近年のバイクは電子制御で動作している部品も増え、素人が簡単に手を出せる個所が少なくなってきた印象がある。
となれば、メンテナンスはプロのメカニックが専用機器を駆使して行うことになるわけだが、さしものプロメカニックでも頭を抱えてしまうトラブルも数多い。
そんなときに頼りになるのは、今まで培ってきた経験と、それに裏打ちされた直感的判断力。
というわけで今シリーズでは、プロメカニックが現場で直面したトラブルと、その問題をどのように解決したかを紹介していく。
語って頂くのは、国内外の車両をメンテナンスするモトサービス エッジの土方さん。今回はコールドスタート時に起こったトラブルについての顛末を紹介しよう。

モトサービスエッジ 土方大助さん
●モーターサイクリストなど二輪車雑誌や一般誌のライターを経て、現在は静岡県浜松市にあるバイクショップ「モトサービス エッジ」の店長を務めている。
ライター時代は試乗テスト、カスタム、整備ものの記事に参加していた。その傍ら、自らテイスト・オブ・ツクバに参戦してFZ750でZERO1クラス優勝したほか、KENZ SPORTSの川島氏に引きずられて鈴鹿8耐や全日本ロードレースにメカニックとして参加。2006年の鈴鹿8耐ではスズキ系チームの監督として祭り上げられ、2台のGSX-R1000を走らせた。
国内外の原付からリッターマシンまで幅広くメンテナンスを行う。そのほか鈴鹿8耐に出場するマシンの整備も担当する、自称“何でも屋さん”。
「ユーザーさんの困っていることや要望を、一緒に考えながら解決していく」ことを自身のスタンスとしている。
キャブ車はまだまだ現役だが……
世の中のバイクはフューエルインジェクションであることが当たり前になってしまった。FCRやTMRといった高性能フラットバルブキャブレターの全盛時代を過ごした身としては若干さみしい感じだが、いまでもキャブレターのバイクは元気に? しぶとく? 走りまわっているのも事実。
実際、修理で入庫してくるバイクには、キャブレターを使っているモデルの比率が高く、そんなバイクの大多数がキャブレターに問題を抱えていることが多いのだ。ご存じのようにキャブレターは、内部にガソリンを通すいくつかの細い穴(ジェット)が開いている。それがガソリンの蒸発したカスで詰まってしまうため、トラブルが起こるのだ。
そのためアイドリングが不安定なら、スロー系などのジェットや通路を確認するなどの目視による点検を行う。当然、分解を伴うので不便はあるが、原因が目に見えるので修理後にやったなりの成果を覚える。

KSR80用のキャブレター内部部品。写真左上のジェット類は種類にもよるが、穴径は針程度の太さしかない。
そしてキャブ車の場合、エンジン不調原因の多くがキャブレターに起因していることが多い。
スパークプラグに火が飛んでキャブレターのフロート室までガソリンが来ているなら、キャブレターをバラしてジェット類をはじめとした清掃(オーバーホール)というのがお約束の作業になる。

単気筒なら1キャブですむが、4気筒の場合はキャブのO/H×4に加えてキャブ同士の同調も取らないといけない。根気のいる作業だ。
いっぽうで今のフューエルインジェクションモデルのエンジン運転不具合となるとアプローチが違ってくる。FIは燃料を電子制御で噴射してエンジンが要求する適正な混合気を作り出している。
そのため、次の段階は制御に関わるセンサーやソレノイドバルブなど電気的な部品の診断に入る。基本的に燃料を噴射しているインジェクターなどの燃料通路などが密閉されているため、キャブレターなどに比べると汚れや機械的なことに起因するトラブルは少ない。

VFR1200Fのエンジンカットモデル。写真中央にインジェクションが確認できる。
したがって、エンジンの不調などは故障診断機に頼ることになる。車種によってはメーターディスプレイ上にモードを切り替えることでエラーコードを表示したりして、問題点を告知する場合もある。しかし、ビッグバイクなどの場合は故障診断機を車両の専用カプラーにつなぎ問題点を探求していくことになる。
ところが故障診断機はあくまで電気的に異常がないとエラーコードを表示してくれない。もちろんメーターディスプレイ上にも異常を知らせるFIコーションなどの点灯もない。だが、現実には異常は起こっている……という話をしよう。
故障診断機の反応しないトラブル?
そのトラブルが起こっていたのは、スズキ・GSX-R750のK8モデル。なんでも、冷間始動時にアイドリングの回転上昇が起きないという。つまり、ファーストアイドル(暖気運転)がされていないのだ。FIコーションも点灯しておらず、他店で故障診断機にもつないでみたが異常無しの判定と解されてしまった。
だが、現実にエンジンが冷えている状態でエンジンを始動するとアイドルアップは起きないのだという。

FI系統などに異常があった場合はメーターディスプレイ上にコーションマークなどが点灯する。点灯しても走行に支障がない場合は普通に走れてしまうが、診断機に接続して確認するほうがいい。
一時的なエラーでも点灯するが何か根本的な異常がある場合もある。また、異常があってFIコーションが表示されても、走行に支障がない場合はフューエルセーフが働き、制御を制限している場合がある。即座に原因を追究することが賢明だ。
実車を確認してみるが、その事実は変わらない。あらためてサービスマニュアルを開いてみると、オートチョークとも呼ばれる冷間始動時のアイドルアップに関する記載は、思いのほか少ないことがわかる。
基本的にデータとして載っているのはファストアイドル時の回転上昇域と外気温ごとの制御時間。あとはその制御のもとになる吸気温度センサーの点検とセカンダリースロットルバルブの作動確認くらいである。
正直、あまり詳しくは書かれていない。ハッキリいってこの状況だと、以前に見たメカニックはお手上げだったのだろう。私自身もどうしたものか考えてしまう。
ファーストアイドル機構は外気温に応じて、冷えたエンジンを始動しやすくするために濃い目の混合気を作るべく、燃料の噴射を通常アイドリング時より増量している。また、同時にセカンダリースロットルバルブを動かして、連動するカムの動きを使って手動のスロットルバルブ(右ハンドルのスロットル操作で動作するバルブ)を僅かに開かせていた。
その他はすべて問題ないのだが……
さすがに燃料の噴射量はECUによってコントロールされているだろうから、まずは故障診断機を信じることにする。同様にセカンダリースロットルバルブが始動時の位置に動いているかを確認してみると、案の定しっかりと動いている。それに連動して手動のスロットルバルブを少し押し開くカムも作動している。
そのカムの接触を調整するアジャストスクリューも、メーカー製造時に固定した位置を保っていることを表すペイントマークもずれていない。

該当車両より少し前のGSX-R750K2のスロットルリンク部。引きと戻しのワイヤとは別に、ファストアイドル時にスロットルバルブを微妙に開ける(?)チョークレバーからのワイヤがつながる。
2本見えるスクリュは手前がアイドルアジャスタで上がチョークレバーから連動してファストアイドル時にスロットルバルブを押し開ける。
私自身も「こうなると疑うべきはECUの異常か?」となる。でも、その他の運転状態はいいのだ。半分途方にくれてメインスイッチを何度か入れながら、スロットルボディの側面を眺めていた。
するとなにかおかしいではないか……。カムは動いているけど対象物を押していない。そう、メインである手動のスロットルバルブがファーストアイドル時に適正な開き量に達していなかったというか、まったく動いても押されてもいなかったのだ。なるほど、これが原因か。
結果、本来はメーカー出荷調整時の状態から触ってはいけなとあるが、これはやらないと解決はしないと判断。アジャスタ部のロックナットを緩め、スクリュを少し押し込んだ。
その調整量は、サービスマニュアルにも数値的に記載されていなかったが、ファーストアイドル時のアイドルアップ回転量に合わせて調整した。

修理車種と同タイプのスロットルリンク部、黄色いペイントマークが整備上触ってはいけないアジャスタ部分。この750はエンジンを含めてGSX-R600K6あたりをベースに似たようなシステムを使っている。
ただ、ちょっと不思議なのはそのアジャスタとカムなどのアタリ面で、とくに摩耗した様子もないのだ。結局、どの時点からこの異常が発生していたかはわからずじまいだ。
このようにフューエルインジェクションだとしても、機械的な調整などによって不具合を起こすこともあり、そうなると故障診断機でもわからないものなのである。
ユーザーにしてみれば、バイクはセルスイッチを押すだけでエンジンは動くのが当たり前で、故障はFIコーションランプが教えてくれると思いがちだ。しかしながら、複雑化する補器類の調整不良など、機械的な動作不良はコーションランプではわからないものなのだ。
身近なところではスロットルワイヤーの遊びが多かったりしないか、確認して調整するといいだろう。
うちのガレージで整備などを行っていた8耐SSTクラス参戦のGSX-R1000R。
スロットルボディ上部にはスロットルバルブを駆動するモーターがある。スロットルボディ右下にある大きなカプラーにつながるのがアクセルポジションセンサー。
つまり、スロットルは電気的に制御されるフライバイワイヤ方式であり、ファストアイドルどころか普段のスロットルバルブの動きすら直接乗り手が行っているわけではない。
それでもアクセルグリップとアクセルポジションセンサーの間には引き戻しのワイヤがあり、手ごたえを与えるスプリングが介在する。
ここで生まれるアソビというか、操作上の微妙な間がコントロールする上で大切だという。
取り外したGSX-R1000Rのスロットルボディとアクセルポジションセンサー。
アクセルポジションセンサーは車両取り付け状態からひっくり返した裏側。アクセルグリップとこのセンサーはワイヤで引き戻しがコントロールされる。それを電気的にセンサーが拾いコンピュータを介して、ライダーの意思を反映しつつも適切なスロットル開度としてスロットルバルブを開け閉めするのである。
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