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1970年代後半に、オランダに突如として2ローター1000ccのモンスターマシンが出現した。その名はVan Veen(バンビーン)OCR1000。現在ほどリッターバイクが巷にあふれていなかった当時、巨大なロータリーエンジン搭載車は人々の目にはまさしく「モンスター」として映ったことだろう。その威容は、誕生から40年以上が経った今も衰えていない。
バンビーンOCR1000が搭載するのは「2ローターで996cc」のロータリーエンジン、最高出力は100ps
私(1966年生まれ)世代のライダーでバンビーンの存在を知っている人は、おそらくバイク漫画『熱風の虎』の影響を少なからず受けているのではないだろうか。私が小学生のときに少年ジャンプに連載されていたその漫画には、当時の花形モデルであるMVアグスタ750SやBMW R100RS、モトグッチ・ルマンなどが続々と登場し、折しもスーパーカーブームと連動して私の記憶に深く刻まれた。なかでもバンビーンは、ミュンヒ・マムートと並びその頂点に君臨するモデルとして描かれており、何も知らない純粋な少年の心を鷲づかみにしたのであった。
とまあ、それほどまでに強烈な印象を与えたこの漫画の内容を、実はさっぱり覚えていない。内容は覚えていないけれど、バンビーンの孤高とも言える存在感だけが心にとどまっていたようである。
初めて見るバンビーンの実車も、存在感たっぷりだった。カワサキ Z1000Mk-IIやZ-FX系にも似た角張った燃料タンクやテールカウル、メーターまわりには至ってオーソドックスなバイクという印象を受けるものの、半面巨大な2ローターのエンジンの造形は、モンスターマシンにふさわしい一種異様なまでのオーラを放っている。フル装備で350kg近い重量と、日本に実動する同車がこの1台という現実が相まって、メインスタンドを降ろすだけでも神経が張り詰める思いである。
■ルクセンブルク大公国・コモーター社製2ローターのロータリーエンジンを搭載。コモーターは1967年5月にNSUとライセンス契約を交わしており、本家NSUとヴァンケル社を除くと、世界で16番目のメーカーとなる。このロータリーエンジンはシトロエン製の4輪車に使われていたもので、水冷で吸気はペリフェラルポートだ。無論、補機類のほとんどはOCR1000用に新規開発している。おむすび状のマークロゴ部分がエキセントリックシャフト位置になり、ロゴが入るカバー内は無接点式点火装置のユニットが収まる。その上に伸びた部分はベルト駆動のウォーターポンプ。このあたりの構造が4輪用からの転用であることを伺わせる。
バンビーンOCR1000のエンジンフィールは「振動もなく抵抗もない、軽やかな回転感」
この車格に対して、頼りないほど幅の狭いハンドルバーに不安を抱きつつ発進すると、スロットルをひねる度に2サイクル車のような白煙が舞い上がっていることがバックミラーで確認できる。一般的な4サイクル車よりもフライホイールの存在感を感じさせないのは、バンビーンがフライホイールをエンジンと逆回転させていることもあるのだろうけれど、抵抗感のまるでない軽やかな回転上昇、そしてスロットルを戻したときのエンブレの少なさや滑空感は、4サイクル多気筒の滑らかさと2サイクルの高回転に向かって弾けるようなフィーリングを併せ持つ独特なもの。これがロータリーか……。
ただ、試乗車が完調ではなかったのだろうか(動くだけでもスゴイことなのだが)、漫画みたいな圧倒的なパフォーマンスで私を驚かせるまでには至らない。もっとも、このバンビーンが製作されたのは1977年。今日ほどバイク造りのノウハウが確立されておらず、ロータリーエンジンに限らずターボ車など様々なトライ&エラーが繰り返されていた時代である。
そうした背景を考えると、バンビーンを世に送り出すための開発陣の苦労や情熱は、前例がないだけに相当なものだったはず。その辺りもバンビーンの魅力となって、ファンやオーナーの琴線に触れるのだろう。それに同車のしっかりした車体による確かな走行感は、時代を先取りしていたのではないだろうか。車重を感じさせないと言えば誇張になるが、今日のリッターバイクと同じ感覚で扱える点にも感心したのである。
バンビーンOCR1000の各部を写真とともに解説
■エンジン右側、おむすび状マークロゴのカバー内は発電系コイルが収まる。そのさらに奥、角張った大きく平たいカバー内にはフライホイールが入り、その周囲のリングギヤをカバー左上に付くセルモーター(黒い部品)が駆動する。エキセントリックシャフト位置は左側同様ロゴ位置になり、そこからクラッチまでは複数枚のアイドラギヤを介し動力を伝達。乾式のクラッチは左下の四角いカバー内になる。クラッチカバーのすぐ裏が黒っぽい部品でカサ上げしてあるのは、設計当初のクラッチ容量では不足していたため、ディスク枚数を増やすなどして急きょ容量アップを図ったためではないか。
■ソレックス製2バレル1ステージキャブはタンク下、エンジン前方に付く。同車の吸排気レイアウトを見ると、ローターは車輪と逆回転することが分かる。キャブ本体は4輪用を転用しているとのことだが、セッティング自体はOCR1000独自のものとなっているようだ。手前にあるメインキーボックスは、新車時の部品だがホンダ用の流用か。
■エンジン下部を前方から見たところ。エキパイが生えるふたつの白っぽい部分がローターハウジングで、それらの間の黒っぽい部分がインターメディエイトハウジング。エンジン下のフィンが刻まれた黒い部品はオイルタンクで、一種のオイルクーラー的な役目も果たしている。やや見えにくいが、エキパイ先のサイレンサーにつながる部分に透き間があるのが分かるだろうか? 冷却促進のため走行風を導入する口であり、考え方はスズキRE5に近い。
■シート下は電装系部品がところ狭しと押し込まれている。リヤフェンダー上のヒューズは6系統。グレーの小さな角形部品はリレー類のようだ。それらの両脇に配される2連のホーンはBMWにも使われた伊・FIAMM製だ。写真でバッテリー手前に見える四角いグレーの部品はフルトラの点火ユニット(イグナイター)。イグナイター両脇にはイグニッションコイルが装着される。
■メーター類はすべてバンビーン社ロゴが入る専用品。中央の小径のメーターはエンジンオイル量を示す。三つ叉も無論専用設計品だが、左右スイッチはヤマハ用だろう。1970年代以降、特に少数生産の欧州車は日本車の電装部品を流用することが多くなった。クラッチは油圧式。
■右サイドカバー内の部品はこんな配置。バッテリー手前、左からウインカーリレー、セルモーターリレー、ダイオードボードである。ダイオードボードは、エンジン側で発電した交流電流をバッテリー充電のための直流電流に変換する部品で、恐らくBMW2バルブフラットツインのものと同じ。右上に見える象の鼻のようなものはエアクリーナーにつながる吸気口だ。
■ブレーキは伊・ブレンボ製で他メーカーでも使用していたものだが、バンビーン社ロゴが入ったフォークアウター、社名が入ったホイールはOCR1000専用品である。破損時の修理はかなり難儀しそうだ。かなりしっかりした印象のフォークではあるが、アクスルは左側のみクランプ式で、発売当時としても時代遅れの感がある。
■最終駆動はシャフト。シャフトが通るスイングアーム、ファイナルギヤユニット、そしてホイールまで専用品。ファイナルはオプションで高速寄りのギヤも用意。多面形状の凝ったサイレンサーももちろん専用で、このモデルへの力の入れようが分かる。ステップゴム、ウインカー本体(恐らくBMWと同型)などの小物は汎用品を使用しているようだ。
■月刊モーターサイクリスト誌では、1978年7月号にて、当時日本に初上陸したバンビーン OCR1000を試乗。当時のテスター大光明氏によると、類のない滑らかさと振動のなさ、そしてRE5よりもはるかにパワフルな動力性能に感心したという。一方で、2日間の試乗を通しての燃費は8.5km/Lと、燃料の大食いにも驚いたことが伝えられている。後方を走るのは、その試乗で同行したミュンヒ・マムート1200TTS(1976年)。これも当時日本に1台の希少なモンスターバイク。
バンビーンOCR1000主要諸元
■エンジン
水油冷2ローターRE 排気量996cc 圧縮比9.0 吸気方式ペリフェラルポート 燃料供給装置ソレックス製32mm 点火方式トランジスタ 始動方式セル
■性能
最高出力100ps/6500rpm 最大トルク13.8kgm/3500~5000rpm 最高速度200km/h以上
■変速機
4段リターン 変速比1速2.53 2速1.61 3速1.10 4速0.88 一次減速比— 二次減速比2.66
■寸法・重量
全長2190 全幅850 全高1160 軸距1525 最低地上高—─ シート高830(各mm) キャスター── トレール—─ タイヤサイズF3.50-V18 R130/80-V18 車両重量345kg
■容量
燃料タンク22L オイル2.0~3.3L
■発売当時価格
2万4198独マルク/355万円(輸入時参考)
文●縞田行雄 写真●小見哲彦 編集●阪本一史
*当記事は八重洲出版『別冊モーターサイクリスト』2011年11月号の記事を再編集したものです。
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