1990年代、最速マシン“次男”との忘れられない出会いと別れ
1990年代に、市販車初の300km/hを記録し、最速伝説を築いたカワサキZZR1100は、昔からのバイク好きなら誰でも知っているバイクでしょう。
当時、その人気はあまりにも高く、国内では400cc版や250cc版も販売されましたが、輸出仕様にはZZR400の車体を使った600cc版も存在していました。1100が長男とすれば、“次男”的なポジションのバイクです。
ここでは、ZZR600の魅力にすっかりハマってしまったプロカメラマンの筆者が、忘れられないZZR600との出会いから、雑誌「モーターサイクリスト」誌で連載記事を手がけたほか、“機材運搬車”として仕事でも愛用した当時の思い出などを語ります。
また、25年以上の月日が過ぎても忘れられず、再びZZR600を手に入れた筆者がリフレッシュ&カスタムしていく過程も今後紹介する予定です。
ないはずの「穴」を見つけた衝撃の出会い
このバイクとは衝撃的な出会いでした。今から遡ること四半世紀以上前の1992年のこと。当時ゼファー750を愛用していた私は首都高速道路を走行中に神戸ナンバーのバイク集団に遭遇したのです。
世界高速を誇ったZZR1100が2台と、いかにも輸出仕様な色合いのZZR600が2台といったグループ。
なんと、この一団はカワサキのテストチーム。谷田部高速周回路(茨城県にあったテストコース)でテストを終えて帰る途中だったのです。
しかも、驚いたのがそこにいたバイクたち。
まず、当時モーターサイクリスト誌で最高速アタックなどをはじめ、様々な取材で見慣れていたはずのZZR1100。本来ラムエアの取り入れ口が「ひとつ」だけのはずが、なんと「ふたつ」あったのです。今思うと、それは翌年(1993年)発売されるD型の市販直前の仕様だったのだと思います。
そして、ZZR600にもラムエアダクトが──。
当時販売されていたZZR600にはラムエアは採用されていませんでした。海外の雑誌などで、ラムエア採用の改良型が出るという記事があり、噂は知っていましたが、実物を見ると、従来型以上に私好みのスタイルに進化している印象。「(自分の愛車として)ついに本命登場か?」と期待は非常に高まっていきました。

海外向けのカタログ。キャッチコピーは“Good for you”。1号車はこのカタログのモデルと同一のカラーだった。
というわけで、買っちゃったのです。そのラムエア仕様のZZR600を。
そして、1993年のモーターサイクリスト誌において、連載記事も開始しました。オーナーの目線で、何の飾りも無く、率直な意見を書かせていただいたものです。
ZZR400同様の車体サイズはちょうどよく、航続性能や快適性も優秀。高いスポーツ性がありながら、十分な積載能力も持っていました。カメラ機材を積んで、取材のアシとしても大活躍したこの個体を「1号車」と呼ぶことにします。
この1号車は、当然ながら逆輸入車。オランダ仕様で、バイオレットというカラー名の派手なメタリック色でした。
ホイールやカウルには、赤や白もあしらわれていて国内版のZZR400が地味目なカラーリングだったのに比べ、かなり派手な色合いでした。

1993年のモーターサイクリスト誌面。私が担当したZZR600の連載第1回目。
カタログコピー”Good for You”そのまま
ZZR600の前の愛車は、前述の通り、ゼファー750。レトロな車体構成のバイクだったので単純な比較はできませんが、2本サスのゼファーと比べZZR600の1本サスは動きが良好。カウリングによるウインドプロテクション性能も効果がバツグンでした。
ZZR600に乗る前に、モーターサイクリスト誌の取材でZZR400に乗った経験もあったので、「ZZR600というバイクはこんな感じではないか?」といった自分なりの考えはありましたが、パワー特性などは全く想像と違いました。
二次曲線的に立ち上がる加速性能はそりゃあ面白いのひと言。しかも、低速でのファジーさもあるため、街乗りでも扱いやすい。
何より自分の体格によくマッチした車体サイズだから、抜群にスポーティな走りが味わえる楽しさ。すっかりハマってしまいました。
当時、ZZR600のカタログには、”Good for You”(あなたに最適)というキャッチコピーが使われていましたが、まさにその通りだったのです!
自分好みにカスタマイズ
実走を繰り返すうち、徐々に手を入れたくなる箇所も見えてきたため、軽量化や空力に手を出し始めました。
モーターサイクリスト誌の連載第3話でもその模様は紹介したのですが、まずスクリーンを、先端部分のリップ立ち上がりを延長したGIVI(ジビ)製のツーリング向けに変更。ほかにも、ハンドルをセパレートタイプからバータイプにしたりなど、取材時の長距離移動などにも用いながら、色々な試行錯誤をしましたね。

連載第3回目の誌面。ハンドルをバーハンドルにしたり、GIVI製スクリーンを取り付けたり、色々と試行錯誤中。
取材時の移動で、バイクに乗る際、私はカメラマンでしたので、機材を積むのにも苦労しました。
後部シートにはカメラザックや三脚、白い望遠レンズ・サンニッパ(焦点距離300mm・明るさF2.8の大口径望遠レンズ)は肩にタスキがけするなどで、撮影現場まで自走する日々。
当時はフィルムカメラ全盛期。今のデジタルカメラと比べ、比較的機材は頑丈だったのでこういった積載方法でも大丈夫でした。でも。デジタルカメラへと移行してからは、機材がよりデリケートになったため、そんな積載方法で現場に行くことは減りましたけどね。
まさかの盗難、そして25年後の再会
このように、大変気に入っていた1号車ですが、1994年のある日にまさかの盗難に──。そして、ここから2号車の話に移ります。
時は流れて2019年の秋。
当時、かなり手を入れて、カスタムを繰り返したクラシック車ホンダ CB750Four(K-1)を手放そうかどうか迷っていました。
盗難やいたずらの心配で、日常使用では気疲れするようになっていたのです。
ZZR600の1号車を盗難された経験もあって、手塩にかけたバイクを盗まれないか心配し続ける精神的負担に耐えられなくなってきたのです。
そんなある日、1号車とそっくりなカラーが施されたZZR600の中古車を発見!
最終的に、盗難される気苦労に疲れた私はCBを手放すことにし、ZZR600の実車を都内のショップに見に行きました。
程度はまずまず良好。1号車で得たノウハウを投入して、色々手を入れていけば、自分好みの“上がりバイク”的に楽しめるのではなかろうかと考えたのです。
四半世紀後も色褪せぬ”Good for You”
そして、ついにその車両を2号車に認定(購入)。
中古車として販売されていた状態で、ブラックのスクリーンやデビル製の集合マフラー、リヤキャリアが付いていたほか、リヤサスはオーリンズに換装されていました。
これら装備を見る限り、ツーリング指向の方が乗っていたのでしょう。転倒キズが付いていたりタイヤの偏摩耗はありましたが、その辺は手直しできる範囲……。
やはり、私にはこの600を忘れ去るのは無理だったのでしょう。
「長丁場の手直しが必要となってもいい」といった覚悟ができたというより、それすらワクワク感じる始末(笑)。
そんなワケで、第2回目以降、ZZR600の2号車に関するレポートをお伝えしていきます。時折、私が執筆した過去のモーターサイクリストの誌面を交えつつ、2号車リフレッシュの過程などを紹介できればと思っています。
レポート●小見哲彦 編集●平塚直樹