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2代目に進化したヤマハ XSR900
2022年モデルとしてデビューした新型XSR900。同車としては初のモデルチェンジとなる。
MT-09とエンジンやフレームを共用するのは従来型=初代と同様だ。しかし、2021年にフルモデルチェンジを行ったMT-09はあらかじめ複数車種展開を想定して開発されており、その結果、単なる派生モデルというより、別車種といえる個性が与えられているという。
ポイントとなったのは「80年代のレーシングマシン」。開発エンジニアによれば、デザインのモチーフになっただけでなく、走りにかかわるライディングポジションを考えるうえでもヒントとなったそうだ。
40年以上前のレーシングマシンと最新ロードスポーツ、どこに共通項を見出したのだろうか。
以下、開発チームの6名の話からそれを紐解いていく。
*当記事は八重洲出版『モーターサイクリスト2022年4月号』を再編集・再構成したものです。
安田将啓さん
クリエイティブ本部プランニングデザイン部。先進国、アセアン、中南米向けモデルのデザイン企画を担当。先代TMAX、NIKEN、2代目MT-09や初代XSR900、最新のMT-09やトレーサー9GTを手掛ける。ひと目ぼれされるようなヤマハデザインの企画が目標。
益崎達男さん
MC事業部GB統括部。国内営業を経て、スペインでの駐在を経験。その後は商品企画として欧州向けモデル全般のマーケティングおよび商品開発を担当している。「小排気量でもいいので二輪の本質的な楽しみを若者が味わえるモデルの提供」の実現が夢。
大石貴之さん
PF車両ユニットPF車両開発統括部/プロジェクトリーダー。これまでに、YBR125、FZ15、YS250、FZ25など主に新興国向け小型ストリートモデルの車体設計、およびプロジェクトリーダーを担当。「手に届く価格で魅力的なバイクの開発」がモットー。
野原貴裕さん
PF車両ユニットPF車両開発統括部/車体設計プロジェクトチーフ。外装設計や車体設計を担当。これまでMT-09 トレーサーやクルーザーのスターベンチャー、2代目および最新のMT-09などを手掛けた。現在は電動バイクの魅力的なパッケージを思案中。
松本 亮さん
MC事業部GB統括部。XT1200Zスーパーテネレや初代MT-09およびMT-07 などでマーケティングを、海外営業部、カナダ駐在時もマーケティングを担当し、現在はマーケティングコミュニケーション全般を担当。「ヤマハ車の数字に表れない魅力をお客様に具現化」が身上。
瀬戸正毅さん
PF車両ユニットPF車両開発統括部/車体設計プロジェクトチーフ。欧州駐在時にテネレ700やXSR700、MT-07トレーサーの車両実験を担当。初代XSR900、MT-09やMT-10などでは車体実験をまとめるプロジェクトチーフに。ヤマハ的乗り味の追求が自身のテーマ。
MT-09、XSR900、トレーサーのキャラクターは明確に作り分けた
──新型XSR900のディテールについて教えてください。
大石 「MT-09でアップデートした部分は、新型XSR900に引き継ぐことが大前提でした。同時に、MT-09の開発コンセプトを議論しているときに、XSRとトレーサーの存在を明確に意識。3 モデルの新型発表時、それぞれのコンセプトに合わせてきちんと差別化をしました。初代の開発時には、XSRもトレーサーも存在していませんでしたから……。分かりやすいところでは、ライディングポジションでしょう。新型は、ハンドル/シート/ステップという3点ポジションを全て見直し、理想を実現するためにリヤフレームも新作です。コンセプトを具現化するために、変えるべきところはしっかりと変える。プラットフォームの設計段階からそういったことを意識したことで、それを的確に判断することができています。」
大石 「フレームを一新してヘッドパイプが低くなったことで、リラックスしたポジションを確保しながら、スポーツライディングをするときも乗り手のアクションにフィットするポジションが取れるのです。同時に、ヘッド位置が下がったのでフロント荷重が増え、スイングアーム長の延長とも合わせ、高い操縦安定性を得ることができました。」
安田 「MT-09はライダーがやや体を起こして、前後に体重移動しながら乗るのが特徴です。それに対し、XSRはかつてのファクトリーレーサーがそうであったように、ライダーが腰を引いてライディングすることでリヤ荷重を意識し、車体を抱きかかえるような、誰もがイメージできる、バイクとライダーが一体となるライディングスタイルも意識しています。」
瀬戸「 MT-09やトレーサーと共通のプラットフォームで、ライダーを車体後方に乗せたハンドリングを作り込むのはとても難しい挑戦でした。タンクとシートは新型XSR900のスタイリングにとても重要なパーツです。その位置を微妙に変えるのはもちろん、高さや角度が違うシートを何度も作り、それを装着して乗り込み、乗車感を作り込んでいきました。」
野原 「シート、特にタンデムシート周りには新しいチャレンジも入っていて、安田さんと何度も話をしながら作り込んでいきました。フォームの硬さが違うライダーシートとタンデムシートを一体形状とし、それを包むシート表皮がシートカウル的な役割をしています。その後端は、かつてYZR500などで採用した台形テールになっていて、そこに埋め込み式のテールライトがある。そのデザイン的な要件をクリアしながら、ライダーの乗車感やパッセンジャーの快適性、ホールド感を両立するのは本当に難しかったですね。」
安田 「実は1980年代辺りのWGPを見ると、当時のライダーたちは500ccマシンにまたがっても両足が地面にベッタリ着いていました。その両足をベッタリ地面に着けている余裕のある姿はライダーもマシンも格好良く見えるし、それがバイクを扱えている感へとつながります。それが、ハイパフォーマンスでありながら、臆することなく毎日乗りたいと思えるバイクの礎になる。
新型のコンセプトの源はレースにありますが、我々が作るのはストリートバイクでありネイキッドモデルです。パフォーマンスを高めつつ、マシンと人との一体感──我々がいつも口にする人機一体──は両立できるし、ネイキットバイクにこそそれが必要だと感じています。」
大石「 想定する新型XSR900のオーナーは、バイクの経験値が高く、バイク以外のことにおいても視野が広く、自分の身の周りにある全てのモノで自己表現をしたいと考えている感度の高いライダーです。その仮想オーナーたちは、最新モデルとしての高いパフォーマンスはもちろん、デザインの良さ、ディテールの良さにもこだわります。その結果、新型XSR900は、この車両用に新規で製作したパーツがとても多いモデルになりました。しかし我々は、それだけでは足りないと感じています。作りやパフォーマンスが良い車両であっても、これまでお話ししたような、先輩エンジニアたちの挑戦の歴史とともに、開発に携わった作り手の思い、開発の背景に流れるストーリーの多様さや奥深さがとても重要です。そのヤマハの哲学こそが、新型XSR900の最大の魅力であると、我々はアピールしていきたいですね。」
ヤマハは2014年にMT-09とMT-07を立て続けに発表。それは、ヤマハのスタンダードが、次世代モデルへと入れ替わるという狼煙であった。そして、時を同じくして、ヤマハモーターヨーロッパが主導し、「YardBuilt(ヤードビルト)」と名付けたカスタムプロジェクトがスタート。それは、パーソナライズという、バイクの普遍的な価値を再定義したのである。そのプロジェクトの延長線上に誕生したのが、 XSRシリーズだったのだ。
新型XSR900は、XSRファミリーであることが瞬時に理解可能な一方で、新たな価値を持って登場したことも納得できる仕上がりだ。その理由は、ここで語った開発陣の言葉に集約されている。実車を見れば、その言葉がさらに深く理解できるだろう。
新型XSR900開発に携わった人々
ヤマハ XSR900主要諸元
[エンジン・性能]
種類:水冷4ストローク並列3気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク:78.0mm×62.0mm 総排気量:888cc 最高出力:88kW(120ps)/1万pm 最大トルク:93Nm(9.5kgm)/7000rpm
[寸法・重量]
全長:2155 全幅:790 全高:1155 ホイールベース:1495 シート高:810(各mm) タイヤサイズ:F120/70ZR17 R180/55ZR17 車両重量:193kg 燃料タンク容量:14L
[車体色]
ブルーメタリックC、ブラックメタリックX
[価格]
121万円
レポート●河野正士 写真●河野正士/ヤマハ