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少し前にモーサイweb/モーターサイクリスト誌に掲載したヤマハ YZF-R7の試乗記で、ツルシでサーキットを走れるという意味でも「戦う準備が整っている」と書いたら、友人から「クイックシフターとトラクションコントロールを装備していないんだから、今どきのスーパースポーツの基準で考えると、YZF-R7は戦う準備が整っていないんじゃない?」というツッコミが入った。
その言葉を聞いた僕は「確かにそうかも」と感じ、戦うではなく、スポーツライディングを楽しむ準備にするべきだったか……と思ったのだが、友人の意見に同意したわけではない。というより、昭和生まれのオッサンとしては、クイックシフターやトラコンなど、電子デバイスがマストになってきた昨今のスーパースポーツ/スポーツバイクに、漠然とした疑問を感じなくもないのだ。
いずれにしても僕の中には、電子デバイスが無くてもスポーツライディングが十二分に楽しめる、YZF-R7の魅力を多くの人に伝えたい気持ちがある。そこで当記事ではYZF-R7を軸にして、スポーツライディングを楽しむ準備と電子デバイスに対する個人的な見解を記してみたい。
ライバル勢とは一線を画するYZF-R7の装備
まずは部分的な話から始めると、僕がYZF-R7で「スポーツライディングを楽しむ準備」が整っていると感じたのは、スーパースポーツ然とした構成のセパレートハンドルとシート、飛ばしたときの踏み応えを意識して後方/上方に設置されたステップ、快適性より運動性を重視した前後サスペンション、コントロール性へのこだわりを感じるブレンボのラジアルマウント式フロントブレーキマスターシリンダーなどである。
■688cc並列2気筒エンジンを搭載するネイキッド・MT-07の派生機種ではあるものの、YZF-R7は多くの部品を新規開発。前後サスはサーキットを意識した構成で、インナーチューブ径41mmの倒立フォークはフルアジャスタブル、リヤショックはプリロードと伸び側減衰力の調整が可能。スチール製ダイヤモンドフレームは、スイングアームピボット上部のパーツを樹脂製カバー→アルミ製センターブレースに変更することで、ねじれ剛性を20%高めている。
■セパレートハンドルはトップブリッジ下に装着。2023年型以前のMT-07と比較すると、グリップ位置は174mm下方、152mm前方に移動。オフセット35mmのステアリングステムは専用設計で、ブレンボ製のマスターシリンダーは、ボディ内部のピストンとハンドルバーが90度で直交する本気のラジアルポンプ式(純正のブレンボマスターは、やや斜め配置のセミラジアルが一般的)。
■スーパースポーツとしての理想を追求したシートは、前後左右に動きやすい。とはいえ、シート高はクラストップの835mmなので、足着き性は良好とは言えない。
■専用設計されたステップまわりのホールド感は、素晴らしく良好。開発ベースのMT-07に対して、バーの位置は60mm上方/52mm後方に移動している。
あら、文字にすると何だか取るに足らない要素みたいだが、現実の市場でライバルになりそうな同価格帯=110万円前後のフルカウルミドルスポーツ、ホンダ CBR650Rやスズキ GSX-8R、カワサキ ニンジャ650、トライアンフ デイトナ660などで、サーキットやワインディングロードをムキになって走ると、そのあたりに物足りなさを感じることが少なくないのだ(ただしいずれのモデルも、街乗りやツーリングはYZF-R7より快適)。
そしてそういったライバル勢のライディングポジション関連部品や前後サス、フロントブレーキマスターシリンダーを、アフターマーケットパーツを用いてYZF-R7と同等の仕様に変更するとなったら、控えめに見積もっても20万円前後はかかるだろう。しかも安易なパーツ変更は、本来のバランスを崩す可能性がある。だからこそ僕はYZF-R7に「準備が整っている」という印象を抱いたのだ。
ただし世の中にはYZF-R7に対して、スーパースポーツにしてはフレームのヘッドパイプが高い、リヤサスペンションの設定がいまひとつ……などと異論を述べる人もいる。その意見はわからなくもないけれど、前述したライバル勢を同条件で走らせたらもっと多くの異論が出て来ると思う。
スーパースポーツにおける電子デバイスの効能
続いては電子デバイスの話で、前述した昭和のオッサン発言と矛盾するようだが、僕は必ずしも否定派ではない。それどころか、アップ&ダウン対応型クイックシフター+オートブリッパー+トラクションコントロールの合わせ技を初めて体験したときは(確か2015年のBMW S1000RRだったと思う)、コーナリングのイージーさに心から感激した。
その感激の詳細を以下に記すと、まずコーナー進入時はクイックシフター+オートブリッパーのおかげでクラッチとスロットルの操作が不要になるので、ブレーキングとライン取りに集中できるし、立ち上がりではトラコンを介した絶妙なパワーデリバリーを信頼して、リアタイヤの滑りやハイサイドを恐れることなく、フルバンク状態からガバッと大胆にスロットルを開けられる。
もし同じ車両で同じライダーが電子デバイスの有り無しを比較したら、サーキットでは圧倒的なタイム差がつくだろう。
そしてそういった感激をミドルスポーツで味わいたいなら、最適なモデルはホンダ CBR600RRか、アプリリア RS660だと思う。
価格は近年のミドルスポーツの基準を大幅に上回るものの、その2台はYZF-R7と同様に戦う・スポーツライディングを楽しむ準備が整っているうえに、クイックシフター+オートブリッパーやトラクションコントロールを筆頭とする、多種多様な電子デバイスを装備しているのだから。
ホンダ CBR600RR(157万3000円〜)
■世界各国で開催されるSS/ST600レースを前提にして生まれた、アルミツインスパーフレーム+並列4気筒の600ccスーパースポーツ。2016年にいったんカタログから姿を消したものの(北米は除く)、2020年に数多くの電子デバイスを一気に導入して復活。2024年型ではIMUが5→6軸に進化し、アップ&ダウン対応型クイックシフターが標準装備となった。最高出力は121psで、車重は193kg。
アプリリア RS660(159万5000円〜)
■エンジンが270度位相クランクの並列2気筒(660cc)で、近年のモトアメリカ・ツインズカップで激戦を繰り広げているためか、ライバル視されることが多いけれど、RS660はYZF-R7とは似て非なる設計思想のスーパースポーツ。フレームはピボットレス構造のアルミツインスパーで、多種多様な電子デバイスをトップモデルRSV4から継承。最高出力は100psで、車重は183kg(YZF-R7は73ps・188kg)。
YZF-R7はマシンとの対話が存分に楽しめる
ただし僕としては、CBR600RRとRS660の実力を認めつつも、YZF-R7の肩を持ちたい気分なのである。その理由は、いい意味で昔ながらのフィーリング、自分の意思で操っている感触が味わいやすいから……だろうか。
具体的な話をするなら、コーナー進入時はタイミングを見計らってスムーズなシフトダウンを行う必要があるし(アシスト&スリッパークラッチのおかげで、大げさなブリッピングは不要だが)、立ち上がりでスロットルを開ける際は、後輪と接地面の状況を右手や尻や足で探らなくてはならない。
昨今のスーパースポーツでは、そういった気遣いは不要になりつつあるけれど、YZF-R7を走らせていると、電子デバイスのサポートをアテにできないことが、マシンとライダーの対話に貢献していると思えるのだ。
この文章を書いている途中から僕の頭に浮かんでいたのは、1989年にデビューしたマツダ(ユーノス)の初代ロードスターである。改めて振り返ると、あのモデルの構成はシンプルにして昔ながらで、パワーや装備に特筆するべき要素は見当たらず、同年に登場したニッサン・スカイラインGT-R(R32)やトヨタ・セルシオのようなインパクトは感じられなかった。とはいえ、FRのライトウェイトスポーツならではの魅力はバッチリ盛り込まれていて、その感触はYZF-R7と似ていたように思う。
もっとも、当初は昔ながらでシンプルだったロードスターも、昨今は電子デバイスに積極的な姿勢を示している。近年のミドルスポーツの状況を考えると、YZF-R7も今後は方針を変更するのかもしれないが、僕としては、操る手応えが十二分で、マシンとの対話が楽しみやすい現状の特性に、やっぱりかなりの好感を抱いているのだ。
■1989年からマツダが発売を開始したロードスターは、1960~1970年代のロータス・エランやMGBなどに通じる、フロントエンジン、後輪駆動、2シーターライトウェイトスポーツカーならではの魅力を当時の技術で作り上げたモデル。初代のベースグレードのエンジンは1600cc直列4気筒で、最高出力は120ps、車重は940kgだった。
レポート●中村友彦 写真●山内潤也/ホンダ/マツダ/ピアッジオグループジャパン 編集●上野茂岐
ヤマハ YZF-R7主要諸元(2024年モデル)
【エンジン・性能】
種類:水冷4サイクル並列2気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク:80.0mm×68.6mm 総排気量:688cc 最高出力:54kW<73ps>/8750rpm 最大トルク:67Nm<6.8kgm>/6500rpm 変速機:6段リターン
【寸法・重量】
全長:2070 全幅:705 全高:1160 ホイールベース:1395 シート高:835(各mm) タイヤサイズ:F120/70ZR17 R180/55ZR17 車両重量:188kg 燃料タンク容量:13L
【価格】
105万4900円
【車体色】
マットグレーメタリック3、ディープパープリッシュメタリックC、ブラックメタリックX
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