左がADV150の開発責任者・箕輪和也さん。タイ・バンコクのHonda R&D Southeast Asia CO.,Ltdで、プロダクトエンジニアディビジョン アシスタントチーフエンジニアを務める。
右がADV150の営業領域責任者・古賀耕治さん。ホンダモーターサイクルジャパン企画部 商品企画課で、コミューターモデルを主に担当する。
2月14日に発売されたホンダ「ADV150」は、ベストセラーの「PCX」をベースに、オフロードテイストを盛り込んだ新型軽二輪スクーターである。
発売前の時点で年間販売計画台数3000台を大幅に上回る4000台の受注となるなど、ADV150はPCXに続き一躍ヒットモデルへと躍り出た。
その魅力は何なのだろうか? 同車の開発責任者・箕輪和也さんと、営業領域責任者・古賀耕治さんへのインタビューから読み解いてみたい。
聞き手は試乗レポートを行った関谷守正と、ADV150の兄弟車・PCXのオーナー目線で試乗レポートを行ったモーサイ編集部・上野である。
ADV150の企画はインドネシアからスタート
関谷:そもそも、ADV150の商品企画は生産を担当する東南アジアの要望によるものなのですか?
箕輪:最初に声を上げたのはインドネシアでしたが、それを受けてタイで企画を練る際に想定していたのは、主にインドネシア、タイ、そして日本です。かなり初期の段階から、日本サイドとして古賀も企画に参画しています」
関谷:古賀さんとしては「PCXは日本でも売れていることだし、きちんと日本市場も押さえてくれないと困るよ」といった感じですか?
古賀:いつも台数決定などでは現地の意見に負けますので、声だけは負けないようにしました(笑)。具体的に要望したのはリヤキャリヤ周りです。取り付け強度など最初にフレームを決める際に言わないと採用されませんからね。あわせて電装系ですね。オプションでグリップヒーターを採用するにあたって、日本仕様だけ発電量上げてます。
関谷:インドネシアではグリップヒーターいりませんよね。
箕輪:そうですね、あったら迷惑かなと(笑)
古賀:日本では軽二輪スクーターの販売台数が一時ドンッと上がったものの、駐車場問題で落ち込んでしまいました。そうしたなかでPCX150は健闘してくれていた。さらに市場を活性化させたいという思いは全員共通でしたので、それならPCXの先にもお客様がいらっしゃるのではないか……東南アジアでもそんなコンセプトがあると分かり、日本でもそういう分野を狙いたいという考えがありました。
関谷:インドネシアではオフロードがけっこう流行っているような話も聞きますが、実際はどうなんですか?
箕輪:大きなムーブメントにはなっておりませんが、アフリカツインが紹介されて話題になったり、CRF系も出てはおります。
四輪のSUVが流行り始めているというのは、インドネシアでもタイでも同じですね。オフテイストと言いますか、実際にはオフロードに行かないけれど“泥”を感じさせるものがカッコよくて男らしい、同時にそれが目新しくも感じるられているので、そう言った商品ならお客様に受け入れていただけるのではないかと考えたのです。
スタイルだけですとギミックにも受け取られる場合もあるので、できる限り性能もリアルにしたかった。インドネシアでは2019年7月から販売されておりますが、動画サイトなどでは無茶な走りをされているお客様もおいでなので、うれしい反面、心配しながら見ております(笑)
関谷:オフロード性能については、どんなレベルを想定したのですか?
箕輪:砂利道やフラットダートは現地の日常的なシチュエーションとして存在しているので、通常のモデル開発ですと、走って危なくない、いきなり破綻しないという、どちらかというとミニマムな領域でやっております。
しかし、ADV150ではもう少し積極的に「この砂利道入ってもいいかな」とか「この林道をもう少し行ってみようかな」というような性能を目指しました。 スクーターとしての限界がありますので、そこは難い部分でもありますが。
関谷:現地の日常的な使用環境にはわりとオフロードもあるから……という実用性なのか、あるいはもう少しスタイルとかファッションの方向なのか、ウェイトを置いたのはどちらでしょう?
箕輪:どちらの面もある意味正しいとは思います。特にインドネシアやタイですと、舗装路であってもまだまだ路面状態は良くないですし。
家まで最後の100mは砂利道というのは普通のことで、PCXを始めとしたスクーターもそういった環境で乗っていただいておりますが、そういうところでも快適に乗れるものを……というのがひとつありますね。
それと日本、インドネシア、タイを問わずですが、普段は都市圏から出ないで仕事をされているお客様に、このADV150に乗ったら「週末はちょっと郊外に出てみようとか」といった気持ちになれるようなモデルにしたかったんです。
X-ADVのミニチュアではなく、安易なPCXのバリエーションでもなく
古賀:コンセプトでは、オンオフモデルの「オンオフ」に、日常の「オン」と休日の「オフ」も引っ掛けており、シティとアドベンチャーで「シティアドベンチャー」という言葉を使っております。特に日本はそこに加えて「所有する喜び」が必要であると考えていました。簡単に申しますと、フォルツァがあり、そこにPCXが出て、それらと同じ路線では行きたくなかったし、お兄ちゃん……X-ADVがいたというのもありますね。
関谷:そう言った意味では、PCXベースだからひと粒で二度美味しいと?
古賀:そういう面はあるので、個人的には「安く、早く作ってよ」と思っていたのですが(笑)、 結果的にはいろいろな部分にしっかりと手を加えておりますので「すごく安く」とはならなかった。完成までの時間は多少は早くしてもらいましたが。
上野:タイ側のデザインだそうですが、もともとX-ADXを意識してああいう形にしたのか、それとも例えば四輪のSUVをイメージしたのか、デザインのヒントやモチーフになったものは何ですか?
箕輪:X-ADVは意識しないようにしていたと思います。どちらかというと、四輪の高級SUVですとか、タフさを感じさせるガジェット類とか、そういったもののインスピレーションで描いていると思います。
よく「X-ADVのイメージが表現できているね」と言っていただくことがあるのですけど、2台並べて見ていただくと面構成、部品配置などまったく違っているのがわかると思います。ですが、単体でパッと見た時にX-ADVの弟分と言われそうな、絶妙な関連性を持たせていますね。
古賀:そこがグローバルモデルのいいところだと思います。デザインコンペは、タイだけではなくて、イタリアとか日本とか他の地域のデザイナーにも参加してもらっています。
関谷:設定されている車体色を見ると確かに高級SUVに通ずる印象がありますが、車体色もそういう路線の延長なんですか?
箕輪:カラーリングコンセプトは大きく分けてふたつ、メタリック系のカラーで装飾の少ないバージョンと、ストライプがあるバージョンでして、メタリック系の方はそういう高級SUVを意識していですね。ランボルギーニ、ポルシェ、ああいったところからインスピレーションを得た部分はあります。
関谷:ランドローバとかも、ああいう色合いですよね。緑とかガンメタとか、高級感や質感を出すうえではちょっといやらしい色ですよね(笑)
箕輪:複雑な面にきれいに映えるんです。
関谷:そうですね。 色だけを見ると地味に見えるんですけどね。
箕輪:基本的な立体の造形で陰影がしっかり表現できているので、パッと見ると落ち着いて地味にも見えるのですが、光の加減によって表情を様々に変えるので、非常にきれいに仕上がったと思います。
古賀:日本は黒がいつも一番人気なんですが、予約段階の割合で言うと黒36%、赤35%、イメージカラーのブラウンが30%なので、ほぼ偏ることなく受け入れていただけたと思います。メタリックのブラウンは難しいなとも思っておりましたが、ADV150の新しいコンセプトを打ち出すには、色でも各国で合意できたので、これで行こうとすぐに決まりました。
上野:日本には入って来ない色もあるんですか?
古賀:あります。東南アジアは確か6色設定です。販売台数が違うのでカラーバリエーションも多い。向こうは月に1万台売れているそうですから。
関谷:全部で年間400万台の市場ですからね……PCXが出た時、それまでになかった革新的なスクーターが現れたという感じがありましたが、ADV150が登場してみると「あれ、PCX、なんか古い?」と感じてしまいました(笑)
2台が並んで走っている姿をたまたま後方から見たのですが、リヤのボリュームが全然違うんですよ。PCXはややポテっと膨らんでいて、タイヤが細くて、いわゆるスクーター然といったシルエットを踏襲しているのに対して、ADV150はスリムでモダンな感じがするんですよ。それを見てADV150は売れるんじゃないかなと思いました(笑)
古賀:市販予定車として展示した東京モーターショーの会場で「今までのスクーターとはちょっと違う、こういうのを待っていたんだよ」とでお客様から声をいただきまして。手応えはそれなりにはあるなと思っておりましたが、その予想を大きく上回る受注があり驚いています。
関谷:PCXとADV150の関係は、スーパーカブとクロスカブの関係と同じに思えます。乗っている時の気持ちとか、フィーリングって、完全にPCX版のクロスカブみたいな感じです。 そういった意味で、商品としてきちんと成立している。
古賀:コンセプトを分けていったのは、まさにそういう思いでした。日本における普段使いのSUVだったり、キャンプのグランピングだったり、そういうライフスタイル自体も東南アジアの方では憧れを持って見ているという話もありましたので、悪路走破性とか、その地域に合わせた作りというよりも、より豊かな生活までイメージできるところまでをも踏まえているのです。
まとめ●関谷守正 写真●柴田直行/ホンダ