長野県は大きく分けて「東信」、「北信」、「中信」、「南信」の4つのエリアに分けられる。
残雪に彩られた雄大な山々と新緑、そして目まぐるしく変化する標高に付随する暖かさや肌寒さ。ツーリングシーズンの到来とバイクを走ることの楽しさを改めて実感させてくれる王道ルートが、この東信エリアなのだ。
report●櫻井伸樹
王道にして定番 極上にして最強
大門街道。右手に白樺湖を見て、県道40号を左に曲がるといきなり視界が広がった。
青々とした丘陵と道と空だけの世界。道の勾配がキツくなる。ギヤを一つ蹴り落としアクセルをひねる。まるで空港の滑走路のごとく、大空へ続く道を加速する。
視界の中で草原の緑と鈍色のアスファルトが流れ出し、心拍数が上がる。ふたつ、みっつ……。丘陵の中腹に続く高速コーナーを抜けるたびに歓喜の声が脳内に響く。
そして霧ケ峰の巨大なヘアピンカーブにさしかかるころ、ライダーはすっかりと天空の世界に飲み込まれ、圧倒的な景色の中に溶けていく。
ライダーの聖地とも言われる信州において、この東信エリアはまさに王道中の王道である。
その一番の理由はなんといっても「ビーナスライン」の存在だ。総延長74㎞、平均標高1400mというまさに天空の道である。
ハイライトとなる車山から霧ケ峰にかけては、高い木が少ない丘陵地帯に延々と緩やかなコーナーが続いている。もちろん霧ケ峰以北の和田峠、扉峠周辺も高速コーナーが続く快走ルートだ。
そして芸術的な九十九折れを駆け上がるとビーナスラインの最高標高である美ケ原高原へと到達する。この道は信州のまさに王道にして極上、定番にして最強のワインディングである。
蓼科スカイラインを経由しビーナスラインへのルートも捨てがたいだろう。
2007年に行われた舗装工事を終え路面状態は良好で走りやすい。
山々を縫うように走る曲がりくねった道 信州の険しさと奥深さが身に染みる
しかしそんなビーナスラインをも凌駕するほどの圧倒的な道が、県道62号美ケ原高原道路(仮称)である。場所はちょうどビーナスラインの北西部。美ケ原高原を挟んだ西側だ。
アクセス路である県道62号は、まったく周囲の景観が開けず、路面状態も良くない。
ひたすら続くタイトターンの連続にうっぷんが募り始めるころ、武石峠あたりから急に空が開け、やがて正面に北アルプス連峰がどかーんと視界いっぱいに広がる。眼下には松本市街が一望でき、もはやヘリやドローンで空から眺めているような錯覚さえ起こす。
途中でバイクを停め、3分ほど歩くと標高1935mの「美ケ原思い出の丘」に行くことも可能だ。わずか3分で2000m級の山頂に到達できるのだから痛快である。
さらに道を進み、緩やかなカーブを抜けると状況は一転し、そこはまるで本場のヨーロッパアルプスのような穏やかでメルヘンチックな牧場風景が続いている。ここは武石峠から王ヶ頭駐車場までのわずか5㎞区間で、行き止まりの道だが、まさに隠れた名道である。
そして近年、人気急上昇中なのが、諏訪湖の北側に位置する高ボッチスカイライン周辺だ。
この道はスカイラインとは名ばかりで、道幅が狭く景観も開けない。そのうえ日陰には落ち葉がたまり、舗装も荒れているので正直ライディングを楽しめるような道ではない。
しかし頂上付近へ到達すると一気に高原風景となり空が広がる。駐車場からは南に諏訪湖を俯瞰(ふかん)し、西に雄大な北アルプス連峰を望むなど、大パノラマが広がっているのだ。
標高1500mで夏でも涼しく、8月9月は多くのライダーがキャンプを楽しむ様子も見られる。また高ボッチは夜景が有名なスポットでもある。宝石のように煌めく諏訪の町並みの中に諏訪湖がぽっかりと浮かぶ様子は、高ボッチならでは。
夜でも多くのカメラマンが撮影している。だから夏場にキャンプをしながらこの夜景を楽しむのもオツである。さらに高ボッチ周辺には地図に載っていないような細かい林道が無数に走っているので、そんな道を探検してみるのもおもしろい。
ここまでで紹介してきたビーナスライン、美ケ原高原道路、高ボッチスカイラインの3つの道路こそが東信を代表する極上の道だ。この3つを巡るルートを構築し、そのライン上に諏訪湖周辺の温泉や、松本城見学、市内のなわて通り観光、そして信州そばなど、食、温泉、観光を組み込めば、これまで以上に魅力的な、ひとつ上の東信エリアが楽しめることだろう。
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