【第1回】アライが絶対に譲らないもの──
「かわす性能」とはなにか?
1点での衝撃吸収能力には限界がある
衝撃を分散させなければ命は救えない
アライのヘルメットはずんぐりと丸くて突起状の部分がない卵形をしている。誰が見てもひと目でアライ製とわかるほど特徴的なカタチだろう。それは、とことん安全性を追求した結果なのだ。
まずは強度。昔は、ヘルメットは帽体が割れることで衝撃を吸収するなどと言われたこともあった。しかし、転倒時に路面やその他の工作物などに頭がぶつかるとき、一度の衝撃で済むとは限らない。いや、一瞬の衝突だけで終わることのほうがむしろまれだ。簡単に割れては困る。だからヘルメットの帽体は軽くコンパクトであると同時に、可能な限り頑丈でなければならないというのが今の常識だ。1カ所にかかった衝撃をもっとも分散する形状は球体である。実際には人間の頭の形や視界を確保する窓の必要性などから、完全な球体にはならないが、これが卵形になっている理由のひとつだ。
さらにアライでは「かわす性能」を追求している。世界でもっとも厳しいと言われるスネル規格のテストでも、落下試験でアンビルに衝突するときのヘルメットの速度は時速にして28㎞/hほど。そこで人頭模型にかかる衝撃加速度を275G以下にすることが決められているのだが、実際にはその3倍以上の速度でも走行するため、衝撃は速度の2乗に比例して増す。しかし単純な衝撃吸収性能を上げていくには限度がある。そこで、大きな衝撃を避けてヘルメットが逃げていくような形を求めるという考え方を重視しているのだ。
衝撃吸収面積は すべることで広がる

上の画像のように、転がりやすくすべりやすい形状は、より多くの面で衝撃を分散吸収できる。極端な例が左下図の四角いヘルメットで、路面の突起などに引っかかり大きな衝撃を生む。卵形の滑らか形状が必要な理由だ
スネル規格を余裕でクリアする耐衝撃性能。しかし同じくらい大事な性能がほかにもある
例えば、角ばった部分があるヘルメットだと、その角が路面などに引っかかった瞬間に大きな衝撃が発生する。滑らかな形状でスルリとすべったり転がったりしていくほど、発生する衝撃は小さくなる。すべり始めてからも路面の段差などに引っかかりにくく、その意味での安全性も高まる。これらはライダーの首がひねられる損傷を抑える利点も生むが、一発単位の衝撃を弱めつつ帽体のより多くの面で衝撃を吸収していくという、「かわす性能」が何よりも重要だとアライが考えた結果だ。写真のヘルメットの擦り傷は、実際の事故でそうした「かわし」や「すべり」が発生していたことを物語る。
こうした理屈は考えてみれば当たり前で、R75という英国に端を発する規定もそこにあった。ヘルメットの帽体は曲率半径75㎜以上の連続する凸曲面で構成せよというものだ。しかし諸般の事情から消えていった。日本にもその規定があったが2010年に消滅している。しかしアライは重要なことと考え、今も社内規格として継続させ、強く主張する。
ただし、アライはR75を目指したのではない。事故に遭っても、より助かりそうな形をまずライダー感覚で追求。その積み重ねが結果的に卵形になりR75にもなった。物理論や数字を先行させても、真の安全性は得られないとアライは考える。

サポートライダーなどから集めた損傷したヘルメット。このような実例を日々検証することで製品を改良し続けている
JIS規格とSNELL規格

●①ノーヘルで高さ30㎝から落下、②スネル規格1回目、③同2回目、そして④F1用としてFIAが定める衝撃試験(4.87m=9.5m/sから落下し300G以下)を行なった際の頭部に伝わる衝撃加速度(G)。テストしたアストロIQは、帽体のカーボン化が義務化されているF1用基準をもクリアする

日本のPSC/JIS規格と米国の民間団体スネル財団が定める耐衝撃落下試験基準。いずれの規格も同じ場所に2回衝撃を加えて、頭部に伝わる衝撃加速度が基準値以下であることを定めている。一般的に300G超で脳に障害が発生、350G超で命に関わり、400G超では多くの人が命を落とすと言われるため、JISでは300G、スネルでは275G以下と定めている。

頭頂部から下端まで、滑らかな卵形でR75シェイプされているのがよくわかるアングルの、最新型RX-7Xの写真。頭頂まわりのエアダクト類は、衝撃を受けると簡単に割れる材質で、「かわす性能」を邪魔しないようにしている
取材協力:アライヘルメット http://www.arai.co.jp/jpn/top.html
(report●辻 司 photo●岡 拓 )