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YZF-R7の立ち位置「R6ほど過激ではないが、07やR3よりスポーティ」
「MT-07をベースとしたフルカウルモデルがあったらいいのに……」という待望論は長らくあったが、その声に応えるよう、ヤマハは「YZF-R7」という新型スーパースポーツをヨーロッパとアメリカで発売。日本では2021年冬以降に発売予定と発表されている。
大ヒットモデル・MT-07のDNAを受け継いだ新型スーパースポーツYZF-R7に、イギリス人ジャーナリストで、レーシングライダーでもあるアダム・チャイルド氏が早速試乗!
カウルを付けただけのMT-07なのか、新種のスーパースポーツとなっているのか。スペインのワインディングロードとサーキットで行われた国際試乗会のレポートをお伝えする。


画像20点【MT-07とはかなり違う!YZF-R7の装備・車体構成・全車体色を紹介】
昨今のヤマハは全く新しい車種をどんどん投入するタイプのメーカーではないが、久々に生み出された新型スーパースポーツ・YZF-R7は実にエキサイティングなモデルだ。
だが、最初に言っておくと、並列4気筒のYZF-R6の後継ではなく、「OW-02」(*)とは名前が同じだけで関係はない。
2022年モデルとして登場したYZF-R7は、サーキットだけに特化したモデルではなく、公道も楽しめるバランスが与えられているのだ。

ラインアップにおける立ち位置もそれを示している。
入門用スーパースポーツのYZF-R3と、サーキット専用モデルとなったYZF-R6のちょうど中間となる。
過激すぎず、スポーツバイクビギナーにも扱いやすい。
それもそのはず、エンジンや車体のベースとなったのは大ヒットモデルとなったMT-07である。
世界的に成功を収めたMT-07をプラットフォーム展開し新たな車種を開発するのは至極真っ当な手法で驚かないが、MT-07ベースのスーパースポーツは待望されていたにもかかわらず、登場するまで随分時間がかかったという点にむしろ驚きを隠せない。
ただ、YZF-R7はMT-07へ安直にカウルを付けただけかというと、そんなことはない。
中央がグッと盛り上がった車体、立ったキャスター角、アップグレードされた前後サスペンションなど各部に手が入れられているほか、YZF-R1/YZF-R6にインスパイアされたセクシーなデザインに仕上げられている。
ヤマハはYZF-R7の試乗会をスペイン南部で開催、公道とサーキットでテストをさせてもらったが、結論から言うと、ミドルクラススポーツバイク市場を大いに活性化させる可能性があるモデルだと感じた。
それだけでなく、イギリスにおいては予価8200ポンド(約127万円)という魅力的な値段で、2022年の販売台数ランキング上位に上り詰めるのではないだろうか。

YZF-R7のエンジン「MT-07そのままのスムーズな特性、サーキットでも扱いやすい」
車体面はサスペンションやフレームなどMT-07から幾つか変更が行われているが、270度クランクの689cc並列2気筒はユーロ5をクリアした2021年型MT-07と同様だ。最高出力73ps/8750rpm、最大トルク6.8kgm/6500rpmという数値、ボア・ストローク、圧縮比とも変わりない。
エンジン周りで変更されたのは、アシスト&スリッパークラッチが採用された点と、スロットル操作フィーリングがよりシャープでクイックになっている点だ。
また、リヤスプロケットがMT-07:43T→YZF-R7:42Tとなっており、空力特性に優れたカウルの恩恵もあって、MT-07より最高速は8%上がっているという(ただしその数値は明らかにしてもらえなかった)。

走り出してみると、予想通り、高い評価を得ているMT-07と非常によく似ているフィーリングだった。
出力特性を切り替えるライディングモードや、電子制御の作動レベルを細かく選択する必要はなく、パワーの出方も穏やかだ。
同排気量帯の180度クランクエンジンと比較しても遜色ないスムーズなフィーリングで、まるで穏やかな大型犬のようにフレンドリー。
特に難しいことを考える必要なく、またがって、スロットルを開けて、走ればいい。
出力特性はピークや谷のないリニアなもので、時速85〜90マイル(136〜144km/h)で回転計は6000rpm付近。そこからまだ上には余裕がある。高速道路を交えたツーリングも快適にこなす。
もっと速度を出したければ、十分なウインドプロテクション性を発揮するカウルの中に体を入れ込めばいい。
時速135マイル(約217km/h)まで伸びるのは確認したが、状況次第では時速140マイル(約225km/h)くらいまで引っ張れそうだ。
近年のスーパースポーツでおなじみのクイックシフターは134.5ポンド(約2万1000円)のオプションで、シフトアップのみ対応。
下から上までスムーズに回り切るMT-07由来のエンジンではあるが、排気量の限られたエンジンでサーキットを走るなら、有効な回転域をキープし続けるためクイックシフターは欠かせない。
シフトアップインジケーターが点灯した瞬間に、マシンガンのようにギヤを叩き込むのだ。

ただ、YZF-R6に比べパワーで劣るYZF-R7では、スペイン南部にあるテクニカルなアンダルシアのサーキットは、ノンアルコールビールのごとく刺激がないのではないか……と当初予想していたのだが、そうではなかった。
YZF-R7には独特の魅力があったのだ。
低速コーナーではパンチが効いていて、電子制御機構がないにもかかわらず、早い段階からスロットルを開けていける。
トラクションのかかりが良く、威圧感のない出力も相まって、素早い立ち上がりが可能なのだ(サーキットテストではブリヂストンのサーキット向けタイヤ「バトラックスレーシングR11」が装着されていたが)。
もっとも、長いストレートで凄まじい加速力を堪能する……なんてことはできない。
それに、4速、5速は少々ロングな気がするし、テストを行ったコースでは6速はさらに離れ過ぎていた。
しかし、スーパースポーツビギナー、サーキットビギナーにとっては、それらはメリットになるはず。
パワーが無い分、落ち着いてライン取りに集中できるからだ。
YZF-R1やYZF-R6に乗って、サーキットで限界ギリギリまで走らせるのは精神的にも肉体的にもかなり大変な作業だが、YZF-R7ではそんなことはない。

YZF-R7のシャシー「フレーム、ブレーキ、サスペンションは強化されている」
ラジアルマウントキャリパーとなったフロントブレーキは公道では不満無し。
レバー操作に対する感触も良く、経験の浅いライダーでも安心できる操作感だ。
サーキットでラップタイムを削るような走りをするのでなければ、軽量なこのバイクを止めるのに十分過ぎるほど制動力も強力だ。
「サーキットで……」と前置きしたのは、実際、バックストレートで5速からフルブレーキングという状況では、ABSが少しわずらわしいだけでなく、最後の方で制動力が曖昧になってくるというか、パッドが食っている感触がないのだ。
もし、YZF-R7でサーキット走行やサンデーレースをするなら、ABSを取り外し、ブレーキパッドをグレードアップしたほうがいいだろう。
……ということをヤマハは承知しているのか、純正レーシングアクセサリー「GYTR」にてABS解除を含めたブレーキシステムを用意している。

多くの人がMT-07とこのYZF-R7を比較するだろうが、フレームはMT-07のものをベースとするスチール製ダイヤモンドフレームではあるものの、各部の締付剛性の最適化でピボット周りのねじり剛性を向上、アルミ製センターブレースを追加するなどし、全体で剛性バランスが改められている。
フロントサスペンションはKYB製の倒立フルアジャスタブルフォークを採用したうえで、キャスター角がMT-07:24.5度→YZF-R7:23.4度と立てられ、ホイールベースは5mm短くなり、専用設計のリヤショックでリヤ上がりの姿勢にもなっている。
そうしたディメンションやライダーの乗車位置などに関しては、MT-07よりYZF-R6に近い。
ライディングポジションはスーパースポーツらしくなっているし、デザインもレーシーでアグレッシブになっているが、最初に言ったように、YZF-R7はあくまでフレンドリーなバイクだ。
足まわりはスポーティというよりもソフトな方で、ゴリゴリのスーパースポーツとは違う。
YZF-R7が重視しているのはキレイに整えられたサーキットの路面ではなく、段差やデコボコもある現実的な公道で、サスペンションは柔軟に動く。
こうしたサスペンションの特性はビギナーライダーには安心できる要素だろうし、そのおかげで自分もすぐにYZF-R7へなじむことができた。
交通量が少なく、警察もいない南スペインの山の中でハードに走ってみると、とてつもなく楽しい。
ランチをするためにバイクを降りる時間が惜しいくらいであった。
無駄な力を入れることなく、自然と左ヒザを擦り、切り替えしては右ヒザを擦り──それでいてまったく怖さはなく、楽しいという感覚だけが残る。
こんなバイクに乗ったのは、いつ以来だろうか。

73psの出力しかなく、車体もガチガチではないので、コントロールしやすいのだ。
次のコーナーに備え立ち上がり重視で早めにスロットルを開けていってもいいし、深々とバンクさせてヒザを擦るような走りもできる。
トラクションのかかりが良いだけでなく、ライダーへのフィードバックもしっかりとしているから、とにかく自在なのだ。素晴らしい!
が、ベテランライダーに向けて注意を一点。
公道でサーキットのような速度を出すと、サスペンションのキャパシティは明らかに足りなくなり、そこからフルブレーキングしていくとスーパースポーツとしてはソフトなフロントフォークが一気に縮み、リヤが手薄になってしまうのだ。
あくまでこのバイクはビギナーユーザーも対象にして作られたものであり、公道でマン島TT的な走りをするように作られたものではないのである……。
とはいえ、魅力的な価格を考えると、YZF-R7のシャシーとサスペンションは難易度の高いアンダルシアのサーキットで期待以上のパフォーマンスを発揮してくれた。
サーキットではサスペンションを調整したこともあって、フロントフォークもある程度落ち着いた動きになり、よりブレーキングを遅らせることができるようになった。
コーナーへの進入も、俊敏な動きとは言えないがスムーズだ。
YZF-R7は一度寝かしてしまうと、大きなパワーがない分一気に車体を起こすこともできないし、トータルではコーナリングスピードは落ちてしまうが、深々と印象的なバンク角を実現し、ヒジをするような走りを見せびらかすこともできる(バンク角はかなり確保されている)。



電子制御機構の無いYZF-R7だが、物足りないと思わないほど自在に操れる
あまりに自在にコントロールできるので、電子制御機構がないことを忘れて走りに没頭してしまったのだが、トラクションコントロールやバンク角連動ABSといった電子制御は「無い」のである。
正直、テレビが白黒だった時代に生まれ、17歳の時に電子制御なんて何にもない凶暴2ストロークバイクに乗って育ってきた自分としては、特に不満を感じなかった(もちろんYZF-R7の基本がしっかりしているからであるが)。
だが、顧客ターゲットに含まれるビギナーや、通勤などで雨の日や路面が冷たい季節にも乗るライダーにとってはどうだろう?
他社製ライバルと比べた場合、そこが気になるという人もいるのではないだろうか。
YZF-R7と直接競合するであろう、アプリリアの659cc並列2気筒スーパースポーツ・RS660はバンク角連動ABS、トラクションコントロール、出力特性を切り替えられるライディングモードを備えており、価格差は約2000ポンド(約3万円)。
排気量から言えば少々ライバルと言い難いかもしれないが、KTMの新型RC390(373cc単気筒)もバンク角連動の電子制御機構を備えている。
価格はまだ未定だが、おそらくYZF-R7よりはかなり安いだろう。
果たして──。

ヤマハ YZF-R7総合評価
ヤマハには優れたバイクとしてMT-07があったが、ミドルクラスのスポーティなバイクが欠けていた。
そういった意味でも、YZF-R7を作ることはヤマハにとって当然かつ賢明な判断だっただろう。
だが、サーキットも楽しめて、日常的にも乗れて、ビギナーにも扱いやすく、しかも手頃な価格で……というのは、言うほど簡単なことではない。それをヤマハは成し遂げた。加えて、デザインも魅力的だ。
見事というほかない。
公道ではビギナーは安心して楽しい走りを、ベテランは安心して攻めた走りを味わえる 。
サスペンションを調整すれば、サーキットでもワクワクする気持ちは変わらない。高速サーキットで大排気量スーパースポーツと戦おうなどと思わない限り、一日中笑顔が続くだろう。
現に私がそうだった。
スポーティなライディングを楽しむのに、恐怖を抱くまでのパワーやスピードは必要ない。
YZF-R7は心拍数とフロントホイールを持ち上げるのに十分なパワーを持っているが、脳がパニックモードになるほどではない。
若いライダーが初めてのバイクとしてYZF-R7を選ぶのもいいだろう。
「スポーツバイクってこんなに楽しいものなのか!」と新たな世界を見せてくれるはずだ。

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