匿名係長 第4回 ホンダ CRF250Lの巻 その2
07年のXR250生産終了から5年ぶりに復活したホンダの250ccフルサイズトレール。CBR250Rと基本を同じくする水冷単気筒をスチール製セミダブルクレードルフレームに搭載。インナーチューブ43㎜径の「セパレート・ファンクション(右側にバネ、左側にダンパーを配置)」式フロントフォークは250㎜のストロークを、プロリンク式のリヤサスペンションは240㎜のトラベル量を持つ。デザインはモトクロッサー・CRF250Rをモチーフとするが、ステップサイズを大型化し荷掛けフックを4カ所に装備するなど、公道での使い勝手を重視した造り込みを持つ。ちなみに車名末尾の「L」はストリート“リーガル”を意味するという。
CRFの隠れた素性
主任●XR250って、そんなにいいバイクだったんですか?
係長●長年にわたり、このクラスのベンチマークだった。ヤマハTTもスズキDRもあるなかで、250㏄トレール選びに迷ったらXRを買えば間違いない。飛び抜けた部分はない代わり、バランスのよさや安心感が絶大な定番商品だったな。
主任●いわば「サッポロ一番」ですね。
係長●うん、XRがサポイチなら、CRFは同じ会社でもケンちゃんラーメンくらいに違う。逆にそういう意味では、XR230はXRだったよ。小さくてお手ごろだけど、XRに親しんだ人間が乗っても違和感がない。XR230って裏コンセプトが面白いんだ。〝昔は散々鳴らしたが、寄る年波には勝てず、高い車高に跨がるのがツラくなった。それでもオフ車が好きな人に……〟ってさ。
主任●へぇ。ほっこり&あたたかエピソードですな。XR230のポジションはCRFのローダウン車が担うそうですね。
係長●ローダウンしたらCRFのカッコよさは崩れてしまう。実はXR230って、車高が低くてもそれなりに見えるデザイン処理がされていたりするんだぞ。
板前●へい、手羽と砂肝お待ち。
係長●あぁ、ありがとう。
板前●ですがね旦那、CRFって、フレームの素性は悪くねえんです。
主任●わっ、ビックリした!
係長●……。板さん、鳴らしたクチ?
板前●ええ、その昔に少しばかり。結局、上には行けずじまいで。
係長●そのとおり。CRFのフレームは、XRよりずっと理にかなった構成だよ。XRのフレームってCRとか、2スト用を転用してそこに4ストを積んだような雰囲気があるんだ。エンジンが2ストから4ストに変わると、シリンダーヘッドやキャブレターがかなり高い位置に来る。ストリップを見るとわかるけど、XRってシリンダーヘッド後方にリヤショックが迫っていてスペースが全然ない。そのせいでキャブもオフセットされてる。吸気管が折れ曲がるなんて、エンジンに好ましいわけがない。つまり4ストのよさをしっかり引き出せる設計ではないのよ。
板前●しかも乱雑です。
係長●ホント、よくご存じで(笑)。しかもキャブの上には4本のフレームパイプの交点があり、そこにリヤショックの取り付け部まである。ギッチギチだよ。対してCRFのフレームだけど、タンクレールが1本のXRに対し、タンクレールが2本のツインチューブになっている。これはモトクロッサーのCRF250Rなんかと基本的な構成は同じ。Rはアルミ、Lは鉄と素材は違うけどね。
板前●ダウンチューブが残念です。
係長●ほ~。板さんタダモノじゃないね。そう。CRF250Lのエンジンはシリンダーの前傾角が強め。CBR250Rと設計を共用した影響かもしれないけど、そのしわ寄せなのか、ダウンチューブがわずかに「く」の字に曲がっているんだ。応力が発生するから、本来なら真っ直ぐ下ろしたかっただろうな。
板前●リヤショック周辺もポイントです。
主任●ちょ、ちょっと板さんってバイクメーカーの人なの?
板前●いえ、不器用な板前です。
係長●XRと比べ、リヤショックの取り付け位置が下がっている。板さん、俺もそこがCRF─Lフレームのポイントだと思いますよ。これによってスロットル周辺にスペースの余裕ができ、吸気がストレート化できる。ってことはエンジン特性もスムーズにしやすい。
主任●確かに改めて見比べると、CRF─Lはなんだか整然としてるかも。
係長●でも、リヤショックを下げた結果、リヤサスのリンクがスイングアーム下にむき出しになった。ガードが欲しいね。つまり総じて〝エンジンを優先したフレーム〟になっているわけ。こうした考え方は1馬力でも多く稼ぎたい競技車両では基本でさ、つまりCRF─Lの設計思想には、CRF─Rで培ったものが投入されている。ツインチューブになったことで剛性は上がるけど、楕円パイプで横曲げを相対的に弱めたり、タンクレールもヘッドパイプの直後で曲げたりして、剛性を上げ過ぎない工夫もしている。まだまだ高すぎると思うけどね。ともかくXRと比べればずっと理論的な構成で、悪くないはずなんだ。
主任●へええ、そんなに優れた設計のフレームとは……。でもそうなると余計に何故? ですよね。そのちぐはぐ感が。
係長●それで俺、仮説を立ててみたんだ。XRが生産中止になってから、ホンダ内では様々なトレールが企画に上っては消え、上ってはお蔵入りしていたんだって。ホンダは5年間何もしなかったわけじゃなく、5年かけて収益が見込めるパッケージをようやくひねり出した。それがCRF250Lなんだよ。当初から45万円を念頭に置き、全世界で2万台、日本では初年度に7000台を売ると意気込んだ。積年の怨念がこもっているわけ。
主任●へぇ。日本が販売のメインなんだ。
係長●そうなんだよ。昨今珍しいだろ?で、45万円って価格が現実味を帯びてきたのは、CBR250Rのエンジンが使えそうだぞ、となってかららしい。
主任●その前には、いろんな案がポシャってるわけですよね。
係長●それそれ! ボツになった案の中には、ヤマハWR的なスーパースポーツトレールもあったんじゃないか? それこそWRへの対抗心から、開発もそれなりに進んでいたとしたら……。当然、そのトレールにはCRF─Rのノウハウがこってり注がれているはず。エンジンもバリバリの高性能シングルだろうし、フレームも当然アルミ製だろうな。
主任●読めてきました! そこにCBRのエンジンを流用した〝45万円トレール〟企画が持ち上がると。
係長●会議で偉い人がさ、『あとは車体だが……。ん? 何だ、ここにカッチョいいのがあるじゃない! これを鉄にして使いなさいよ。うん、これはいい。開発費も節約できるぞ!』なんてね(笑)。
主任●つまりCRF─Lは、ボツになった高性能トレールの車体を転用し、そこにCBRエンジンを積んだってこと!?
係長●あくまでも仮説、妄想だよ。でもいろいろ帳尻は合ってくると思わない?本気のライポジや高すぎる剛性感は、高性能車の車体設計を転用せざるを得なかったから。車重が重いのは、フレームの素材をアルミから鉄に変更させられたから。そうとでも考えないと、23馬力程度のエンジンを積む車体に、モトクロッサーのノウハウを注ぐ意味が理解できん。
主任●さすが係長! 妄想を働かせるのは得意中の得意ですもんね。
係長●想像力って言ってくれないかな?
“理にかなった”構成のフレーム