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どんなに高級なエンジンオイルにも寿命は訪れる
バイクメンテの基本項目として何が最初に思いつくだろうか?
チェーンのコンディションを保つこと? たしかに通称「チェンシコ」も大事なメンテナンスだが、やはり4サイクルエンジンを搭載しているバイクであれば、エンジンオイルの交換がいの一番に思いつくのではないだろうか。
しかしなぜエンジンオイルは劣化することが前提であり、それなりに頻繁に交換することが必要なのだろうか?
その理屈はわからなくとも、古いエンジンオイルを抜いてみれば「交換しなくてはならないこと」は一目瞭然。どんなに高価なオイルであっても、ある程度走ってしまうと真っ黒になっている。そんな状態で使い続けて愛車にいいはずはない。
エンジンオイルの役割は7つ
エンジンオイルが黒くなっているのは単なる変色ではない。エンジンオイルの持つ7つの役割を果たしたことで、劣化していることを示しているといえる。その役割は、主に7つの機能にわけられる。
おそらく、もっとも知られているのは潤滑作用だろう。ピストンやクランクシャフトなどエンジン内部のムービングパーツ同士がこすれて傷まないようにする潤滑性はエンジンオイルのもっとも代表的な機能といえる。金属表面に膜をつくるためにオイルには粘り気が与えられており、エンジン設計にあわせて必要な粘度が指定されている。この潤滑性能について2サイクルエンジン用のオイルであっても重要な役割となっている。
そのほかの役割として挙げられるのが冷却・密封・防錆・清浄・緩衝・酸中和といった機能だ。
それぞれ簡単に説明しよう。
冷却というのはエンジン内部の温度管理に関わるもので、通常のエンジンであれば設計時に十分なオイル量を指定することでオーバーヒートを防ぐ。また高性能エンジンであればオイルクーラーを用いてエンジンオイルの温度管理を行なう。
密封は、ピストンとシリンダーのすき間を埋めること。ピストンとシリンダー間がスカスカでは吸気を圧縮することもできないし、燃焼エネルギーをクランクシャフトに伝えることもできない。そのため密封機能はエンジン性能を左右するものとなっている。
防錆というのは名前の通り、サビ防止だ。エンジン内は密閉されているわけではなく、どこかで外気とつながっている。水分と酸素があれば鉄はサビるものだ。それを防ぐこともエンジンオイルの重要な役割となっている。
清浄というのは、エンジン内部の細かい汚れを吸収すること。ただし金属パーツの摩耗によって発生する金属粉についてはオイルフィルターが主な役割を果たしており、オイルが清浄しているのは主にスス(カーボン)となっている。オイルに金属粉が混じっている状態はオイルフィルターで濾せないくらい削れているということであって、イレギュラーな状態といえる。
緩衝というのは、その名の通りに衝撃吸収のこと。たとえばピストンの往復運動は滑らかなわけではなく上死点と下死点において一時停止をしている。当然、その際にはコンロッドとクランクシャフトがつながっている部分に大きな負担がかかるわけで、そうした衝撃を穏やかにするのが緩衝機能だ。
そして最後の酸中和は、燃焼に伴いエンジン内で生成される腐食性酸を中和して、金属部品の腐食を防ぐというものだ。
加えて、マニュアルトランスミッションのバイクに多く採用されている「湿式多板クラッチ」の場合、クラッチの潤滑、冷却も、エンジンオイルの役割のひとつとなっている。
エンジンオイルが劣化する主な原因はせん断・加熱・吸収・希釈の4つ
こうした役割を果たすことで、エンジンオイルは使っていくうちに劣化してしまう。さらに余談めくが、仮にエンジンを回していなくても大気中の酸素によってオイル自体が酸化してしまうことでも劣化は進むので、放置しているからといって交換不要というわけではない。距離のほかに時間でもオイル交換を管理するのには、そうした理由がある。
さて、ここからが本題だ。エンジンオイルは、なぜ黒くなってしまうのか。それがエンジンオイル劣化の証だというならば、何が原因なのだろうか。
7つに機能から逆算すると、エンジンオイルが劣化する主な原因はせん断・加熱・吸収・希釈の4つにまとめられる。
「せん断」というのは潤滑・緩衝作用において、オイルを構成している物質が断ち切られることで、これによりオイルとしての粘性が失われることで劣化につながる。ただし、この過程ではオイルが黒く変色する要素は少ない。
加熱というのはエンジンオイルが温められたり冷えたりすることで劣化する現象を示す。ご存知の通り、冷えている状態では大気と同じくらいの温度になるし、エンジンが回っている最中では120度前後まで上がる。これにより粘性を失っていくのもオイル劣化の原因だ。そしてオイルの温度を上げていくと、そこに含まれる炭素成分が燃えるので黒くなるが、このくらい温度ではオイルが黒く変色するというのは考えづらい。
吸収というのは、前述した清浄効果により、エンジン内部のスラッジ(汚れ)をオイル自体が取り込んでいくこと。スラッジのほとんどがススであるため黒色で、それがオイルに溶け込んでいくということは、エンジンオイルを黒くする。なるほど、これがエンジンオイルを黒くする原因なのか! と考えてしまうのは早合点だ。
2種類の「ブローバイガス」がオイルを痛めつける
つづいて希釈によるオイル劣化の過程を見てみよう。エンジンオイルによって密封をしているのだが、どうしてもすき間から漏れてくるガスもある。これをブローバイガスと呼んでいる。
そしてブローバイガスは大きく2種類にわけられる。
吸気・圧縮行程で漏れたブローバイガスは混合気(空気とガソリン)であり、膨張・排気行程で漏れた場合は燃焼後の、本来であれば排気されるべきガスだ。
前者であればガソリンがそのままエンジンオイルに混ざってしまうわけだからオイルは希釈される。これを燃料希釈といい、エンジンオイルの粘性を失わせる原因のひとつとなっている。
後者には未燃焼のガソリンも混ざっているが、カーボンも多分に含まれている。それを清浄効果により吸収してしまうのだから、やはりエンジンオイルは黒くなってしまうのである。
またブローバイガスが燃焼直後のガスゆえにその温度は1000度近くなることもある。そうなるとオイルに含まれる炭素成分が焼けてしまい、ますますエンジンオイルは黒くなる。
エンジンオイルの交換の頻度は?
というわけで、エンジンオイルが黒くなっていくのはエンジン設計のミスでも、使い方が悪いのでもなく、その役割を果たす中で避けられない劣化を目に見えるカタチで示しているといえる。
ただし、ここまででも触れているようにオイルの劣化はすべて可視化されるわけではない。
色が変化していなくとも粘度変化や酸化といった要素で劣化している可能性はある。それらは、よくやるように指先で擦ってみたり、ウェスに吸わせて色を見たりして判断できるものではない。本来であれば専用の試験機を使って分析するレベルの話だ。
そして、そこまで試験してギリギリまでオイルを使うというのは現実的ではない。なぜなら検査コストよりもオイルを交換したほうが安くあがるからだ。その意味では、試験機を用いって実験した結果からメーカーが推奨している交換サイクルでエンジンオイルを換えていくというのが最低限守るべき頻度といえる。
その上で、温度上昇による劣化を考慮するとサーキット走行のような高負荷の運転をした後はエンジンオイルがメーカー設計値以上に傷んでいる可能性を考え、はやめの交換をすると判断するのがベターだろう。
レポート●山本晋也 写真●モーサイ編集部/モーターサイクリスト2020年8月号、2021年4月号、2021年10月号 編集●モーサイ編集部・中牟田歩実