甲信

【おとなの信州探訪】『日本で最も美しい村』は本当に美しいか!?

中・南信州の"深み"を見付けにゆく

『絶景』などの言葉で表される、美しい景色を紹介するツーリング記事が最近は定番だ。
『日本で最も美しい村』なんて言葉を見付けたら、旅立たずにはいられないだろう。そう思い立って向かった信州で待っていたのは……?

report●林 康平 photo●佐藤正巳/平島 格/岩崎竜太

 

『日本で最も美しい村』とは?

NPO法人『日本で最も美しい村』連合に加盟している53町村10地域のことを指す。
「"最も"なのにいくつもあるのはおかしくないか!?」と思うかもしれないが、これは言わばスローガンのようなものなのである。
ちなみに『最も美しい村』の起源は1982年、フランスで起こった社会運動。
歴史的財産や景観などといった地域の特色の付加価値を高め、小規模な農村を保護するためのものである。

●長野県内にある『最も美しい村』は伊那市高遠町、大鹿村、小川村、木曽町、高山村、中川村、南木曽町、原村の8つ。今回は中・南信州にある原村から南木曽町まで4つを巡った

※本記事はMotorcyclist2019年9月号に掲載されていたものを再編集しています。

 

美しい村の〝美しさ〟とは?

結論から言おう。〝美しい〟って概念は本当に難しいと思う。

自分自身の美的感覚について言えば、それなりのこだわりはあるもののそんなに特異なものではなく、「ほらほら見て! これキレイじゃない?」なんて言われたら、「あ、そうですね。いいですね」と、取りあえず肯定してしまうくらいのユルいものだ。

だが、今回の旅のテーマ『日本で最も美しい村』は、そんなゆとり世代的感覚ではレポートがままならないくらい手ごわかった―。

梅雨真っただ中、前夜の時点で晴れのち曇りだった天気予報を信じて中央自動車道から降り立った原村は、そういった意味ではまさに序の口だった。
八ヶ岳ズームライン/エコーラインから見える自然豊かで広々とした景色は、後から思えば非常に〝分かりやすい〟美しさ。
冷夏の影響もあってか風も涼しく気持ち良く、デスクワークの閉塞感から解き放たれた爽快感で思わずスタンディングしたくなる。

原村 八ヶ岳と鏝絵●中央自動車道の諏訪南ICを降りてすぐの「日本で最も美しい村」。八ヶ岳の裾野のなだらかな傾斜地にあり、広がる景色は開放感抜群。特に八ヶ岳エコーラインは走っていて気持ちがいい。そんな村に根付いている文化が、土蔵の白壁に彩りを添える「鏝絵」だ。これは火災除けや縁起物、家紋を示すものなど、それぞれ様々な意味合いを持って作られており、村内の500棟近い土蔵を彩る、原村の名物である

風景ばかりではなく他の美しさもチェックしようと、原村郷土館に寄ってみる。
事前の予習によれば、ここでは土蔵を飾り付ける郷土文化『鏝絵(こてえ) 』をじっくり見られるらしい。
ナビに案内された場所でバイクを止めると、早速白壁の土蔵と円形の飾り付けが目に入った。
その出来は芸術品のように美しい、という感じではなく、素朴でちょっとかわいらしくもある印象。
「見学ですか? 是非建物の中も見ていってくださいね」

●近年は蔵の必要性がなくなってきて減少しつつあるようだが、原村郷土館(所在地は長野県諏訪郡原村原山17217-1566)では展示用に集められた鏝絵を見学することが可能。なお、鏝絵は原村以外の地域でもたまに見かけた

郷土館の向かいにある駐車場にクマを止めてこちらを見ていた地元のご婦人が私に声を掛け、いろいろ話を聞かせてくれた。
「あの蔵は元々原村役場の書庫だったのを移築して綺麗にしたものなんですが、今は『まてのくら』という名前です。まて、というのは原村の方言で、物を大切にするとか、そういう意味なんですよ。この蔵の鏝絵は新しいものですが、鏝絵が付いた古い蔵を持っているお宅は村のあちこちにありますよ。見に来る人を歓迎したり、逆に嫌がったり、反応は人それぞれですけどね」

●高遠町で見かけた鏝絵のある土蔵

ご婦人は郷土館の関係者のようだったが、自分たちが住む村を愛する気持ちまで伝わる懇切丁寧な説明には心温まった。次に来るときはもっとゆっくり見ていこう……。

 

高遠町から〝深み〟へ踏み入る

後ろ髪引かれる思いで原村郷土館を後にして、八ヶ岳エコーラインを北上、国道152号へ移り、第二の『最も美しい村』である高遠町を目指す。
茅野の市街地から杖突(つえつき)峠(展望所があるが今回のテーマ外の茅野市なのでパス)まで上る道はワインディングだが、ツーリング当日が土曜日だったこともあってか交通量はそこそこ多い。
思うようなペースで走れず、美しさを探す心持ちが殺伐とした気分に変化するのを抑えながら走り続けると、沿道の景色が開けてきた。高遠町藤沢の〝里〟だ。

連なる小山を背景に田畑が並び、川がゆったり流れ、時折一軒家が密集している。
そんな風景には〝里〟、〝集落〟という言葉がとてもしっくりくる。
ところで、この風景を前にして率直に〝美しい〟と私は言えるだろうか?
それよりも何か、質実剛健な〝生活感〟が息づいているという印象だ。
都会住まいの自分にとっては見慣れぬ風景だけれども、ここに住む人にとっては日常であり、そんな現実感が心に引っかかったと言えばいいのか……。

何か目を引くものがないか、沿道を観察していると、かつて全国に名を馳せた『高遠石工』たちが作った庚申塚や道祖神があるのに加えて、原村で見たものと同じ様式の『鏝絵』もちらほら見受けられるではないか。
途端に〝文化圏〟という言葉が脳裏に浮かび、〝里〟、〝集落〟という言葉と入り混じって、大げさながら民俗学的世界(?)が目前にちらついている感じがした。

これは一筋縄では行かないな、などと勝手に独りごちながら走るうちに、いつの間にか藤沢、長藤を抜けて、『花の丘ループ橋』に差し掛かった。
橋を上ると西高遠の町が見えてくる。

●東高遠に辿り着いたときに目に飛び込んできたのが「花の丘ループ橋」。山間部の田園風景と対照的な現代的建造物を上がった先には史跡「高遠城址公園」が。春は桜が綺麗らしいが、夏は……

藤沢~長藤で見てきた景色とは異なり、いかにも市街地らしい印象……高遠城址公園周辺が、時期外れなこともあってか、予想よりも悄然(しょうぜん)とした雰囲気だったことも手伝い残念ながら〝民俗学的〟な気分は消え去ったのであった。

●江戸時代、高遠藩は石工の里として知られており、「高遠石工」と呼ばれた職人たちは北は青森、南は山口まで、広い地域に作品を残した。そんな歴史を持つ高遠町を通る国道152号、杖突街道沿いではあちらこちらで石仏に出会った

 

雨の中、慌てたり開眼したり

「君、そのときテンパって思考停止していたんじゃないか?」

取材から戻って編集長の関谷に笑われたが、まぁ、図星である。
パワースポットで有名な分杭峠の手前、国道152号と県道49号との分岐地点で「地蔵峠 全面通行止め」の看板に出くわしたとき、スケジュールは予定よりも押しており、空には暗い色の雲が立ち込めてきていた。
そして、ナビ代わりにしていたスマホも電池残量が少ない状態。もう県道49号へ行くしかないのは明白なのだが、気付くと数十秒、バイクを止めたままだった。

●高遠町を後にして国道152号を南下、大鹿村を目指そうとした……が途中の道で路肩が崩壊しており通行止め。なので、県道49号(道幅は狭く、崩落跡もあったが意外に楽しく走れる部分もあった)経由で国道153号に移動し、中川村へ

県道49号を走って国道153号に抜けたら抜けたで市街地を走る幹線道路、しかも、先述したように土曜日でクルマが多く、思うように進めない。ついに小雨も降り出した。

当初の予定では大鹿村の後に行くはずだった第4の『最も美しい村』、中川村に到着。
陣馬形山の景色が見所らしいが、山を登り降りしたら時間を食うし……他に美しい景色は……思い出した。『段丘』である。

中川村 段丘に広がる田畑●幹線道路である国道153号から脇道にそれて高台に向かって走ると見えてくる、天竜川の侵食によって作られた段丘地形は、中川村の特徴的な地形。水田の他、リンゴなどの果樹園もこの地形に合わせて営まれている。なお、村内には8月号で紹介した「ゆるキャン△」の聖地、陣馬形山キャンプ場もある

自然が生んだ地形と人の営みの融合。
シトシトと降る雨の中、段丘に広がる田畑を目指して狭くくねった小道を走る。
クルマで行くにはちょっと不便だろうし、バイクの機動性はやっぱり旅で生きるなと思っていたら、まぁまぁ見晴らしの利く道に出た。
景色は段丘含めてほぼ緑。秋の方が綺麗かなー、と思いつつもしばし眺め続ける。またしても率直に「美しい」という言葉は出てこない。
けれども……。

もうノンビリとは巡れない。
レインウエアを着て、旅立ち前から「良さそう!」と見込んでいた南木曽町(なぎそまち)の『妻籠宿(つまごじゅく)』を最後の目的地としてひた走る。
国道153号のイライラゾーンを抜け、国道256号へ。晴れていたらかなり楽しめたであろうワインディングロードで山中をずんずん進んでいく。
雨はもう、はっきりと体を打っているのが分かる強さだ。周囲を取り巻く森の緑が一段と深く感じられ、緑というか、黒に近い感じで迫ってくる。

普通なら心細く、幻滅するところかもしれない。
だが、当初の予定どおりに旅できなかったことに対する諦念、そして、それでも〝美しさ〟をどうにか見付けようとする意地がスパークして、不思議とほほえみが顔に表れてきた。
「これもまた美しきかな」なんて独り言まで出てくる。
南木曽町に差し掛かり、材木用に山から切り出されたケヤキと思しき丸太を沿線に見るや、「さすが木曽谷だな!」となんだか頼もしく感じた。

妻籠宿に辿り着いたのは17時頃。
この時間帯なら、宿場の町並みの中にバイクで入り込める。雨はまた、シトシトという調子に戻っていた。

南木曽町 妻籠宿●慶長6年に徳川家康が定めた各地の宿駅において、江戸から42番目の宿場が『妻籠宿』。住民組織によって近代化の波から保護され、現在は国の重要伝統的建造物群保存地区に登録されている。宿場内は10時~16時の間は歩行者専用道路なので訪問時は時刻を要確認

「ここは雨のほうがいいね」
取材に同行したカメラマンが言う。そのとおりだ。
湿り気を帯びた木造の建物が醸し出すどこか優しげな雰囲気、霧がかかって深山幽谷めいた趣を見せる遠景、まさしく絵画のような美しさである。取りあえず、今回の旅は無事大円団を迎えた。

美しいは難しい。冒頭にも記した、今回の旅を終えての結論だ。
『日本で最も美しい村』は本当に美しいのか。「美しい」と言い切るのは難しい。
しかしそれは「大した所じゃない」という意味ではない。
自分の美感と目にするもの、そして周囲の環境の相性が〝美しさ〟を紡ぎ出すのであり、ただ「美しい物が見られる」という評判だけを頼りに旅するならば、美しさを見い出せない、というような意味合いだ。

誰がどんな環境で見ても美しい物や景色は無論、ありがたいものだ。
しかし〝ツボ〟、〝深み〟へ立ち入ってこそ見える美しさを旅して探してみるのもいい。『日本で最も美しい村』巡りはそういう探究心を訓練するのにちょうどいい。
絶景ブームの中だからこそ、行ってみませんか?

 

その他の「日本で最も美しい村」in 信州

高山村

高山村は須坂市北部と志賀草津道路の間の移動に使う大前須坂線(県道112号)や豊野南志賀公園線(県道66号線)が通る村。
山里らしい風景の中を走り、村内8か所の温泉を巡ってみるのもいいだろう。
 

小川村

●小川村 写真提供:長野県観光機構

北方に鬼無里街道(国道406号)、南方にオリンピック道路(県道31号)が通る小川村は、雄大な北アルプス連峰を背景にした農村風景が特徴。
「信州サンセットポイント百選」にも選ばれている。
 

木曽町

●木曽町 写真提供:長野県観光機構

御嶽山麓にある木曽町には、中山道六十九次のうち福島宿と宮ノ越宿がある。
妻籠宿などと異なり、昔の建物が連なった景色はないが、本陣や史跡などが点在しているので、開田高原の中を走る国道361号を楽しんだ後に寄ってみるのも一興。
 

大鹿村

●大鹿村 写真提供:長野県観光機構

大鹿村は村の面積の97%が山林原野で占められた山深い村。
映画で有名になった、国重要無形文化財の大鹿歌舞伎の公演は春と秋の年2回。
なので、夏に行くなら中央アルプスや南アルプスの景観を楽しめる大池高原のキャンプ場などがお薦めだ。
付近には「青いケシ」が見られる農園もある。

 

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