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ホンダの最新スーパースポーツ「ファイアブレード」の実力を改めて検証する
2024年、ホンダのフラッグシップスーパースポーツCBR1000RR-Rファイアブレードがモデルチェンジ。
イギリスのモーターサイクルジャーナリストで、マン島TT参戦経験もあるレーシングライダーのアダム・チャイルド氏が、その最強バージョンである「SP」をポルティマオサーキットでテスト。
ホンダによれば、2024年型の変更内容はエンジン各部の改良による中速域の加速性能向上、扱いやすさに貢献する2モーター式スロットルバルブ採用、フレームボディの構成部品の改良と軽量化、ウイングレットなど外装パーツの改良となっているが……。テストを終えたアダム氏によれば「そうして文字で記される以上に、従来型から劇的に進化している」とのこと。
では早速、その試乗レポートを紹介しよう。
2024年型ファイアブレードは、マイナーチェンジというには変わりすぎている
ホンダ CBR1000RR-RファイアブレードSPは、2023年のイギリスのナショナル・スーパーストックシリーズを制覇し、マン島TTのスーパーバイクTTでも栄えある勝利を飾ったにもかかわらず、とくに重要なレースであるスーパーバイク世界選手権(WSBK)では成功していない。2023年のコンストラクターズランキングは最下位に甘んじている。
しかしホンダはスズキやヤマハのように並列4気筒1000ccスーパーバイクの生産を終了することなく、大幅な改良を施した新型を投入することでドゥカティ パニガーレV4に立ち向かおうとしている。
編集部註:2024年2月、YZF-R1に関してヤマハレーシングは「最新の環境規制ユーロ5+対応を鑑み、2025年以降はYF-R6と同様にサーキット専用車のみの販売となる」と発表している。
エアロダイナミクスを刷新したボディワークこそ大きく変化しているが、ホンダによれば2024年型は「アップデート」の範囲となるらしい。しかし、それは本当か?
独立した2モーター式の「スプリットスロットル」、エンジンの軽量化、フレームとスイングアームの改良、オーリンズ製スマートEC3.0サスペンション、最新電子制御テクノロジーなど、ホンダは新型CBR1000RR-RファイアブレードSPに持てる力を惜しみなく投入しているのだ。
走行特性はサーキットでのパフォーマンス向上に主眼を置きつつ、ライディングポジションの刷新、中速域のパワフルな加速特性、改良されたミッションは、一般公道をメインとするライダーにもうれしい変更だ。
とはいえその本領を確かめるべく、ヨーロッパで最もチャレンジングで、最も速いとされるポルトガルのポルティマオサーキットに私は向かった。
新型ファイアブレードの改良箇所を詳しく見ていくと
ホンダとHRCのエンジニアたちは、従来型よりもよりパワフルで野獣のようなファイアブレードを作ることができたはずである。しかしエンジニアたちは、コーナー立ち上がりの加速力に重点を置き、コントロール性を高め、優れた車体パッケージを作る方向へファイアブレードを進化をさせた。
まず、エンジンが大幅に改良されている。
バルブの軽量化、新設計のバルブスプリング、バルブタイミングとポート形状の改良、13.6まで高めた圧縮比によって、中速域のトルクを強化。さらにクランクシャフトの軽量化とチタン製コンロッドによるクランク慣性の軽減を図り、スロットルレスポンスをさらに俊敏な特性とした。最高出力と最大トルクの数値こそ従来型と変わらないが(218ps、11.5 kgm)、発生回転数はいずれも500rpm低い。
また、新型の燃料供給システムには2モーター式スロットルバイワイヤを採用した。一般的にはスプリットスロットルともいわれるもので、4気筒のうち2気筒ずつ別々に作動させるシステムだ。理論的には、スロットルを開けると1対のシリンダーに混合気が送り込まれるとすぐにもう1対が動作するので応答性が良く、よりパワフルな駆動力を得られる……という仕組みだ。同時に、エンジンブレーキも強くなる。
この特性をさらに活かすため、トランスミッションは6段すべてギヤ比を最適化し、よりパンチの効いた走りを実現している。マフラーはアクラポビッチと共同開発した新開発のチタン製で、従来型よりも静粛性を高めているため、サーキットにおいても騒音規制を気にせず走れるようになった。
新型のアルミ製ダイヤモンドフレームは、横剛性を17%、ねじれ剛性を15%低減するために各部の肉厚を変更し、軽量化も達成している。RC213V由来のスイングアームには、市販車初採用となるオーリンズ製スマートEC3.0電子制御サスペンションを組み合わせ、43mmNPXフォークとTTX36リヤショックのセッテイングも刷新している。
当然のようにライダーを全面的にサポートする電子制御デバイスも期待どおりに充実している。ボッシュ製6軸IMUによって「レースモード」にもコーナリングABSを搭載した。トラクションコントロール(HSTC)は、新しいエンジン出力特性に合わせるべく9段階に細分化。ローンチコントロール、ウイリーコントロール、リヤホイールの浮き上がり防止、3段階に調整可能な電子制御ステアリングダンパーなども搭載している。さらにクイックシフターは、ソフト/ミディアム/ハードの3段階で作動範囲を調整できる。
ホンダは新型CBR1000RR-RファイアブレードSPがレースで勝利することを目標に掲げているが、ライダーがよりリラックスしたライディングポジションをとれるよう、ハンドルグリップ位置は19mm高く、ステップは16mm低くしている。燃料タンクはわずかに増量した。
また、低温モードが追加されている。これはエンジンが冷え切っている状態ではレブリミットが8000rpmに制限され、エンジンの急激な温度上昇を防ぐ機能だ。低温モードの作動状況は5インチフルカラー液晶メーターに表示される。
形状変更されたウイングレットはダウンフォースを増加させるものではないが、ヨーイング(車体の進行方向に対して左右の回転力)を10%軽減するという。これによって高速コーナーにおける車体の重量感を軽減する。この特性は従来型に乗っている仲間に対する大きなアドバンテージだ。
新型CBR1000RR-RファイアブレードSPに採用された技術的、機械的なすべてを網羅するにはここではスペースが足りない。また、試乗した時間内ではライダーをサポートする電子制御デバイスのすべてを試すこともできなかったが、ユニークと感じた機能のひとつは、ライダーの体重を入力すると、適切なプリロード設定値が示されることだ(調整は手動で行う)。
2モーター式スロットルバイワイヤが恐るべき効果を発揮する
MotoGPでもお馴染みのポルティマオサーキットはジェットコースターのように激しい高速サーキットで、私もこのコースのことはよく知っている。私はここで2017年型ファイアブレードを走らせたし、最近ではドゥカティ パニガーレV4Sも走らせた。2023年型ファイアブレードの走行体験も豊富に持っている。
また、私は事前取材を行い、ホンダによる長く有益な技術解説を聞き、ホンダのエンジニアやマン島TTのレジェンドライダーであるジョン・マクギネスとも話をした。それにもかかわらず、新型CBR1000RR-RファイアブレードSPは私の想像を軽く超える走行性能を有していたのだ。
まずエンジンだ。スペックでは従来型と同じ数値=218psなのだが、新型は20psもパワーアップしたのではないかと思うほど力強く走る。この駆動力は絶大だ。ホームストレートで300km/hギリギリ手前でギヤを5速に入れても、新型CBR1000RR-RファイアブレードSPは地平線に向かって爆走し続けていた。ホンダはこの999cc並列4気筒が市販車で最も強力なエンジンだと主張しているが、それに疑う余地はない。従来型も速いバイクだったが、新型はさらに上のレベルの速さなのだ。
しかも、このエンジンはただパワーアップしただけではなく、スロットルレスポンスの正確さと滑らかさは、あなたにWSBKライダーの気分をたっぷりと味わわせてくれるはずだ(しかもスプリットスロットルボディが発するサウンドとアクラポビッチの排気音には中毒性があるほどだ)。
4個のバタフライバルブがすべて開いたときでも唐突な挙動はない。すべてがスムーズで、実にホンダらしい仕上がりだ。
とくにスロットルの開け始めの挙動が素晴らしい。エンジン出力を「P1」にセットすると、スロットルレスポンスが鋭敏でトルクも強大だが、アグレッシブすぎると感じることはない。フルバンク中にスロットルを全閉状態から開けていくときリヤタイヤに負荷をかけすぎず、電子制御も作動させることなく加速したいと思うものだが、スプリットスロットルの効果によってリヤタイヤには適切な駆動力がかかる。そのおかげで周回を重ねるたび、コーナーの立ち上がりが速くなった。
そんなふうにして、218psという容赦のないパワーがスムーズかつ正確に絞り出されていると、ポルティマオサーキットでは少し不思議な、変わった感覚に見舞われる。私の拳はまるで鉄のようだが、ピアニストのような繊細なタッチで動くのだ。
数えきれないほどのレースバイクが同じくらいのパワーを持っているが、低速域やスロットルをわずかに開いたときの挙動には唐突さがあったりして扱いにくい。一方、ユーザーフレンドリーなバイクはトップエンドまで回しても興奮を感じられない。しかし新型CBR1000RR-RファイアブレードSPはラップレコードを更新する走行性能を持ちながら、走行中に怖さを感じさせないフレンドリーさを兼ね備えている。
シャシーの変更は劇的なものではないが、エンジンの改良と同じくらい印象的だ。新開発のオーリンズ製スマートEC3.0サスペンションは、コンプレッションとリバウンドを電子制御するセミアクティブモード(Aモード:「トラック」、「スポーツ」、「レイン」の3種)、またはダンピングをアクティブにしない固定モード(Mモード:M1、M2、M3の3種にそれぞれ自由に設定可能)がある。
Aモードではフロント、リヤ、ブレーキ、加速、コーナリングからなる設定値を微調整することが可能だ。Mモードでは、コンプレッション(圧側)とリバウンド(伸び側)を前後それぞれに5%ずつ調整でき、好みのセットを3種保存しておくことができる。
プリロードを調整するには手動で工具を使う必要があるが、一般的なサスペンションよりもはるかに容易、かつ迅速に行える。
ピレリ製スリックタイヤを装着して走行した最初のセッションでは、スマートEC3.0をAモード・スポーツを選択し、走行中にトラックへ切り替えた。近年のセミアクティブサスペンションの進歩は目覚ましく、電子制御式なのか機械式なのか、ちょっと走らせただけでは判断しにくい。電子制御式の弱点はロードインフォメーションを感じにくいことにある。しかしスマートEC3.0はコントロール性も応答性も良く、ポルティマオのように高速コーナーと低速コーナーが入り交じるクレイジーなコースであっても何ら問題がない。
2回目の走行では自分の体重を入力すると液晶メーターに表示される推奨プリロード値に設定した。標準設定は75kgだったが、80kgへと変更したのだ。わずか5kgの変更だが、これが大きな違いを生む。最初の走行よりもずっと走りやすい。オーリンズEC3.0の高性能を否が応でも感じざるを得ない。
とんでもなく速いのに、リラックスしてサーキットを走れる
200psを超えるバイクに乗っていて、これほどリラックスして快適に走れたことは今までに一度もない。まるで自宅でくつろいでいるかのようだ。
これはサスペンションだけでなく、エルゴノミクスの向上も要因だ。おそらくは剛性を落として柔軟性を持たせた改良フレームによるところが大きいのだろうが、従来型と同時に比較試乗してみないと判断するのはむずかしい。
それにしても天候悪化のため、ドライ路面では数回しか走れなかった。バイクにも慣れてこれからプッシュしていこうというタイミングだっただけに残念だ。サスペンションに関してはアクティブモードのみで、固定モードを試すチャンスはなかった。また、多種多様な電子制御デバイス群もその一部を試せたのみで、潜在能力のすべてを知ることはできなかった。
時間があったなら、とくに2モーター式となったスロットルバイワイヤによるエンジンブレーキシステムを試してみたかった。これはEB1(強)、EB2(中)、EB3(弱)の3段階に調整が可能となっている。
ブレーキについては、コーナリングABSに「スタンダード」、「トラック」、「レース」という3種のモードが追加された。レースにセットするとフロントのABSはコーナリング機能がオフとなり、リヤはABSがオフになるだけでなく、ハードブレーキ時の後輪浮き上がり防止も機能しない。
そもそも、ブレンボのスタイルマRキャリパーは素晴らしく強力で、なおかつ安定していて、周回を重ねるたびにブレーキタイミングをもっと遅らせてもよかったと思わせるほどだった。優れたブレンボ製ブレーキシステムとコーナリングABSの組み合わせは、高速コーナーでこそ威力を発揮するが、このことに気づくまで時間がかかってしまった。
ここまで読み進めてくれた皆さんにはすでにおわかりだろうが、私は新型CBR1000RR-RファイアブレードSPに大きく深い感銘を受けた。しかし、サラダよりもステーキを好むライダーにとってはフロントエリアが狭く、背の高いライダーにとってもコーナリング直前のタックインで苦労することだろう。また、電子制御デバイスが充実した半面、その理解と設定操作は複雑だ。だが、走行前に体重を計り、プリロードをダッシュボードが弾き出した推奨値に設定すれば、新型ファイヤーブレードの真価を発揮させられるはずだ。
「総合評価」2024年型ホンダCBR1000RR-RファイアブレードSP
息を呑むほど、でも叫びたいような……。それが試乗を終えた私の最初の言葉だった。主要諸元や資料を読んだだけでは、新型ファイアブレードがここまで進化しているとは想像していなかった。しかしいざ走らせてみれば、周回ごとにラップタイムが縮まった事実が示すとおり、速く走ることが容易なほど進化している。
2023年のイギリス・ナショナル・スーパーストック選手権(レースバイクは市販車ベース)では、2023年型ファイアブレードが圧倒的な強さを見せていたが、2024年型はあらゆる面でそれを上回っている。エンジンは中速域のパワーとトルクが強化され、2モーター式スロットルによって駆動力と加速力はさらに長けている。改良された新型フレームとオーリンズ製スマートEC3.0は、ライダーにこれまで以上の自信を与えてくれるだろう。ライディングポジションはゆとりあるものとなった。新型ファイアブレードは、週末の爽快なライディングをもっと楽しいものにしてくれる。
今回の試乗では、従来型と新型との完全な比較や進化の度合い、そして群雄割拠するスーパースポーツ群の中で、新型ファイアブレードがどのポジションに位置するのかを判断することはできない。やはり直列4気筒エンジンを搭載するBMW M1000RRがライバルである可能性は高いが、ヤマハ YZF-R1Mを過小評価することもできない。しかし最大のライバルはイタリアのアプリリア、ドゥカティかもしれない。
新しいCBR1000RR-RファイアブレードSPはWSBKで再び勝利を飾れるだろうか。それはまだわからず、時間が答えを教えてくれるだろう。しかしそんなことを私は気にしない。新型ファイアブレードは、公道走行可能なヘッドライトを装備しているものの、本物のレーシングバイクだからだ。他メーカーが1000ccスーパースポーツから撤退している今、ホンダが特別なスーパースポーツを作り上げたことは賞賛に値する。
レポート●アダム・チャド・チャイルド 写真●ホンダヨーロッパ/ホンダ まとめ●山下 剛
2024年型ホンダCBR1000RR-RファイアブレードSP主要諸元
■エンジン 水冷4サイクル並列4気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク81.0mm×48.5mm 排気量999cc 圧縮比13.6 燃料供給装置PGM-DSFI(電子制御燃料噴射装置) 点火方式フルトランジスタ 始動方式セル
■性能 最高出力160kW(218ps)/1万4000rpm 最大トルク113Nm(11.5kgm)/1万2000rpm
■変速機 6段リターン 変速比1速2.461 2速1.947 3速1.650 4速1.454 5速1.291 6速1.160 1次減速比1.687 2次減速比2.750
■寸法・重量 全長2100 全幅740 全高1140 軸距1455 シート高830(各mm) キャスター24°07’ トレール102mm タイヤF120/70ZR17 R200/55ZR17 車両重量201kg
■容量 燃料タンク16L
■車体色 グランプリレッド、マットパールモリオンブラック
■価格 284万9000円
■アルミ製ダイヤモンドフレームは、薄肉化によって従来型と比較して960gも軽くなった。また、横剛性を17%、ねじれ剛性を15%低減している。なお、エンジンマウントボルトも軽量化しており、これを合わせた軽量化の合計は1000gになる。
■オーリンズ製スマートEC3.0は市販車初採用だ。フロントは倒立式43mmNPXフォーク、リヤはTTX36モノショック。もちろん共にフルアジャスタブルの電子制御式だ。
■2モーター式スロットルバイワイヤは、ホンダの市販車としては初採用。スロットルバルブの1と2、3と4は個別に作動してバルブ開度を制御している。高精度なスロットルバルブ開閉制御を行うことで、加速時におけるスロットル低開度域のコントロール性向上や、減速時のエンジンブレーキ効力の増加、減速から加速へのスムーズな移行など、様々な領域でライダーの入力操作に対するリニアな反応を実現させドライバビリティーを高めた。
■1、2スロットルバルブは次の加速に備えてアイドリング開度で待機、3、4スロットルバルブはマフラー排気バルブを閉じ、燃料供給しない状態でスロットルバルブを開けて減速トルクを増加させる。
■リヤスプロケットの歯数は従来型の42から、新型では43へ変更された。
■レブリミットを8000rpmに制限し、エンジンの急激な温度上昇を防ぐ「低温モード」が作動した状態のメーター。