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バイクライフ

独占インタビュー「鈴鹿8耐、3連覇を達成したHRCファクトリーの真実:ストラテジー編」チーム監督が明かす勝利の鍵

高橋 巧選手の第1スティントで勝負あり

30号車、Team HRC with 日本郵便は、その名の通りHRCファクトリーチームで、マシンを朝霞で研究開発し、レースとテストでのチーム運営をHRCが行なった。だから鈴鹿8耐でピットクルーとして作業を行っていたのは、HRCの社員や契約メカニックだ。監督やデータ管理スタッフも同じで、HRCがレーシングチーム全般のマネージメントやオペレーションを担っている。

ライダーはエースに鈴鹿8耐最多勝タイの高橋 巧選手、そしてMotoGPライダーのヨハン・ザルコ選手、全日本でハルクプロのCBR1000RR-RファイアブレードSPに乗る名越哲平選手の3人だ。そして今年(2024年)は、開発も本場でも高橋選手を中心にチームは回っていた。

2024年、鈴鹿8耐で優勝を果たしたTeam HRC with 日本郵便

決勝は、1スティント27ラップを基本とするストラテジーだ。たとえばセーフティカーが入らず、2分8秒台の速いタップタイムで27ラップ順調に行くと、最後(午後7時過ぎ)は5〜6ラップ余り、スプラッシュ(必要な量だけ燃料補給)することになる。多分タイヤもキツくなるから、充分なリードがあれば交換し、疲れを考えるとライダー交代もしたい。

また、最初から8回ピットを想定していると、26ラップで刻んでいき、最後は12ラップぐらい走ることになる。YARTヤマハは。この作戦だった。もちろんセーフティカーなし、セーフティカーが1回入る、雨などの状況に応じてプランA、B、C……と予め想定はしてある。

「ドライからウェットは、ライダーの判断になります。コースの状況はライダーしか分からないので。もちろんタイヤの用意があるので、『タイヤ準備OK』のピットサインを出してからピットイン可になります。(去年の8耐で)巧君が走っている時に雨が降って、(スリックタイヤで)走り続けてからピットインして、はっきり『イケます!』といってくれた。私たちも迷っていたんですけど、それを聞いてドライタイヤのままでといいと決断できたことがありました。巧君は速いだけじゃなく、そういう状況判断も素晴らしい」(Team HRC監督 松原輝明さん、以下同)

まず、予選・トップ10トライアルは、どういう狙いがあったのだろう。

「トップ5に入れればOK。最速ラップタイムは必要ない。でも、『決勝では3人とも高いアベレージで走って欲しい』とは言いました。実は(優勝するための)ラップ数も目標も立てていなかったんです、セーフティカーが入ると全部狂ってしまうので」

その通り3番グリッドを獲得し、決勝では3人とも安定して2分8秒台でラップした。想定通りだった。ところで、ライダーにはどう伝えているのか?

「スタートライダーの巧君には『去年と同じでいいよ』と。ザルコと名越君には『ギャップ(リード)はキープしてくれ』と。でも2人ともキープではなくて、さらに差を広げてくれました」

例年通りスタートライダーを務めた高橋選手は、最初のスティント中盤まで3位近辺に付け、後半は前に出て(16ラップ目からトップをキープ)、リードを広げるという理想のレースを見せた。これには、ライバルYARTヤマハ(ニッコロ・カネパ選手)やDUCATI team KAGAYAMA(水野 涼選手)のスティント後半での失速も要因になっている。本当に高橋選手の第1スティントの走りは“芸術的”で、これ以上ない鈴鹿8耐マイスターの仕事だった。

Team HRC監督・松原輝明さん:二輪レース部 レース運営室 オンロードブロック アシスタントチーフエンジニア

1スティント27ラップだが、名越選手に異変

名越選手の時に28ラップを敢行している。これは、なぜか?

「名越君は、テストの時から燃費が良かった。ラップタイムが安定していたので『引っ張れる時は引っ張るよ』と、言ってありました。実はセーフティカーが入った時に引っ張ると、7回ピットで行ける。セーフティカーはコースのクリーンナップなどで5〜6ラップかかるので。だからできるだけ引っ張っておきたい。燃費からすると27、28ラップが限界なんです」

「出力を落とせば7回ピットでもいけるのですが、するとラップタイムが落ちる。出力と燃費の兼ね合いなんです。2分8秒台で行くと28ラップが限界です。巧君とザルコでは、28ラップは無理です。それで27ラップずつで、セーフティカーが入らずに2分8秒台で走ると、7回ピット(8回走行)ではなく8回ピット(9回走行)になる。7回ピットだと最後に燃料が中途半端に足りなくなるんです」

そして今年は、高橋→ザルコ→名越という順番で回していって、8回ピットなら、最後は名越選手になるはずだったが、チェッカーライダーは高橋選手になった。

ピット作業時の名越哲平選手

「当初は名越君のハズだったんですが、(2回目の走行の時に)脱水症状を起こしてしまったんです。(それで乗せたら)危ない……何かあったら転倒の危険性もある。脱水症状を1回起こすと、完全に回復しないんです。巧君の方はまだ余力があったので、行ってもらったんです。でも、気温が非常に高い環境だったので巧君も最後は脱水症状を起こしたんです」

「今年は暑さが相当キツかったと思います、ライダーには。名越君は一番暑い時間帯(午後1時30分頃~午後2時30分頃)に良いペース(チーム最多の28ラップ)で走っていたんですけど、2回目の走行(午後4時30分頃~午後5時30分頃)では、後半ラップタイムが2分10秒台に落ちてしまい、『これはダメだ』と判断して早めに入れたんです(26ラップでピットイン)。恐らく、ブレーキを満足にかけられなくなったんじゃないかと思います」

これが、名越選手を襲った脱水症状だった。だが、ライダーからの合図(体調が悪いなどのサイン)はなかった。

「もっと早く気付いてあげられれば良かったんですが。彼は責任感の強い男なんで。ピットアウトして数ラップで、『ヤバイな』と思っていたらしいんです。ライダーは『大丈夫です』と言うものなんです。あの時も彼は『イケます』と言って出走していきました。この時点で8回ピットになるなと思っていました。それで巧君に(最終スティント担当を)打診したら、やはり『イケます』という返事だった。」

チームはスタートを高橋選手に託し(27ラップ)、以後ザルコ(27ラップ)→名越(28ラップ)→高橋(27ラップ)→ザルコ(27ラップ)→名越(26ラップ)→高橋(25ラップ)→ザルコ(23ラップ)→高橋(10ラップ)とつなぎ、合計220ラップの新記録で優勝した。

8回ピットに変更し、イレギュラーで高橋選手は計4スティントを乗ることになったのだが、高橋選手は金曜日の夜間走行(フリー走行)を走っていない。金曜日の夜間走行では、ザルコ選手と名越選手が走っている。

「元々予定になかったんです。巧君はこれまで夜も経験してるので、ぶっつけ本番でも問題ない。ザルコがけっこう気遣ってくれていて、『いきなり真っ暗じゃ(巧君も)乗り難いだろうからと、(ラップ数を短くして)明るい内に交代しよう』と。本当は残り4、5ラップで交代しても良かったんですが。そう提案してくれたんです」

名越選手が脱水症状を起こした時点で、第8スティントを担当するザルコ選手が、最終スティント(チェッカーライダー)を担当する高橋選手の走りやすさを顧慮しての提案だった。自分のスティントをショートにして(午後7時8分過ぎ)、残り10ラップを高橋選手に任せた。ザルコ選手でダブルスティンという手もあるが、そうなると33ラップ(第8スティント23ラップ+最終スティント10ラップ)になってしまい、身体がキツイし、タイヤもキツイ。

そこでリードも充分だから、タイヤを新品に交換し、10数ラップ分の燃料補給をし、ライダーも交代。8回目のピットインは、スムーズに終わったかに見えた。

ヨハン・ザルコ選手

+40秒のペナルティの真相

ここでチームは大きなミスを犯してしまった。給油中は、メカニック4名もライダーもマシンに触ることはできない。それが、給油リグが給油口から外される前に、リア担当がジャッキダウンしてしまったのだ(マシンに触ってしまった)。その結果、ペナルティだ。

「ハイ、という言葉に反応したんだと思います。そのハイは、給油マンからがら出た言葉ではなく、どこか他からのハイだったんです。巧君は、交代する前に(さすがに疲れていて)『ラップタイムが5秒遅くても大丈夫ですよね』みたいな話をしていて、メカニックたちはその話を聞いていて、『1秒でも早くしてあげたい』と思ったんでしょう」

「(約50秒と)リードが大きかったので落ち着いていけば良い、というような話はしていましたけど、やっぱりピットの1秒は大きいですから。給油完了を目視して確認しているかといえば、う~ん……ハイに反応しちゃうのではないでしょうか」

2024年からレギュレーションで給油口が、2口(給油とエア抜き)から1口に替わって1秒ぐらい時間がかかるようになったとはいえ、チームHRCだと24L満タンに4~5秒で、タイヤ交換などトータルでもピットストップは11~12秒しかかからない。

給油マンは、給油が終わると「ハイ』といって合図する。するとリア担当はジャッキダウンし、テールカウルをプッシュしてセルスタートを補助する。同時にフロント担当は、アッパーカウル右をつかんで自ら走りながらプッシュする(プルといった方がいいかもしれないが)。

ペナルティはストップ&ゴー+10秒(ライドスルー&ストップ)だった。発令されたのが午後7時19分。7時25分にゴールタイムに+40秒と切り替えられた。鈴鹿のピットレーンのライドスルーは29秒とされ、それに10秒ストップが加算だから+40秒でも良くて、実はこれは予め用意されていたレギュレーションだった。

「コントロールタワーに呼び出されて、抗議でもしようかと息巻いて行ったんですが、いきなり映像を見せられて、『ハイ分かりました』と書類にサインしました。ペナルティに関しては、決勝当日にわざわざ紙で回ってきた。選べたんです、ライドスルーかタイム加算かを」

松原監督は、タイム加算を選んだ。

「ライドスルーだと、インラップでライダーがシケインまでギリギリ頑張ったとしても、アウトラップがどうしても遅くなる。すると+40秒よりも遅くなる可能性があると考えました」

サインボードが伝えられる限界

高橋 巧選手

問題は、走っている高橋選手にピットサインで、どう伝えるかだった。

「HRCのピットサインボードはLEDで、パソコンで文字を打てば、いくらでもメッセージが入る。でも、情報が多過ぎるとライダーが読めない。どう伝えて良いか迷ったんですが、いつも通りラップ数と(2位との)ディファレンスだけにしました」

通常はL5(残りラップ数)と+50(争っている車両との差)しか出さない。それがいきなり+50から+10になったのだから、ライダーは理解に苦しむ。高橋選手は当初、違うチームのサインボードを見たのかと思ったと言う。でも、次のラップも……最終的にリードはひと桁になったが、ラップタイムをキープしていれば大丈夫だろうと判断。その通り無事チェッカーフラッグを受けた。40秒を加算すると、2位YARTヤマハとの差は、僅か7秒860秒だった。

「こんな時(ペナルティを受けたなどの場合)にどう伝えるのか、要検討ですね。完全にチームの運営のミスです。ライドスルーだったらP(ピットイン)でもいいですけど……PENALTYと出すとピットインしてしまうかもしれない。難しかったですね」

サインボードでしか伝達手段のないEWCだからこその混乱だった。MotoGPではインパネにイエローフラッグやセーフティカーなどのコーションや、ペナルティが表示される。さらに無線(ピットからライダーへの一方通話)も実験に入っている。

SST1000などアマチュア色の強いEWCでは、MotoGPのようにはいかないかもしれないが、せめてイエローコーションやペナルティだけでも知らせる簡単は液晶表示機器があってもいい(トランスポンダーも積んだのだから)──こうして、すべて順調だったわけではなかったが、結果はほぼ完勝だった。

「YARTヤマハがあのまま良いペースで行っていたら、どうなっていたか……」

YARTヤマハは、第1スティントでソフトタイヤをチョイスし、後半タイヤがタレでラップタイムを落としていた。なぜ、ソフトを選んだのか。

「実は事前テストのときから、ヤマハさんは軟らかめのタイヤをテストしていて、ロングランもこなしていたから自信があったんだと思います。同じBSタイヤを使っているのですが、ヤマハさんのマシンは、そこまでタイヤをツブさなくても旋回性やグリップを得られるんでしょう。だから軟らかめのタイヤを履ける」

対してCBR1000RR-Rファイアブレード/SPは、硬いタイヤをしっかりツブして旋回性やグリップを得ていくから、ヤマハとは対極の特性だ。

「今年は、天候にも助けられて概ね順調だったと思います。暑くなればラップタイムが落ちるので、燃費的には楽なるので。まあ、来年に向けてハードもソフトもヤルことはまだまだあります」

優勝トロフィーを掲げるTeam HRC with 日本郵便のライダー陣。左から名越哲平選手、高橋 巧選手、ヨハン・ザルコ選手

レポート●石橋知也 写真●柴田直行/Honda 編集●上野茂岐


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