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そもそも「過給機」とは
世界最大規模の2輪車ショーといわれるEICMA(ミラノショー)。2024年11月に開催された同ショーにおいて最大級の注目を集めたのは、ホンダが初公開した電動過給機付きV型3気筒エンジンで間違いないだろう。オールドファンからすると懐かしい前方2気筒・後方1気筒というレイアウトはともかくユニークだが、その上に鎮座する赤い電動過給機は、いかにもハイパフォーマンスを予感させてくれるものだった。
現時点ではホンダから詳細な発表はないのでメカニズムや性能については想像するしかない段階ではあるが、はたして電動過給機の斬新さ、先進性はどうなのか。そしてどんなメリットがあるのかを考察してみたい。
なぜなら、電動過給機というのは4輪分野においては市販車への搭載実績もあり、またチューニングアイテムとしても活用されるなど実績がある。そうした事例を見ていくことでホンダの電動過給機を理解するための「事前情報」が身につくはずだ。
さて、まずは内燃機関における「過給機」から整理してみたい。
そもそも「過給」するメリットはシリンダーが吸い込む空気量を増やすことにある。ご存知のように、エンジンが燃焼するには空気中の酸素量に見合った燃料を噴射する必要がある。燃料ばかり過大に供給してもエンジンは回らないし、最悪壊れてしまう。過給機によってエンジンに多くの空気を供給することは、ダイレクトにパワーアップにつながるのだ。
ターボとスーパーチャージャーの違い
ひとまず電動化という点は置いておいて、まず過給機について改めて振り返えってみると、「ターボチャージャー」と「スーパーチャージャー」の二つが主なタイプとして存在している。
ターボチャージャーは排気エネルギー(エンジンが捨てた熱、排気の圧力)を利用するもので、スーパーチャージャーはクランク出力(エンジンの力そのもの)を利用するというのが大きな違い。エネルギー効率的には圧倒的にターボチャージャーが優位といえるが、排気エネルギーを利用するために、どうしても過給がかかるまでのタイムラグ(ターボラグと呼ばれる)が発生してしまう。
一方、スーパーチャージャーはエンジン回転で動かしているので低回転域からリニアに過給することができるが、クランク出力を利用しているということは、スーパーチャージャー自体が出力を消費していることになる。大幅なパワーアップのためにわずかにパワーロスをしているのがスーパーチャージャーといえる。
また、スーパーチャージャーにおいてはコンプレッサーとブロワーといった違いもある。スーパーチャージャーの入口と出口の圧力を比べたときに、出口で上がっているのがコンプレッサーで、空気を圧縮している、本来の意味での過給機だ。
一方、ブロワーというのは圧力変化がほとんどないタイプで日本語的には送風機といったイメージになる。いずれにしてもパワーは上がるのだが、コンプレッサータイプのほうがよりハイパフォーマンスが狙える傾向にある。
スーパーチャージャーは3タイプある
少々マニアックな話になるが、このようにクランク出力で動かす機械式スーパーチャージャーにおいては「ルーツ式」「リショルム式」「遠心式」と大きく3タイプにわけられる。このうち、もっともメジャーであろう「ルーツ式」はじつはブロワーに分類され、それ以外の2つがコンプレッサータイプとされている。
また、過給機の働き具合を可視化するものとしてブースト圧が挙げられ、その数値を示すブーストメーターはとくに過給機チューニングでは必須アイテムとなっている。一般的な4輪用エンジンでは「サージタンク」と呼ばれる、スロットルボディとインテークマニホールドの間にある空気溜めのスペースにセンサーなどを刺してブースト圧を計測することが多い。
過給機を電動化するメリットとは?
さて、これら過給機に関する前置きを踏まえて、ホンダがお披露目した「電動過給機」について考察してみよう。
ホンダの公式発表としては「電動過給機」となっているが、公開された写真などを見る限り、構造的には電気で動く遠心式スーパーチャージャーといえる。4輪のエンジンにおいても電動スーパーチャージャーは珍しいものではあるが、けっして例がないわけではない。
たとえば、アウディが2016年に発表したハイパフォーマンスSUV「SQ7」の積む4.0L V8ディーゼルエンジンには電動スーパーチャージャーが備わっていた。ただし、このエンジンでメインの過給を担当するのはツイン装着されたターボチャージャーであり、電動スーパーチャージャーは、前述した「ターボラグ」を解消するためのソリューションと位置づけられている。
また、日本では量産メーカーの採用例は見当たらないが、チューニング業界のビッグネームであるHKSが電動スーパーチャージャーを生産している。単体写真を見ると理解しやすいのだが、ターボチャージャーの排気側をモーターに置き換えたようなカタチとなっている。ただし、こちらも大型ターボチャージャーの苦手な領域をカバーするためのアイテムという意味合いが強く、電動スーパーチャージャー単体で過給チューニングを完結させるというイメージではない。
ホンダ電動過給機付きV3エンジンの特性を予測
しかして、ホンダの発表した電動過給機付きエンジンについては、それ以外の過給機が見当たらない。つまり電動スーパーチャージャーだけで過給を行うシステムとして開発されている。
そうであれば、機械式スーパーチャージャーやターボチャージャーを採用するという手段もあり得るが、電動化する最大のメリットはレイアウトの自由度にある。
ターボチャージャーであれば排気系のどこかに配置する(できるだけエキゾーストポートに近い場所が理想)必要があるし、機械式スーパーチャージャーはクランク軸とベルトでつなぐことができる場所にしかレイアウトできない。しかし電動スーパーチャージャーであれば、そうした制限から解放されるため制限は少なくなる。
もちろん、エアクリーナーとエンジンの間に置かれている必要はあるし、できるだけ経路を短くしたほうがロス低減の点で有利なため、どこにでも置いて大丈夫というわけではないが、圧倒的なレイアウトのしやすさは魅力だ。
また、レスポンス面においても電動化のメリットは大きい。
ターボラグが発生しえないのは当然。機械式スーパーチャージャーもエンジン回転数が低いときには過給能力は低くなってしまう。しかし、電動スーパーチャージャーであれば理論上はアイドリング時にフルブーストに近い過給をかけることができる。過給エンジンでありながら、より大排気量エンジンのようなフィーリングに作り込むことも可能なはずだ。
ただし、電動スーパーチャージャーを動かす電力供給の問題がある。前述したアウディSQ7では48Vマイルドハイブリッドを採用していたので、ハイブリッド用バッテリーで電動スーパーチャージャーを動かす仕様となっていた。もし、ホンダの電動過給機付きV3エンジンの電装系が一般的な12V仕様で、補機バッテリーも小さなものだとしたら、エンジンでしっかり発電できていない状態でバッテリーから電力を持ち出すのは難しいだろう。このあたり、量産化に向けて、どのような仕様にしてくるのか興味深い。
インタークーラーの有無
興味深いといえば、ホンダの電動過給機付きV3エンジンにおいては「インタークーラー」がない仕様となっているのも注目だろう。せっかく過給しても空気が高温だと密度が薄くなるため実際にシリンダーに吸い込める酸素分子は少なくなってしまう。そこで過給した空気を冷やすのがインタークーラーの役割だ。
ターボチャージャーの熱で暖まった空気を冷やすためだから、スーパーチャージャーにはインタークーラー不要と思われるかもしれないが、気体は圧力が高まると熱くなる。それを冷やすのがインタークーラーであるから、スーパーチャージャーだから不要とはいえないのだ。
逆にいえば、インタークーラーが不要な設計ということは、さほど吸気の温度が上がらない想定であるはずだ。つまり、ブースト圧はそこそこ控えめな設定と想像できる。また、インタークーラーを付けることでレイアウトの自由度という電動スーパーチャージャーのメリットが失われてしまうのを嫌った面が強いのかもしれない。
これらを踏まえると、ホンダの新設計V3エンジンに電動過給機を採用する理由としては、レイアウトの自由度を活かしてコンパクトにまとめること、最新のエンジンとして十分以上の最高出力や最大トルクといったスペックを実現することであると考えられる。
コンパクト&ハイパワーというのはパフォーマンスを上げるための普遍的なアプローチである。非常にユニークで最新テクノロジーを満載するであろうホンダのV3エンジン搭載車は、おそらくオーソドックスなスポーツライディングに対応したエンジンとなることだろう。
意外に古典的なフィーリングになる?
余談だが、筆者は初期型のホンダ CBR1000RR-Rファイアブレード(SC82)を愛機としているが、このエンジンはどの回転域でも力強さが変わらないという、超フラットトルクの一面も持っている。ある意味でモーターのようにどこからでも運転手の意思に反応する鋭いレスポンスのエンジンに仕上がっている。電動過給によってブースト圧を緻密にコントロールしたV3エンジンのリニアリティが、そのフィーリングを超えることも確実であろうから、おおいに楽しみだ。
レポート●山本晋也 写真●ホンダ/アウディ/HKS/カワサキ