目次
「実質フルモデルチェンジ」2023年型ヤマハ ナイケンGT
日本では2023年秋以降に発売が予定されている新型ナイケンGT。
デザインは一見これまでのものと変わらないが、エンジンやフレームは別物となっており、実質フルモデルチェンジと言える。
ヨーロッパでは既に販売が始まっており、報道陣向け試乗会も開催された。
その試乗会にイギリス人ジャーナリストでマン島TT参戦レーサーでもあるアダム・チャイルド氏が参加。新型ナイケンGTの魅力や従来型との違いを確かめた。
ヤマハの3輪バイク・ナイケンは2017年に発表されると、多くの人を驚愕させた。「一体何なんだ、この乗り物は!」と。
SNSにいくつかの写真をアップロードするだけで大騒ぎになる。ヤマハが無意味で奇形の怪物を生み出したと断言する人々と、そのコンセプトとエンジニアリングを称賛する熱烈な支持者とが同じくらい対立する。いずれにせよ、実際どこを走っても人々の注目を集める。
前2輪、後ろ1輪のナイケンは、ホイールの数だけでなく、エンジンのシリンダーも3つある。MT-09などに使われている「CP3エンジン」847cc並列3気筒だ。
なお、フロントホイール間の幅の関係で、ナイケンはバイクの免許を持たない人は運転できない(*)。それに、放っておくと倒れてしまう。いわゆるトライクとは違う。
それはともかく、ヤマハはこう考えた。クライミングと同様に、2つの手で壁にしがみつく方が1つだけでしがみつくよりも良いように、前輪が2つあるとグリップが増え、フロントがスリップする可能性が少なくなる、と。
*編集部註:欧州での話。日本でも同様で、ナイケン/ナイケンGTの運転には大型二輪免許が必要となる。
私は2018年に初めてナイケンに乗り、その後もスコットランドなどを走り、この3輪バイクで多くの距離を重ねた。ヤマハはこの3輪の乗り物をLMW(リーニング・マルチ・ホイール)と呼んでいるが、私はフロントの高いグリップ感と安定性が気に入った。
その後、スポーツツアラー版「ナイケンGT」が登場したが、ツアラーとしてはいくつかの欠点もあった。柔らかすぎるリヤサスペンション、高さ調整ができない小さなスクリーン、そして現代のバイクの基準からすると電子制御機構が物足りなかった。
現行型MT-09ベースの新エンジンを新設計フレームに搭載
しかし、2023年モデルでナイケンGTは大幅なアップデートを行い、欠点を潰すだけでなく、予想以上にパフォーマンスを高めてきた。
外観は従来型に似ているが、重要な変更点は中身だ。
エンジンは現行型MT-09などに搭載されている890cc並列3気筒となり、排気量が43ccアップ。1万rpmで最高出力114.9馬力、7000rpmで最大トルク9.2kgmを発生する。
スチールとアルミのハイブリッド構造フレームは一新され、リヤサスペンションも改良された。
また、快適性や利便性も高められており、シート形状を変更して足着きが良くなっている。スクリーンは70mmの高さ調整ができるようになったほか、小さく見づらかったメーターは7インチのフルカラー液晶となった。アップ/ダウン対応のクイックシフターとクルーズコントロールも標準装備だ。
これは、長距離ツーリングがより楽しめそうである。
ヤマハはイタリアの美しいサルデーニャ島でこの新型ナイケンGTの試乗会を開催した。私はそれに参加し、1日みっちりと乗り回してきた。実際テストしてみると、仕入れた前情報以上にアップデートの内容に納得させられたのだった。
ヤマハはサルデーニャ島で驚くべきテストルートを設定してくれた。ワインディングにハイスピード区間、かなり挑戦的な区間もあった。つい、かなり飛ばして走ってしまったが、その結果、新エンジンや改良されたリヤサスペンションの利点をしっかり把握することができた。
ナイケンは何度乗っても走り出しの数メートルで少し戸惑う。といっても視覚的なインパクトの話で、自分の目の前にフロント2輪による巨大な構造物が見えるからだ。しかしハンドルを通しての操縦感覚は、いわゆる普通のバイクとそこまで大差ない。
ナイケンに近い車重、車格のバイクよりハンドリングは少し重く感じるが、それ以外はフレンドリーで、スポーツツアラーとして期待どおりの振る舞いをしてくれる。左右の前輪は独立しているため、片方のホイールがキャッツアイに当たっても、もう片方には影響しない。
そんな前輪が何ということなくクリアした路面の凹みを、後輪が通過したときに奇妙な感覚を抱くが、慣れで解決できる。普通のバイクと同じように曲がり、進み、止めることができる。
2つある前輪がもたらす膨大なグリップは非常に効果的だ。街中では「理論上」前輪がスリップしないため、すぐにバイクを傾けることが可能だ。低速のロータリーなどはとても楽しく、タイヤが冷えていても十分なバンク角で曲がることができる。マンホールカバーや白線で前輪を滑らせる心配はない。
これらは従来型ナイケンGTでも一緒の内容だが、新型はエンジンがトルクフルになり、重量バランスも改められ、さらにクイックシフターもある。車幅は一般的なスポーツツアラーよりわずかに広いが、それらと同様に都会のジャングルでもすり抜けしながらスパスパと走れる。
リヤサスペンションの改良が効いている!ワインディングで存分に振り回せる
さて、ここからはワインディングを攻めたときの話だ。
従来型ナイケンGTもフロントは驚くほどのグリップを発揮し、安定感があった。ただ、リヤサスペンションとのマッチングが良くなく、ペースを上げるとリヤが暴れだすというか、落ち着きがなくなる傾向があった。
しかし、新型ではリヤサスペンションのリンク周りを改良し、スプリングレートも変更。その結果、フロントとリヤのバランスが改善されていた。
リヤサスペンションが持ちこたえられずワインディングの楽しみが損なわれる……そんなことは新型では起こらない。ナイケンGTはスポーツバイクではないが、前2輪構造のおかげで、自信を持ってステップを擦るまでバンクさせることができる。
ハンドリングがいいだけでなく、トルクを増した新エンジンが走りに一層華を添えてくれる(なお最高出力は従来型と同様の115馬力だ)。中速域で次々にギヤを変え登りの峠道を駆け上がるのはたまらないし、その際、現行型MT-09ベースとなった3気筒エンジンの美しいサウンドに酔いしれることができるからだ。
スポーツ、ストリート、レインと3種あるライディングモードは走行中に切り替えることができる。IMUを搭載していないため、トラクションコントロールとABSはバンク角連動式ではない。
なおトラクションコントロールはオフにすることも可能だ(ナイケンGTでウイリーしたい人はどうぞそうしてください)。
ヤマハによると最大バンク角は45度とのことだが、スポーツツアラーとして考えるとかなり大きい数値だ。そして、前2輪構造のおかげで容易にフルバンクまで持ち込むことができる。
容易にフルバンクできるだけに、もっとバンク角が欲しいという人もいるかもしれないが、そんじょそこらのスポーツツアラーではナイケンGTのコーナリングスピードに追いつくことはできないので、これで十分だと思う。
「プレミアム」と言えるまで質感も高められた装備
ナイケンGTは今回のモデルチェンジでプレミアムな製品になった。
実際乗ってみて、新しいフルカラー液晶メーターはとても気に入った。大きなサイズで、各種情報の視認性に優れているだけでなく色使いもいい。そして、今や当たり前になりつつあるスマートフォン連携機能を備え、ガーミンのナビゲーションを表示させることもできる。
メーターの各機能は、基本的に左スイッチボックスのジョイスティックで操作でき、わかりやすい。
このメーターとスイッチ類の組み合わせは、現在購入できるあらゆるバイクの中で最高のもののひとつだと思う。
シートは形状が変更され、高さ825mmに。私のような身長の低いライダーでも地面に両足を着けやすくなった。
車重は270kgあるが、取り扱いにそれほど問題はなかった。というのも、意外な事実を発見したのだ。巨大に見えるナイケンGTだが、ヤマハの定番スポーツツアラーだったFJR1300より車重は軽く、トレーサー9GTより幅はわずかに35mm広いだけだったのだ。
スクリーンの改良は大歓迎だ。面積が大きくなっただけでなく、手動で高さ調整も可能となり、完全に直立させると風雨からスッポリ身を隠すことができる。ただしライダーとスクリーンとの距離があるため、軽微な乱気流が生じる。余談だが、雨天走行時は2つの前タイヤがちょうど両足のブーツに水を飛ばしてくるので靴選びにはご注意を。
今回のテストでは1日で約200km走ったが、スポーツツアラーとしての資格を確かめるには十分な距離と言えないだろう。
しかし、従来型のナイケンで長距離を走った経験から考えるに、長時間のライディングでも快適に過ごせると思う。新型ナイケンGTにはクルーズコントロールもあるし、目的地をナビにセットして、スマートフォン連携機能で音楽を聞きながら到着までくつろぐもよしだ。
スポーツツアラーとして考えると物足りない点も……
様々な点が改良された新型ナイケンGTだが、弱点が無いわけではない。
まず、高速道路で荷物満載、ダンデムツーリングをするようなシチュエーションでは最高出力114.9馬力のエンジンは物足りなく感じるだろう。
また、フロントのバネ下重量が相応にあるため、素早く切り返すような場面ではステアリングが重くて疲れる。そして、フロントのグリップが十分あるのはわかるのだが、それはあくまで「約束されているグリップ」であり、手応えは希薄だ。普通の2輪のバイクのように、地面からのダイレクトなフィードバックはないのだ。
ブレーキ性能に関しては2つの見方がある。
2つの前輪による接地面積拡大と優れたグリップ、長いホイールベースによる高い安定性。これにより、フロントブレーキレバーをしっかりと握り続けることができ、緊急時には普通のバイクよりもナイケンGTは早く安全に停止することができる。
しかし、前輪のホイールサイズは15インチと小さく、車重270kgのバイクを停止させるには298mmと比較的小さなブレーキディスクを使用している。それゆえ、ワインディングをハイペースで走っていると制動力の不足を感じる。レバーを強く握って対処することもできなくはないが……。
燃費について、ヤマハは5.8L/100km(約17.2km/L)と公表している。ナイケンGTの燃料タンク容量は18Lあるので、計算上309kmほど走行可能だ。とはいえ現実的には240〜250kmあたりで給油について考え始めることになるだろう。
今回のテストで私の車両の平均燃費は15.9km/Lとなったが、ワインディングを飛ばしまくった割に悪くなかった。ただし、スポーツツアラーとして使うことを考えるとより大容量の燃料タンクを希望する人がいると思う。
なお、ナイケンGTのオーナーとなった暁にはガソリンスタンドへ立ち寄るときに覚悟しておいた方がいい。必ず誰かに話しかけられ、「この乗り物は何ですか?」と質問され、皆が何がしかの感想を語り、下手に相手をすると1時間は取られてしまうだろう。
ヤマハ新型ナイケンGT総合評価
見た目が好きか嫌いかは人によるだろうが、クレイジーでありながら実用的な3輪バイクを開発したヤマハに敬意を払いたい。フロントのグリップがもたらす安定性は格別であり、多くのライダーに安心感を与えてくれる。
現行型MT-09用をベースとする新たな3気筒エンジンのサウンドは非常に甘美であり、リヤサスペンションの改良によってハンドリングと乗り心地も改善されている。従来型よりスポーティに楽しめる。
機能性を高めたインターフェイスやフルカラーになった液晶メーター、面積を拡大したうえで高さ調整可能となったスクリーンなど、スポーツツアラーとしてのプレミアム感も増した。
欠点もある。繰り返しになるが、ステアリングは普通のバイクより重く、スポーツツアラーとしては航続距離が少々物足りない。また、走破性を重視したツアラー=アドベンチャーと比較して「グランドクリアランスが足りない」と苦情を言う人もいるかもしれない。が、荒れた路面でもイージーに扱えるのはナイケンGTの方だ。
問題はイギリスでは1万6210ポンド(*約292万円)となる価格だ。
ああ、もちろんどこにお金が使われたかはわかる。素晴らしいエンジニアリングにだ。しかし、市場には同程度の価格やそれ以下で買える2輪のスポーツツアラーが存在する……。
ただし、どんな2輪のスポーツツアラーでも勝てない点がナイケンGTの絶大なフロントグリップだ。タンデムツーリングをする人にとっても、これは大きなメリットになる。
*編集部註:2023年6月中旬のレート、1ポンド180円で計算。
ヤマハ ナイケンGT主要諸元(2023年モデル、欧州仕様)
[エンジン・性能]
種類:水冷4サイクル並列3気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク:78.0mm×62.0mm 総排気量:890cc 最高出力:84.5kW<114.9ps>/1万rpm 最大トルク:90.7Nm<9.2kgm>/7000rpm 変速機:6段リターン
[寸法・重量]
全長:2150 全幅:875 全高:1395〜1430 ホイールベース:1510 シート高:825(各mm) タイヤサイズ:F120/70R15 R190/55R17 車両重量:270kg 燃料タンク容量:18L
[車体色]
ヤマハブラック
[価格]
1万6210ポンド(約292万円:2023年6月中旬のレート参照)
試乗レポート●アダム・チャイルド 写真●ヤマハ まとめ●上野茂岐