アーバン・ツーリング・スポーツ・エンデューロという4種のバイクを1台で味わえる「4 bikes in 1」をテーマに掲げ、世界各国で好セールスを記録しているドゥカティのアドベンチャーモデル「ムルティストラーダ」シリーズ。
これまで、そのトップモデルは1260cc Lツインエンジンを搭載した「ムルティストラーダ1260」シリーズだったが、その後継機種としてとんでもないモデルが登場した。
V型4気筒エンジンを搭載する「ムルティストラーダV4」シリーズである。
よりハイパワーとなっただけでなく、オフロード性能も向上させたというその新型ムルティストラーダに、イギリス人ジャーナリストのアダム・チャイルド氏が早速試乗!
ドゥカティのお膝元・イタリアで、市街地・高速道路・ワインディングロード・オフロード「4種のシチュエーション」でテストを行った。
ムルティストラーダV4の開発コンセプトは「全てにおいて1260を超える!」
ドゥカティが2021年モデルとして送り出す「ムルティストラーダV4」は、これまでのLツインエンジンのムルティストラーダ1260とは全く異なるバイクだ。
エンジンはスーパーバイク「パニガーレV4」のものをベースとするV4エンジンに。それを搭載するシャシーも当然新設計で、軽量・コンパクト化をさらに追及したもの。フロントホイール径はオフロード志向の19インチとなっている。
また、電子制御にもこれまでの二輪市場には無かった意欲的な新技術「アダプティブクルーズコントロール」が投入されている。これは前後に装備されたレーダーセンサーにより前方車両との車間距離をキープしながらアクセルとブレーキを自動コントロールするというシステムだ。
それらを体現するごとく、スタイリングも新たなものへと変貌を遂げている。
ムルティストラーダV4を開発するにあたり、ドゥカティCEOのクラウディオ・ドメニカーリ氏はこう語ったという。
「我々はすでに世界最高峰といえるアドベンチャーバイクを生産しているが、今以上に市場をリードするアドベンチャーバイクが欲しい。新エンジン、新シャシー、新技術、新デザインで、フロントホイールを19インチにしてオフロード走破性も高めたい」
……ものすごい要求である。
ムルティストラーダV4のエンジンは「パニガーレV4」がベース
ムルティストラーダV4に搭載されているV4エンジンは、スーパーバイク「パニガーレV4」の逆回転クランクエンジンから派生したものであるが、強大な最高出力くらいしかその面影はない。
パニガーレV4のエンジンと比較すると、排気量は1103ccから1158ccへと55ccアップし、ボアは81mmから83mmへ拡大されているが、最高出力は170馬力/1万500回転とパニガーレV4(214馬力)に比べれば多少おとなしい。
一方で最大トルクは12.7kgmへとアップしているほか、発生回転数は8750回転となっており、立ち上がりの早い特性となっている(パニガーレV4の最大トルクは12.6kgm/1万回転)。
加えて、ツーリングモデルとしての性格を考えV4エンジンの発する熱対策も施されている。低回転状態では後ろバンク2気筒が休止するのである。
それ以上に、ムルティストラーダV4のエンジンには大きな秘密がある。
1970年代以降、ほぼ全てのドゥカティに使われてきた「デスモドロミックバルブ」だが、ムルティストラーダV4ではオーソドックスなスプリング式バルブを採用している点だ。
その主な目的は、やはりツーリングモデルらしく、バルブのメンテナンスサイクル延長のため。デスモドロミックLツインの1万8000マイル(3万km)に対して、ムルティストラーダV4は同クラスでもトップクラスの3万6000マイル(6万km)となっているのだ。
しかしである。みなさんも試乗前の私のように「V4エンジンなんて積んじゃって、さぞ重くて大きいバイクなのでは?」と思っているのではないだろうか。
そんなことはない。
このムルティストラーダV4のエンジンはムルティストラーダ1260のLツインエンジンより1.2kg軽く、前後長は8.5cm短く、高さは9.5cm低くなり、幅はたった2cmしか広がっていない。さらに、コンパクトにまとめられたエンジンの恩恵で最低地上高は220mmとなり、ムルティストラーダ1260より46mm高くなっているのだ。
レーダーを搭載し、車両接近の警告や車間キープクルーズコントロールを実現
V4エンジンだけがムルティストラーダV4の売りではない。超最先端技術が盛り込まれているのだ。
二輪市場で初となる車間キープクルーズコントロール「アダプティブ・クルーズ・コントロール」と、前後の死角検知レーダーを備えた「ブラインド・スポット・ディテクション」である(一部グレードではオプション)。
このシステムはボッシュと共同開発されたものなので、新しい電子デバイスにアレルギーを感じる人も安心してほしい。
「アダプティブ・クルーズ・コントロール」は速度を30〜160km/hの間で設定でき、レーダーの検知情報に応じて、自動で穏やかに加減速しながら速度をコントロールする。
死角を検知する「ブラインド・スポット・ディテクション」はリヤレーダーを利用して後方から接近してくる車両を監視し、警告としてバックミラーのLEDを点灯させるというもの。
「アダプティブ・クルーズ・コントロール」も「ブラインド・スポット・ディテクション」も最近の4輪車で普及が進んでいるものとシステムとしては同様だが、バイクでは初の試みだ。
「アダプティブ・クルーズ・コントロール」作動時には「スタビリティ・コントロール」による制御も行われ、ウォブル現象に遭遇した場合にIMUがそれを検知し、自動的にパワーを下げてウォブルを軽減してくれる。
無論、それら以外にもムルティストラーダV4には充実のライダーサポート機能が付いている……というか、今までのものより進化した機能が与えられている。
コーナリングABS、トラクションコントロール、ウィリーコントロール、コーナリングヘッドライト、坂道発進時に便利なビークルホールドコントロールといった最新大型アドベンチャーでは定番といえるものはもちろん取り揃えている(一部グレードではオプション)。
ライディングモードはスポーツ、ツーリング、アーバン、エンデューロの4種から選べ、各モードで出力特性、トラクションコントロールやコーナリングABSの作動レベルが切り替わる。
また、電子制御式スカイフックサスペンションを装備するムルティストラーダV4 Sはサスペンションの設定もライディングモードによって統合制御される。
ムルティストラーダV4の車体は完全新設計、前輪はオフロード志向の19インチに
車体は完全に新設計で、ディメンションも従来までのムルティストラーダ1260とはかなり異なっている。
ムルティストラーダ1260は前後17インチホイールだったが、ムルティストラーダV4は前輪が19インチとなり、後輪の幅は縮小された。
これはムルティストラーダV4がオフロードバイクでもあるというドゥカティの意思表示と言っても過言ではないだろう。
フレームも大胆に構造が刷新されている。パニガーレV4のようなアルミ製モノコックと、それにボルトで固定するサブフレームという構成になり、シャシーで比較するとムルティストラーダ1260より4kg軽量となっているのだ。
シート高は15mm高くなったし、燃料タンク容量は20L→22Lへ増量されたが、タンクやシートの形状がスリムにまとめられているので、足着きは悪くない。
そして、オフロードファンに嬉しいニュースを。
スタンディング時に腕が当たらないようミラー形状は配慮されているほか、ステップラバーは工具不要で脱着でき、ステップ類もゴツいオフロードブーツを履いても大丈夫なようにデザインされている。
それに吸排気口が高くなっているので、水深のあるところでも乗れるだろう。そこまで行くか行かないかは別として……。
市街地ではフレンドリー、高速道路では抜群に快適なムルティストラーダV4
このバイクの構造やデザインについては、まだまだいくらでも語るべき要素はあるのだが百聞は一見に如かず、いや、百見は一乗に如かず。
新型コロナウイルスの影響により、ムルティストラーダV4試乗会はボローニャのドゥカティ本社近隣で行われたのだが、北イタリアの工場からそう遠くない素晴らしい道がこのバイクにはぴったりだった。
テスト車は電子制御サスペンションを備えた上級グレードのムルティストラーダV4 Sである。
私は身長170cmしかないので、シートを最も低い840mmに変更。ほぼ足裏全体が接地した。
スロットルを軽く操作すると、逆回転するV4エンジンが生き生きとした躍動感を放ち、心地いい唸りを小さく響かせる。低回転をキープしてみると、熱を抑えるためにリヤ側シリンダーが作動しなくなるのも音でわかった。
クラッチを軽く握って1速に入れたら、後はアップ・ダウン両対応のクイックシフターでクラッチレス操作になる。
パワーデリバリーは完璧と言っていい。
エンジンはとにかく滑らかで、怒れるパニガーレV4のエンジンが、まるで半年間インドに行ってヨガと冷静さを勉強してきたかのようだ(笑)。
ライディングモードを「アーバンモード」にし、低回転でボローニャの街並みを走ってみる。
そうしたシチュエーションでもムルティストラーダV4はライダーにフレンドリーだ。いわゆるアドベンチャーバイクのようにトップヘビーで威圧感のある感じも受けない。繰り返すが私は小柄なライダーだが、街中を走っている限りミドルクラスのムルティストラーダ950のように感じた。
ボローニャを後にして高速道路に入り、ライディングモードを「ツーリングモード」に。
高速道路での加速は印象的で、170馬力が「待ってました」とばかりに躍動する。巡航速度まで上げれば、これは至福の時だ。
スクリーンを完全に立てた状態では風切り音はほとんど聞こえない。160km/hに達してた状態で、ヘルメットのバイザーを上げても問題ないほどである。
レーダー技術を初めて実感したのは、高速道路の真ん中車線を走行中、左ミラーのLEDライトが点灯、左からの車両の接近を警告したときだ。ミラーと左肩越しを一瞥すると、案の定アルファロメオがすごいスピードで迫っていた。
おお、死角検知機能は私が見落としていたかも知れない迫ってくる車両を検知したのだ。
なぜ今までこれがなかったんだろう。最新の電子技術に不信感を持っている人は、システムはキャンセル可能なことを知って喜ぶだろうが、この優れた安全補助機能をオフにする必要はあるだろうか──。
次は「アダプティブ・クルーズ・コントロール」を試してみる。140km/hに設定し、スロットルから手を離してみる。
大きな液晶メーターの右下にシステムの作動表示が出る。レーダーの検知をもとに、設定したスピードに合わせてムルティストラーダV4 Sはパワーを制御していく(レーダーの範囲は調整することもできる)。
ミラーをチェックしてウィンカーを出し車線変更、そして140km/hまで加速して元の車線へ復帰……その間、スロットルもブレーキも触わる必要が無かった。
システムに意地悪をして、150km/hで走りながら速度の遅いトラックに近付いてみた。
しかし、レーダーは前方車両と自車との速度の違いを検知してパワーを落とし、緩やかなブレーキをかける。その後、そのまま制御された安全な速度でトラックに追従してもいいし、車線を変更して自動的に設定速度まで加速するかはライダーの判断次第だ。
特筆すべきは、「アダプティブ・クルーズ・コントロール」はクルーズコントロールを選択したときにのみ作動し、ブレーキかスロットルのどちらかに触れると自動でキャンセルされるということだ。
唯一欠点を挙げるとするなら、4輪車よりはるかに小さいバイクを検知するのには苦労することだ。
高速走行中の快適性は抜群だ。
スカイフックサスペンションの乗り心地は素晴らしく、160km/hで走行しているにも関わらず、振動はわずかだ。
燃料タンク容量はムルティストラーダ1260より2L多い22Lとなっているが、恐らくは大食いのV4エンジンを補助するためだろう。
公式発表で燃費は18.47km/Lとなっているが、私のテストでは16.5km/Lを少し下回った。ドゥカティにしては悪くない(笑)。
推定後続距離は332km、現実的には300kmといったところだろうが、250kmくらい走ったらガソリンスタンドを探す必要が出てくる。「大冒険」をテーマに掲げるツアラーとしては……まあ……十分だろうか。
19インチになっても、ムルティストラーダらしいスポーティなハンドリング
ようやく北イタリアの峠へ。ライディングモードを「スポーツ」にして、コーナリングを試すのが待ちきれなかった!
フロントに19インチの大径タイヤを装着したことで、ステアリングの感覚は実際ダルになっていた。
加えて、全体の車重はムルティストラーダ1260より少し重くなっている(同じ「Sモデル」で比較すると乾燥重量で6kg重い)。それは仕方ない。スロットルボディの数も倍になり、配線や技術も増えているのだから。
が、リアタイヤは190ではなく170とスリムになり(タイヤ径は17インチと変わらず)、ホイールベースは短くなり、キャスター角は立ち気味となり、シャシーとエンジンも軽量化されていることを忘れてはならない。
結果……ムルティストラーダV4 Sはフロント17インチのバイクのようなハンドリングを見せた。これは19インチのフロントタイヤを履いた車重243kgのアドベンチャーバイクの動きではない!!
スピードに合わせて、簡単かつ精確に向きを変えることができるのだ。
さらに、熱い走りで勢いよくコーナーへ飛び込んだとしても、コーナリングABSとブレンボのブレーキキャリパーが常にバイクのコントロールを手の内にあるままとしてくれる。
ドゥカティとのパートナーシップで設計された純正装着タイヤ、ピレリ・スコーピオントレイルIIのフィードバックとグリップも非常にしっくりくる。
あらゆる場面でムルティストラーダV4 Sを傾けて楽しむことができた。
というわけで、私は「スポーツモード」のまま自分仕様のセッティングを試してみることにした。トラクションコントロールの介入を減らし、ウィリーコントロールをオフに。ドライ路面でのグリップは素晴らしいの一言だ!
半面、見通しの悪い起伏やタイトコーナーを抜けるときでも楽にウイリーするのがよくわかった(笑)。170馬力のV4エンジンが股下でウズウズしているのをゆめゆめ忘れてはならないということか。
「スポーツモード」では、スカイフック制御が盛り込まれた電子制御サスペンションが本領を発揮する。デコボコのある道をハードに走ってみたが、ムルティストラーダV4 Sはそれを見事にいなしてくれた。
インナーチューブ径50mmという極太フロントフォークの作動性も好印象だったが、それ以上にリヤがしっかりとコントロールされているのがいい。
激しく起伏にぶつかるとリヤが縮みされ、タイヤがグリップするのがわかる。しかしその後、リバウンドがコントロールされる。ポイントは、リヤタイヤへのプッシュやグリップを減少させてしまうほどの急激な反動がないことだ。
リヤのホイールトラベルは180mmあり、ムルティストラーダ1260よりも10mm増えているが、見事にコントロールされている。
下手なスポーツなバイクにもムルティストラーダV4 Sは負けないだろうし、フロントホイールが大きくなってもステアリングや楽しさは損なわれていない。可能ならムルティストラーダV4 Sとムルティストラーダ1260の両方を比較して試乗してみると面白いだろう。
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