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新型=4代目PCXシリーズの開発リーダーを務めた大森純平さんは「新型は排気量拡大を含めたエンジンありきの開発だった」と語る。
そのため、軽二輪版PCXの新型「160」と先代「150」の徹底比較を行った。
新型PCXのエンジンは「出力向上・燃費向上・コスト据え置き」の欲張り仕様
実際に新型=4代目PCX160に乗ってみると、排気量拡大による出力アップの効果は明らかだ。発進加速は圧倒的に新型がパワフルで、開け始めからほぼタイムラグもなく力強く直線的な加速で、90km/h付近まで一気に伸びていく。
先代=3代目PCX150に比べると格段に向上したこのダッシュ力は、誰が乗ってもすぐに分かるだろう。
また、スロットルレスポンス性も向上しており、街中での扱いもよりスムーズになっている。
PCX150、PCX160ともに100km/h付近までの到達にはそれほど時間がかからないが、そこからの最高速は若干だが新型の方が伸びている。総じて、高速道路の100km/h巡航も苦にならないし、新しくなった車体と相まって高速の直進安定性も良好だ。
しかし、単純なパワーアップだけが新型のエンジンに与えられた使命ではない。環境対応もさることながら、「重量増・コスト増をしない」という重大な課題もあったのだ。その点をどう解決したのだろうか? 新型PCXでエンジン開発を担当した武市廣人さんは次にように語る。
──新型PCXのエンジン開発で難しかった部分はどんなことでしょう?
武市:新しいエンジンの持つ根本性能を、周囲の装備を煮詰めることで街乗りに最適化させることでした。単純に4バルブ化するだけでは、高速域は有利になりますが逆に低中速域のパワーが削がれる傾向にあるので、そこをどう対応するか。今回は主に吸排気系の諸元を変えることで、その点をクリアしています。
──軽くするための具体的な追求はどう行っていったのですか?
武市:排気量拡大によってエンジンのレイアウトが単純に大きくなったわけですから、ウォータポンプ周りやその配管をシンプルにして軽量化しています。ここがエンジン周辺で大きく変わっている点です。
このように従来エンジンからのレイアウト上の変更など、新型エンジンではシンプルに軽く、安く、という工夫を加え、総じてさらに合理的な設計を実現しました。その結果、エンジン単体では重量増がないのです。これはチームの総合力だと思っています。
──そもそも排気量を拡大するとなると、従来と同じ材料・同じ製法なら、エンジン重量は重くなって当然だと思います。そこでの苦労はなかったのですか?
武市:先代の基本設計は10年前のものですが、その間に設計や製造におけるツールが著しく進化しました。それまでの「過去の経験に基づく開発」をする前段階において、最新の設計ツールによる細かな作り込みの積み重ねができ、目標を達成できたのだと思います。今現在やれることを純粋に追求した結果です。
──昔は抜けなかった肉が抜けたとか、製造面ではバイトが入らなかった部分に入るようになったといった進化もあるわけですね?
武市:そうです。これまでは「どうしてこれができるのか?」と、疑問が出た場合は(実験をしての)裏付けデータが必要でしたが、今は「このような観点で、この方法を使えばできる」という(机上の)検証が行えるようになりました。
その昔は手計算でしたが、今はコンピューターですので、全体で考えれば現在の方がはるかに作業は楽になっています。それに加え、代々開発をしてきた方々のノウハウもあるわけですから。
新型=4代目PCX160の新開発4バルブエンジン
「eSP+」と名付けられた新開発エンジン。軽二輪モデルは排気量を156ccに拡大した。最高出力15.8馬力、最大トルク1.5kgm。
出力向上、フリクション低減、環境規制への適合を徹底的に追求した新エンジン。アイドリングストップシステムは継続採用されている。
4バルブ化されたシリンダーヘッド。先代PCX150に対し、ボアストローク比はショートストローク型となった。
新エンジンではクランクまわりを高剛性化。クランク右側ベアリングにはローラーベアリングが採用され、高回転時のクランクシャフトのたわみを抑制。出力の効率アップや、騒音・振動の低減に貢献している。
フリクション低減→燃費性能向上のため油圧カムチェーンテンショナーリフターを採用。騒音・振動を抑制する効果も。
出力向上と特性が変わった新エンジンにあわせ、ドライブ/ドリブンともプーリーサイズを変更。ミッションレシオの見直しも行われている。
先代=3代目PCX150の熟成を重ねたeSPエンジン
2012年、初代PCXに「150」が追加された際に誕生した「eSP」エンジン。熟成を重ね3代目まで採用され続けた。最高出力15馬力、最大トルク1.4kgm。
2代目→3代目へのモデルチェンジの際、吸排気系の変更で高回転域の出力を向上。また排気量の変更も行われた(初代&2代目152cc→3代目149cc)。
2代目よりさらに快適性を高めるため、3代目では駆動系が新設計された。ドライブ/ドリブンともプーリーを大型化し変速比の幅を拡大。
2代目→3代目へのモデルチェンジの際にはラジエターまわりも新設計された。高効率の小型ファンを採用し向上した出力(=排熱量増)に対応。ラジエターの大型化を避ける工夫が行われた。
レポート●関谷守正/上野茂岐 写真●柴田直行/ホンダ