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■タイトル写真:カワサキのスクランブラー250-A1SS(1967)のカタログより。奥のモデルはオンロードスポーツの250-A1。
国産スクランブラーの隆盛は1960年代前半から〜1970年にかけての約10年だった
英国をはじめとする外国車メーカーでは、1950年代まで遡ることができるスクランブラーマシン。その後一時期カテゴリーが沈静化したが、今ではオンロードモデルからのネオレトロな派生タイプとして認知され、復活を遂げているカテゴリーだ。2000年以降ではトライアンフやドゥカティ、ホンダもCLの名前を復活させ2023年にレブルベースのCL250を登場させている。
そして国産モデルの市場でも、1960年代に一時的な盛り上がりを見せたカテゴリーである。日本国内で不整地で競うモトクロスレースが広く認知され始めた60年代、既存のオンロードモデルをベースに、不整地でも具合のいい仕様に改造したものとして生まれたのがスクランブラーだった。

そして、スクランブラーの量産型国産車の始祖として生まれたのが、ホンダの250ccモデルCL72。量産車の多くは専用のアップハンドル、アップマフラーを装着し、また場合によってはサスペンションのストロークも延長して最低地上高を上げるのが主な生産手法だったが、さらに高いオフロードの走破性能を持つ専用設計モデルが登場すると、その勢いは急速に衰えていった。ちなみに、オフ専用設計の量産国産モデルの始祖は、ヤマハの2スト250ccモデルDT-1だ。
国産モデルでのスクランブラーは、1970年代を迎える前に徐々に衰退していったものの、そのワイルドかつノスタルジックな外観は、今だからこそ響くものがある。今回は1960年代前半から約10年という短い期間、国産各社から出されていた黎明期の国産スクランブラーを振り返ってみよう。

■CB72から転用した並列2気筒エンジンを除き、CL72はセミダブルクレードルフレームや前後19インチホイール、容量10.5Lの小振りなガソリンタンク、頑丈な構成のステップなど、数多くの部品を専用設計されていた。当時の開発陣の悪路走破性にかける意気込みが、しっかり伝わってくる仕様とも言えた。
HONDA
TRAIL50(1960)

スーパーカブC100から、レッグシールドを外してブロックタイヤを装着したのが輸出向けモデルのトレイル50。まだスクランブラーと称するモデルではなかったものの、その萌芽として整地走行向けに邪魔な装備を取り払ったスパルタンな仕様だ。ドリブンスプロケットを2枚装備し、走行状況に応じてチェーンを架け替えることができた。62年型より55ccもラインアップに加わり、64年に90ccのCT200が発売されるまで継続販売。最高出力5hp/9500rpm、最大トルク0.33kgm/8000rpm。北米での当時価格は275ドルだった。なお国内向けには、ブロックパターンのタイヤを装備したのみのC100Hを64年のみ少数発売。
CL125(1966)

CB92の後継スポーツモデルCB125をベースとしたスクランブラーがこのモデル。単なる外装のリファインだけでなく、低中速域の扱いやすさを重視してシングルキャブレターを採用するなど、丁寧に造り込まれたスクランブラーだ。CB125の15psに対し、最高出力は13.5psと劣るものの、最大トルク1.08kgmはこちらのほうが上だ(CBは1.07kgm)。発売当時価格は14万2000円。69年にはシングルクレードルフレームや直立エンジンの採用などにより20kgの軽量化に成功。71年の国内最終型ではミッションの5速化(それまでは4速)やセルモーターの採用によって扱いやすさを向上させている。なお、軽二輪となる135ccモデルや北米向けも製作されていた。
CL50(1967)

ホンダスクランブラーシリーズの末っ子として誕生したのがこのモデル。スポーツモデルSS50と同時に発売された。CL90の流れを汲むTボーンフレームにスーパーカブ系のエンジンを組み合わせ、ミッションは4速ロータリー式。最高出力5.2ps/10200rpm、最大トルク0.385kgm/8500rpm。発売当時価格は6万2000円。68年にはふたり乗りが可能なCL65、70年になると外装のマイナーチェンジ(スピードメーターの独立やタンクデザイン変更)や、CL65の発展版CL70も発売されラインアップの充実を図ったが、72年に生産終了。写真は68年モデル。
CL250(1968)

CB250/同エキスポートをベースとした、ホンダの軽二輪スクランブラー。アップマフラーやスキッドプレート、マッドフラップなどを装着しスクランブラーに仕立て上げている。エンジンはCB250と同一だが、排気系のリセッティングにより低速域の使いやすさを向上。最高出力27ps/10000rpm(CB250は30ps)、最大トルク2.07kgm/8000rpm(同2.14kgm)。発売当時価格は18万9000円。なお、兄弟車にシリンダーボアが異なる小型二輪のCL350も存在。日本国内では73年までの販売となったが、北米向けの350はその後も生産が続けられ、新設計エンジンとなったCL360(76年)も存在した。
CL175(1970)

国内向けのCL125をベースとし、ボアを8mm拡大し175ccとしたのがこのモデル(66~)。最高出力20ps/10000rpm、最大トルク1.5kgm/8500rpmは、119kgの軽量な車体と相まって、125ccとは比べ物にならないほど走破性が向上。69年にはシングルクレードルフレームとなり、外装を一新したマイナーチェンジモデルを東京モーターショーで発表(輸出仕様)。これは、70年に国内向けとしても販売された(写真・発売当時価格は15万9000円)。そのほか、シングルシートやフルカバードチェーンケースを装備したAG(農業)仕様もラインアップしたが、71年をもって生産終了。
YAMAHA
F5C(1968)

実用車F5をベースとしたF5SのバリエーションモデルがこのF5C。スクランブラー風の外装を与えられているのが特徴だが、特筆すべきはタンクで、F5Sの6Lに対し6.8Lと大型化され、航続距離で言えばスポーツモデルよりこちらのほうが有利だった。性能はF5Sと同一で最高出力5ps/8500rpm、最大トルク0.45kgm/7500rpm。発売当時価格は6万2000円。なお、69年にはニューエンジン(5.4ps)を搭載したF5CDにマイナーチェンジされ、70年のFT50登場まで継続販売された。兄弟車には90ccのH3Cも存在。
100L2-C(1968)

実用モデルH3の派生スクランブラー90H3Cをボアアップ(+2mm)したのがこのモデル。当初は輸出向けのみだったが、ほどなくして国内ラインアップに加わった。ロード寄りのタイヤを装備していることからも分かるように、スクランブラー“風”モデルではあったが、アップマフラー採用によるバンク角の向上は、多くのライダーに歓迎された。70年になると小排気量オフモデル(AT1やHT1)の登場によって、こうした実用車改は自然淘汰されて行くことになる。最高出力8.5ps/6500rpm、最大トルク0.95kgm/5000rpm。発売当時価格は8万2000円。

AS1-C(1968)

AT90から始まる小排気量2サイクルツインにもスクランブラーが登場する。125ccのAS1-Cがそれだ。同車はデラックスやスタンダード、カスタムといったAS1シリーズのひとつとして存在し、アップマフラーやブリッジ付きハンドル、フロントフォークブーツやエンジンガードを装備するのが特徴。現在では考えられないほど同一モデルのバリエーション数が多いことが分かる。最高出力13.8ps/7500rpm、最大トルク1.3kgm/7500rpm。発売当時価格は13万9800円。
DS6C(1969)

ベースモデルの250ccロードスポーツDS6を、スクランブラーとしたモデル。北米向けには250ccツインのスクランブラー(YDS3-C)を65年から用意していたヤマハだが、国内向けはこれが初となる。外装のリファインや専用色の採用、二次減速比の変更などによって仕立て上げられた軽二輪スクランブラーだが、同年の本格オフロードモデルDT1の登場によって、販売数はごく少数となり、約1年の短命モデルとなった。最高出力30ps/7500rpm、最大トルク2.92kgm/7000rpm。発売当時価格は18万9000円。
350R3C(1969)

ヤマハ製の小型二輪スクランブラーがこのモデル。輸出向けに存在していたYR2Cの国内版である。このクラスでもスクランブラー仕様の仕立て手法は変わらず、ベースモデル350R3からアップマフラーへの装備変更や外装のリファイン程度。リヤショックがスプリング露出タイプとなったのも特徴である。最高出力36ps/7500rpm、最大トルク3.87kgm/6000rpm。発売当時価格は23万円で、1年でそのモデルライフを閉じ、販売台数はごく少数にとどまった。余談だが、アップマフラーを装備する関係上、ミッションオイル注入口がクランクケースよりかなり上に伸ばされている。
TOHATSU(トーハツ)
ランペット トレイルマスター CA1B(1963)

50ccの市販レーサーレプリカであるランペットCA2をベースとして製作されたスクランブラー。輸出向けで、用途としてはホンダトレイルシリーズと同様に山岳地で狩りなどをする際に用いられたようだ。ドリブンスプロケットを2枚装備し、チェーンを架け替えることができた。フロントとリヤには大型キャリヤを装備しており、郵政仕様のイメージもなくはない。最高出力4.7ps/8500rpm。価格は6万1000円と発表されたが、国内では販売されなかったようだ。
SUZUKI
TC200(1967)

ロードモデルのT200をベースとして製作されたのがTC200(写真手前)。アップマフラーの装着をはじめとして、ブリッジ装着のハンドルや可倒式ステップの採用などが特徴。ベースモデルからリヤタイヤを3.00-18へサイズアップし2次減速比を変更し、不整地での走破性を向上させている。フューエルタンクも専用品だ。最高出力は21ps/7500rpm、最大トルク2.09kgm/7000rpm。発売当時の価格は16万7000円だったが、国内では中間排気量からか人気が伸び悩み、ロードモデルのT200共々、1年のみでその姿を消している。
TC250(1967)

ベースモデルはT250。それ以前より輸出向けとして66年にはTC21が存在したが、国内発売が開始されたのはこのモデルからとなる。フューエルタンクのメッキ側板仕様から、躍動感のある塗り分け仕様へと変更されていることや、オフロード走行に適したサイクルパーツの使用はTC200とまったく同一の手法である。最高出力は30ps/8000rpm、最大トルク2.82kgm/7000rpm。発売当時価格は18万9000円。TC200同様1年で姿を消すが、70年型のマイナーチェンジでT250(Ⅲ型)のバリエーションとしてアップマフラー仕様が復活。
AC50/90(1968)

前年に登場した実用車A50/同90をスポーツモデルにリファインしたのがASシリーズ。そのバリエーションモデルがAC50/同90である。ブリッジ装着のハンドルなど装備を不整地向けとし、90は二次減速比も変更。また、90には豪華装備の「G」がラインアップされ、オプションとなっていたサイドスタンドの装備やキャンディカラーを採用していた。マイナーチェンジされた70年型になると、チャンバーやピストン、シリンダーなどのキットパーツも用意され、レースユースにも対応するように。90は70年にハスラーTS90が登場するまで、50は71年にハスラーTS50が登場するまで継続販売。最高出力は6ps/8.4ps、最大トルクが0.5kgm/0.89kgmだった(50/90)。写真は90。

KT120(1968)

120ccの実用モデルB120をベースとしたスクランブラーモデルがKT120だ。北米向けの同車は、ハイ/ロー2段切り替えという副変速機を有し、3速ミッションと組み合わせればかなりの悪路でも走破することが可能だった。当時の日本よりバイクの使い道が明確だった北米向けはオフロード走行に特化することができ、このような思い切った造り込みが可能だったようだ。同車はハンティングのお供によく用いられたという。大型のキャリヤも獲物を載せるのに配慮した装備。最高出力は8ps/7000rpm、最大トルク0.98kgm/4000rpm。
KAWASAKI
J1TR(1965)

85ccのJ1をベースとし、市販モトクロッサーからツーリングモデルなど同一車種で複数ラインアップがあった中、主に北米に向けたスクランブラーモデルがこのJ1TR。アップマフラー装備はほかのツーリングモデルと同様ながら、このモデルのみドリブンスプロケットを2枚装備し、走行状況によって使い分けることができた。加えて、市販モトクロッサーのパーツを装着可能など、チューニングも容易だった。最高出力は7ps/6800rpm、最大トルク0.77kgm/5000rpm。翌年にはボアアップされ排気量が90ccとなった。
F2T2(1966)

125B1の車体に175ccエンジンを搭載したB11LをベースとしたのがこのF2T2。輸出専用のトレール車として、専用設計のアップマフラーや市販モトクロッサーB1Mの部品を流用したハンドル、シートなど思い切ったモディファイが加えられている。これが、当時のカワサキのトレール車では最上級モデルだった。なお、翌年にはこのエンジンをベースとした市販モトクロッサーF21Mが登場したほか、68年には市販車としてパイプフレームを使用する175F3が登場し、トレールモデルとしての役目を終えた。最高出力は15.5ps/7000rpm、最大トルク1.69kgm/6000rpm。
250-A1SS(1967)

当時の流行だったのだろうが、国内すべてのロードモデルに対しスクランブラーが存在したと言っても過言ではないが、カワサキでももちろん250ccのA1や350ccのA7にスクランブラータイプを設定していた。同社の大排気量スクランブラーは、マフラーが左にまとめられたルックスを採用しているのが共通の意匠。これはオイルタンクへの熱害を避けるためだろうか。ほかはアップハンドルやオフロード寄りのタイヤなどを装備する。最高出力は30ps/8000rpm、最大トルク2.8kgm/7500rpm。発売当時価格19万2000円。71年までマイナーチェンジを繰り返しながら生産が続けられた。
90-SSS(1969)

68年に発表された90S/SSは、国産90クラスで初めてダブルルクレードルフレームを採用したモデルとして有名だが、このSSSは「スーパー・ストリート・スクランブラー」の頭文字を取り、90-SSSとして翌年ラインアップに加わった派生モデルだ。出力はそのままで、ブロックタイヤやアップマフラーなどを採用する韋駄天スクランブラーである。最高出力は10.5ps/8000rpm、最大トルク0.95kgm/7500rpm。発売当時価格は8万2000円。70年には早くも本格オフロードモデルTR90が誕生する関係上、90シリーズはSSSのみ生産が終了。

BRIDGESTONE(ブリヂストン)
90TR(1966)

1970年頃までオートバイ生産をしていたブリヂストンだが、その90シリーズには、デラックス、スポーツ、マウンテニア(MT)、ツーリング(T)など多彩なバリエーションが存在するが、TRと命名されたトレイルは、これらモデルのちょうど中間に位置するスクランブラーモデル。ブロックパターンのタイヤを装備するほか、ドリブンスプロケットを2枚装備し、不整地走行にも対応させており、国内では未発売のモデル。北米では狩りなどに使用された模様だ。最高出力は7.8ps/7000rpm、最大トルク0.85kgm/5000rpm。68年にボアを3mm広げた100ccシリーズへバトンタッチされた。なおブリヂストン各車の国内販売は、67年4月で終了している。
175ハリケーン(1966)

ブリヂストン180の名称で国内発売されていた、175ccのツインエンジンを搭載するスクランブラーがこのモデル(輸出仕様)。ミッションを5段リターン方式から4段ロータリーへ変更することができるセレクターレバーを備えていた。外観はアップマフラーの装着によってスクランブラーイメージとしている。最高出力は20ps/8000rpm、最大トルク1.9kgm/7500rpm。68年には排気量200ccモデルへバトンタッチ。
100TR(1968)

前年の90ccモデルをボアアップしたのがこの100TR(輸出車)。100ccとなってもバリエーションは変わらず多く、スポーツモデル(GP)とオフロード仕様(TMX)の中間位置に存在するのが同車だ。アップフェンダーやオンオフ共用のノビータイヤなどが特徴。ドリブンスプロケットも2枚装備し、簡単に架け替えられるのも90cc同様の装備である。最高出力は9ps/8000rpm。70年をもってブリヂストンが海外向けモデルの2輪生産から撤退するまで継続販売された。
350GTO(1969)

北米向けとして、ブリヂストンの最大排気量ロードモデル350GTRが発売された翌年、ラインアップへ加わったのが350GTOである。アップマフラー装備やブリッジ付きのハンドルバーの装備が特徴だ。70年型になると、メッキから塗りタンクへとマイナーチェンジが施される。なお、最高出力はベース車から変更はないようだ。最高出力は40ps/7500rpm、最大トルク4kgm/7000rpm。70年をもってブリヂストンが2輪生産から撤退するまで継続販売されたが、輸出向けに数千台程度販売されたという。
文●品田直人、モーサイ編集部・阪本 写真●八重洲出版アーカイブ





































