記憶はないんですよ。何と言うか、あのころの国産ビッグバイクっていうのは、どのメーカーの車両も独自の手法で最高の性能を目指したサラブレッドで、僕が大好きな’80年前後のAMAスーパーバイクっていうのは、それらが火花を散らした舞台だった。でも今のレースに使われている車両を見ていると、あれほど強烈なインパクトを感じないんです。実際に乗れば素晴らしいんだろうとは思いますけど、やっぱり僕は自分自身が心からカッコイイ!乗ってみたい! と思ったバイクにこだわっていきたい。それに、Zシリーズに関してはまだまだやってみたいことがありますからね。現行車に浮気している余裕がないっていうのが現状なんです」。


BLファクトリー詳細

●住所:〒655-0032兵庫県神戸市垂水区星が丘3-1-88
●TEL:078-705-1138
●URL:http://www.bl-factory.com