上司の前では吐けない本音を覆面インプレッション!
上司が白いと言えばカラスも白い。それがサラリーマンの悲しき世界だ。そしてここにも、本音のインプレッションを上司に報告できず、不満を募らせる男がいる。
彼の名は匿名係長。課長の目の届かない場所で部下にバイクの本音を吐く毎日だ。今回は大人気のイタリア製スーパースポーツ、その後編をお届けする。
(※当記事はモーターサイクリスト2013年6月号の記事を再編集して掲載しています。なお、人物設定や会話はフィクションですが、バイクの印象については某ジャーナリストの話を基に構成しており、編集部の創作ではありません)
1199 PANIGALE
某月某日・深夜のオフィスにて
主任●(前号からの続き)くゎくゎりちょ~、何とか無事に終わりましたね~。
係長●ぷはー。さすがに資料完成がプレゼンの15分前ってのはシビれたな~。
主任●でも世の中って、意外と何とかなるもんなんですね。
係長●うん。ヤバいヤバいと思っていても、本当の意味でヤバくなるのって10回に1回くらいだよね。ふーっ。
主任●いかに適当な仕事をしてきたかを、教訓めいた経験談に変換してしまえる係長。ある意味尊敬いたします。
係長●でへへ。
主任●それより、話が途中のパニガーレですけど。前回は『業界の高齢化がモノコック化を招く』ってとこで終わりましたが、一体どういう意味なんですか?
係長●その前にさ、パニガーレは今年から世界スーパーバイク選手権(SBK)に参戦し始めたけど、苦戦してるね。
主任●ええ。第4戦まで終えて最上位は第2戦アラゴン・レース1の7位。ポイントランキングも172ポイントの首位アプリリアに対し、ドゥカティは52ポイントで最下位ですね。苦しそうです。
係長●ラップタイムが秒単位で遅いし、最高速度はBMWやアプリリアを10㎞/h以上も下まわっている。まぁ、このへんはレギュレーションも微妙だけどな。2気筒車は1200㏄までOKな代わり、ピストンとコンロッドは変更不可で、しかも50㎜径の吸気リストリクターが義務付けられる(注:戦績によっては主催者が46~52㎜の範囲で径を指定する変則ルールあり)。パニガーレのスロットル径って67・5㎜相当(楕円)だからね。そりゃ厳しいよ。
主任●でも参戦初年度だし、もっと改造範囲の狭いスーパーストック1000では去年も今年も優勝はしているし、これからですよ、パニガーレは。
係長●そのとおりなんだけどさ。パニガーレって去年、全世界で7500台が売れたんだって。完ぺきに証明してしまったなー。前回も話したが、ドゥカティのモノコックフレームって、モトGPでロッシに否定されたレイアウトじゃないか。つまりレースでの成績と市販車の販売って、もはやまったくと言っていいほど関係がないんだよ。それは発売当初、SBKで勝てなかったBMWのS1000RRが、発売初年度とその翌年に1万台以上を売っていることでもわかる。
主任●たた、確かに……。
係長●スーパースポーツ(SS)における魅力って、今やレースでの能力とはほとんど関係ない。そこを切り離して考えないと市販車としての本質を見誤る。パニガーレはそれをダメ押しのごとく知らしめてくれた。
主任●それってつまりですね、忠実なモトGPレプリカを発売しても、熱狂的な魅力や存在感が生まれる保証はどこにもありませんぜ、ってこと?
係長●欲しがる人はいるよ。でも、それがブームになると考えるのは30年前の発想だろう。ちなみにパニガーレの7500台って数字は、2012年大排気量SS市場の世界シェアで約10%。これ、発売初年度としては916からの歴代スーパーバイク系で最大なんだ。まあ、初年度の販売台数なら1万台以上を売った07年の1098にはかなわないんだけど、その時のシェアは約7%だったし、SS市場はここ数年凋落傾向だからね。その中で占拠率を高めることに成功した。まずは〝してやったり〟だろうな。
メカニズムの先鋭度
係長●ま、その辺の話はちょっと後にして、メカニズム的に超面白いのもパニガーレの魅力の一端だから、そのへんの話をしよう。エンジン設計の根幹はボア・ストロークとよく言われるが、パニガーレのそれは112×60・8㎜。比率にすると0・543で、これは量産車では過去に例を見ないほどのショートストロークなんだ。他の現行リッターSSは0・62~0・77だからね。
主任●シビれる! つまりは超レース指向ってことですよね?
係長●うん。スロットルは67・5㎜径相当だし、完全に高回転高出力化ねらいだね。でも、そんなとんでもない数値のくせに、パニガーレは素人が街中を普通に走れる。かつての916がボア・ストローク94×66㎜の比率0・702、スロットル径50㎜でそれなりに扱いづらかったことを思うと隔世の感があるなあ。
主任●916が登場した94年から約20年。やはり電子制御の賜物でしょうね。
係長●俺は必ずしも電子制御肯定派ではないけど、レーシーなドゥカティのエンジンと電子制御は非常に相性がいい気がするんだ。パニガーレのレーシーかつイージーっていう方向性は、今後のドゥカティを語る上で大きな要素になると思うし、実際、すでに13年型ムルティストラーダにもその片鱗はうかがえる。
主任●ふむふむ、なるほど。
係長●加えて、あのフレームだよな。
主任●はいはい。シリンダーヘッドからスタッドボルトが出ていて、その上にモノコックフレームがボルト留めされると。
係長●ボルト締結ってどんなにガッチリ留めても、溶接に比べれば取り付け剛性は落ちる。つまりパニガーレのエンジンとフレームの結合部分は入力で変形しやすいんだ。それを前提に考えると、あの構造はふたつの役割を担っているというのが俺の見立て。まずはフレームに適度なねじれを生じさせる役割ね。
主任●ふむ。剛性のコントロールですね。
係長●加えてエンジンへの過大な入力を防ぐ〝逃がし〟の役目。エンジンって、ねじれちゃいけないわけよ。シリンダーやクランクシャフトがねじれる悪影響は想像つくだろ? でも、パニガーレのエンジンはフレームの一部だから、どうしたって力は加わる。ならばエンジンがねじれる前に、別の弱い部分を変形させて力を吸収させればいい。
主任●ほっほー、なるほど。
係長●生産性も高いんじゃないの。パニガーレ生産ラインの動画を見ると、エンジンの上からフレームをパコッと被せて、エアレンチでチュンチュンチュンチュン。ボルトを4本締めればエンジンとフレームが結合できちゃうもんね。
主任●そうか、ながーいエンジンマウントボルトとかを通す必要がないんだ。
係長●ま、そうした構造や思想が、前回述べたインフォメーションの少なさ、印象の違いに繋がっているんだろうけどな。さらに、パニガーレのモノコックフレームを語る際、重要なのはその製造コスト。今までのトレリスに比べたら、そりゃもう格段に安く造れるはずだよ。
主任●うええ!? そうなんですか?
係長●だってトレリスフレームって、鉄パイプを1本1本切って角を落として、それを溶接して組み立てるわけでしょ。すげえ手間だぞ。現にスーパーバイク系のトレリスフレームって、916→999→1098と、進化するほどに構成パイプの数が減っていくし。
主任●昔のほうが手間かかっていたと。
係長●対してパニガーレのモノコックはアルミの鋳物。鋳型さえあればバッコンバッコン、あっという間に何個でも造れるよ。コストの差は歴然でしょう。
主任●ふえー、パニガーレって深いなぁ。

●上は1098のトレリスフレーム。すべてのパイプを適正サイズに切断して接合面に合わせ面取りし、その後溶接という手間を考慮すると、パニガーレのアルミ鋳造モノコックはかなりの工数削減に貢献していると思われる

●生産ラインでの組み立て風景。アルミ鋳造製モノコックの重量は4.2kgと、スチールトレリスよりもかなり軽いと思われ、組み付け作業もしやすいはず。エアボックスを兼ねる構造のため、その組み付けの手間も省ける