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独占インタビュー「鈴鹿8耐、3連覇を達成したHRCファクトリーの真実:マシン編」2024年型CBR1000RR-R SP

鈴鹿8耐 CBR1000RR-R 2024 HRC ホンダ

「2024鈴鹿8耐CBR1000RR-R SP」はどう作られたのか、開発責任者・関 弘幸氏に聞く

フォーミュラEWC(世界耐久選手権)、全日本JSB1000、SBK(スーパーバイク世界選手権)に使われる車両は、市販車をベースにしている、いわゆるスーパーバイクだ。メインフレームは、基本的のSTD(補強可)で、エンジンもシリンダーヘッド、カム、ミッションレシオ以外、大きな改造が許されていない。したがって、ホモロゲートされたベース車両の基本性能・特性が反映されやすい。

ホンダ CBR1000RR-Rは、2020年にデビューして、2022年にマイナーチェンジ。そして2024年にフルモデルチェンジした。HRCの場合、1年かけてマシンを作れる。なぜならチームHRCとしては、ボルドール24時間など、他のラウンドに参戦しないからだ。8耐を走るCBR1000RR-Rは、いわば鈴鹿8耐専用車だ。

「ただ今年、2024年でいうと、例年のような開発はできていません。今年はベースマシンがフルモデルチェンジとなったので、SBK用のマシンの開発を優先し、鈴鹿8耐用のマシンも開発していました」(鈴鹿8耐CBR1000RR-R開発LPL・関 弘幸氏)

鈴鹿8耐CBR1000RR-R SP開発責任者を務めた関 弘幸氏

SBKでは思うような戦績を残していない。しかし、ベースマシンが同じなのに鈴鹿8耐では3連覇。この違いはどこにあるのか?

「SBKは10数年のブランクがあって(2020年から)復帰しましたが、(ブランクの)その間にタイヤも変わっていて、まだいろいろ学んでいる最中です。レースではやはり間を開けると戻るのが大変です。鈴鹿8耐に復帰した時(2018年)も大変でした。しかも、SBKに復帰した時期はコロナ禍で日本人スタッフが自由にヨーロッパに行けなかったため、開発に大きく影響しました」

「SBKも少しずつ(勘所を)掴み始めてはいるので、今後に期待してください。鈴鹿8耐の場合は、鈴鹿8耐でホンダが全盛を極めていた頃の先輩方がまだ現場にいたので、人材育成や世代交代が上手くいったのです。知見の継承ですね。また、SBKはピレリタイヤで、鈴鹿8耐はBS(ブリヂストン)タイヤ。ホンダはBSタイヤでの経験が長く知見があるので、それも大きいでしょう」

タイヤ剛性の高いBSタイヤと鈴鹿というグリップの高い路面、それに対応して開発できるファクトリーマシンという組み合わせが、間違いなく鈴鹿8耐でホンダが強いことの理由のひとつだろう。一方、比較的しなやかなピレリタイヤについては、SBKのような高いレベルで戦うには、まだ合わせ込みが必要なようだ。

ピークパワーを削り、低中速を出す

さて、2024年型CBR1000RR-R SPはエンジンでは低中速を重視し、車体ではより旋回性を向上させた特性になっている。

「HRCファクトリーマシンの場合、最高出力は去年のモデル(2023年型8耐仕様)より抑えて、その分を低中速側に振っています。低中速で有効なトルクを生かした方が最高速への到達時間を短くでき、その方が鈴鹿の場合は速く走れるからです。その特性が一番分かりやすいのが、スプーンカーブからの立ち上がりからバックストレートのセクション。立ち上がりでスムーズにスピードを乗せ、早いタイミングで最高速に到達させています」

鈴鹿のバックストレートは130R手前で最高速が出る。例えば990ccのMotoGP時代のドゥカティのように、バックストレートにおいて5→6速の最高速域でもウイリーするほどパワーはあっても、そのパワーがラップタイムに反映しないのでは意味がない。だから2024年型 CBRは、ピークパワーを削ってまで低中速にこだわった。

「低中速を意識してバルブタイミングをいじると、どうしても(最高出力が)下がってしまう……それならば、ピークパワーより実効性のある使えるトルクを増やした方がレースでは有利ですから」

例えば、最高出力を確保しておいて、トラクションコントロールなど電子制御で何とかするというアプローチでは無理があるのだろうか?

「やはりエンジンそのものが持つ特性が効くのです。路面コンディションやタイヤ(のグリップ)の変化とか、長いスパンで耐久レースということを考えると、(トラクションコントロールなどの)電子制御よりエンジンの素の特性でグリップさせた方が良いし、ライダーもコントロールしやすいでしょう」

「カムはHRCのスペシャルです。面白いことをしているのかとか、そういうことはなくて、2024年型の素の特性をいかに引き出すかに注力しています。2022年型までのワークス仕様より、さらに中低速のトルクを上げています。2024年型はより扱いやすい特性にしたのです。そもそも公道での扱いやすさと、サーキットでの扱いやすさの両立が、2024年型ベースマシンの狙いですから」

エンジン右面

このベースマシンの特性を活かしたチューニングもあって、3人のライダー(高橋 巧、ヨハン・ザルコ、名越哲平)の誰が乗ってもレースアベレージで2分7~8秒が出せた。そのラップタイムでワンスティントを27ラップ、28ラップ走れる。

「3人のライダーを、いかに速く、いかに疲労なく走らせるか。そういうマシン作りをしています」

決勝では3人とも、キレイに2分8秒台のターゲットタイムを揃えてみせた。その扱いやすさや速さのつながるもうひとつの要素がミッションだ。FIMが公認するミッションレシオは、1シーズン・1メーカーにつき、STD、他2レシオの計3レシオだ。

「ホンダとしては、2024年型(STDとSPの2モデルで)で計3レシオになります。2024年型はプライマリーレシオ(1次減速比)が変わっています(従来1.630→新型1.687)。そのプライマーレシオでファクトリーマシンとして動力性能を見直したときに、2024年のHRCキットとして売られているミッションレシオが、鈴鹿でパフォーマンスが最大化できるレシオでした」

「したがってファクトリーマシンでも、キットとして市販されているミッションと同じレシオを使っています。CBRとして、3レシオ登録できますので、EWCのシリーズの24時間向けに、1レシオ追加でき、ホンダの2024年型としてはSTD、(鈴鹿8耐で使った)HRCキット、EWCの24時間用の3レシオを登録しています。」

8耐ライダーのひとり、ヨハン・ザルコ選手はこんなことを言っていた。「ヤマハは最終コーナーで滑っている。ウチはそこ我慢して(グリップさせて)、続く直線でウチがかわす」。そのザルコの言葉通り、HRCのCBRはYARTをかわした。低中速重視、旋回性の良さという2024年型の特徴が出た場面だった──車体回りは、どう進化しているのだろう。旋回性の良い、運動性に優れたマシンは、どうやって生まれてくるのか。

左スイッチボックス:緑・黄色・青のスイッチが制御モード切り替えスイッチ、その上にある黒いスイッチ(OFF、RUNの表記があるもの)がPITレーンスイッチ
右スイッチボックス:D/Wと書いてあるグレーのスイッチは制御モード切り替え、その下にある黒いスイッチ(OFF、ONの表記があるもの)はゼッケン

規則の最低重量より軽い仕上がり!?

2024年型のSTDのフレームは、従来と比較して960gの軽量化を果たしている(最低肉厚は2mm)。また、ハンガーボルトもボルト長の短縮と締結構造の変更(エンジン締結は6ヵ所)で140gの軽量化。加えてエンジン単体で720g量化しており、トータルで約1.8kg軽くなっている。

ただ、軽量化と言っても、フォーミュラEWCの最低重量は170kg(フューエルタンクと内容物=燃料と燃料ポンプを除く)。フリー走行・予選中にピットレーンで計測する最低重量は177kg(フューエルタンクや内容物を含む)だから、単純にはいかない。

「正直に申しますと、出来上がったマシンはレギュレーションの最低重量より軽くなっていますので、最終的にはダミーウェイト(バラスト)を搭載して調整しています。それが何kgあるのかは明かせませんが、けっこう積んでいます。ダミーウェイトは通常、ステンレスですがタングステンも使います。ただし、タングステンは高価な上に難削材ですから、コストも時間もかかる……」

だから、ウェイトはステンレスをメインにして、ここぞという部分にタングステンを使うということになる。比重ではステンレスが7.7~7.9、タングステンは19.3で、一般的な鉄が7.8だ。マシンを規定より軽く作っておいて、慣性モーメントが小さくかつ低重心になる位置にダミーウェイトを配置すればかなり有効だ。しかも、取り付ける位置を数ヵ所に分けることもできる。このように、ダミーウェイトを積極的に使えるから、マシンを軽く仕上げておくことは有利だ。

「ウェイトの取り付け箇所は、フレームのロアークロス部分(スイングアームピボット下を左右につなぐ個所)の比較的重心に近いところに積んでいます。レギュレーションでM8(8mmネジ)2本以上で締め付けなければならないので、キチンと取り付けています。車検の際には、どこにダミーウェイトを積んでいるかを申請しなくてはいけないので、隠しようがありません(笑)」

「運動性能は、物理的な諸元で決まってしまいます。我々のやることは重心をどこに置くか、慣性モーメントをいかに小さくするか、いかに軽く作るかです。重心をどこに置くかはまず大物部品の配置です。ECUやバッテーをどこに置くか、ハーネス(配線)をどこに通すかです。ECUも1㎏ぐらいあるのでフューエルタンクの下に配置しています。バッテリーはエンジン左サイドのシリンダー後方にあり、CFRPでカバーされています」

「慣性モーメントを小さくするには、とにかく重心から遠いところに重い物を置かないことです。そして、単純に重量が軽くなれば慣性モーメントを小さくできるので、軽量化には徹底して取り組んでいます」

バッテリーは、STDのCBRと同じエリーパワー製リン酸鉄リチウムバッテリー。そしてECUはMotoGPと同じマレリ製だ。

「EWCではECUを自由に選べますが、マレリ製を使っています。マレリ製にすればMotoGPでも使っていますので、ホンダとしては使いやすい(ソフトはホンダのオリジナル)。ただMotoGP用とは別物です。ECUは、求められる機能、性能の中から最適なものを選択しています」

エンジン左面

2024年型は旋回性重視

2024年型のフレームは軽量化と同時に、従来比で横剛性−17%、ねじれ剛性−15%と、剛性を落としている。その狙いは、しなやかさを出して旋回性を向上させることだ。その背景には、SKBで使用する(剛性が低めな)ピレリタイヤへの対応もあるのだろう。

「メディアでは『8耐仕様HRCファクトリーマシンは曲がる』というように書かれてもいますが、私たちとしては決して曲がるとは思っておらず、もっと旋回性を出さなくてはいけないと考えています。(STDベース)のフレームですが、補強は可能です」

フレームは、スーパーバイク全般ではガセットやチューブで補強できる(逆に取り去ることは不可)。フレーム補強はもちろん行っていて、高橋 巧選手たちが全日本で使用するフレームとは別物の、BSタイヤの剛性に対応した8耐専用となっている。ちなみに、全日本にはHRCファクトリーは参戦していないので、CBR勢は原則的にHRCキット車での参戦となっている。

これに加えてフォーミュラEWCでは、ステアリングヘッドはベアリングシートを挿入してベアリングで前後プラスマイナス6mmの位置変更が可能、スイングアームピボットは前後にプラスマイナス5mmの位置変更が可能だ。いずれも必要な溶接・切削加工が許可される。

「ステアリングヘッドでは本当にほんの少しですが、キャスターを変更しています。スイングアームピボットは内側にカラーを入れて、その偏心でピボット位置を少し上にしています(スイングアームの垂れ角が付く方向)。前後位置は変えていません。スングアーム長はSTDより長くもなく、短くもなく、です」

つまり、HRCファクトリーの8耐仕様はSTDのキャスター角24°07′よりほんの少し変更していて、ホイールベースは1,455mmとほとんど変わらない。スイングアームはHRCキット車のものと似ているが、こちらはファクトリースペシャルだ(BSタイヤに対応するため剛性が異なっている)。

「スイングアームは削り出し加工ではなく、プレス加工です。削り出しにしたからといって、性能が劇的に上がるのかと言われれば……あまり変わりません。むしろ、あそこまで薄く削っていくと歪んでしまうので、そこで歪み矯正を入ると精度保証や手間が……」

削り出し加工なら自由に形状を選べるが、とてつもなく高価になる。形状がある程度決まっていれば、プレス材の溶接で充分なのだ。スイングアーム形状で特徴的なのは、ブレーキディスクを大きくオフセットして、幅広くなっていることだ。これは、タイヤ交換時に有利になるが剛性的には不利になる。実は長年この形状を採用している。

「やはり鈴鹿8耐の場合は、ピット作業の所用時間が重要ですから」

ピット作業で1秒ロスをして、それをコース上で取り戻すのはライダーの大きな負担になる。また、7~8回ピットなら7~8秒のタイムロスになる。鈴鹿8耐では勝負を左右するほどのロスだ。

「結果は8耐3連覇ですが『あの時、ああだったら負けていた』ということもあるんです。今年でいったら、SC(セーフティカー)が入ってリードがなくなってしまうと思ったら、実際は一瞬しか入らなくて……それに40秒リードしていても、最後にペナルティがあってその差は約8秒になってしまったわけですから。鈴鹿8耐は、本当に何が起こるかわからないのです」

「2024年型HRCファクトリーマシンでは、まだまだやり残しことがあります。エンジンも車体も、まだ伸びしろがあると思っています」

レポート●石橋知也 写真●柴田直行 編集●上野茂岐

【画像22点】2024年鈴鹿8耐 HRCファクトリーマシン CBR1000RR-R SPの細部を見る

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