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■ドゥカティ「ムルティストラーダV4ラリー」試乗
「世界を股にかける本物のエクスプローラー(探検家)」、「大きすぎる夢はない」、「遠すぎる地平線はない」などなど、多くのバイクメーカーが自社のアドベンチャーツアラーに冠したそうしたキャッチコピーを見た覚えがあることだろう。
そしてこれらは皆、圧倒的王者であるBMW R1250GSアドベンチャーのシェアを奪うために開発されてきた。しかし最強アドベンチャーであるGSに迫るモデルも存在しているが、実際に打ち勝ったバイクは存在しなかった。少なくとも、今まではそうだった。
いっぽう、ドゥカティの新型ムルティストラーダV4ラリーは、オンロードでもオフロードでも同等の走行性能を発揮するアドベンチャーツアラーだ。ムルティストラーダV4でさまざまな道を走ったことのある人なら、この言葉がとても重要な意味を持つことを理解してくれるだろう。
アドベンチャーバイクの歴史が変わる瞬間だ。
ムルティストラーダV4ラリーの車両価格は2万3590ポンド(※編集部注:日本国内では351万9000円~361万9000円の設定)もするが、オーナーは賢い買い物をしたと注目を浴びるだろうし、ガレージのドアを開けるたび笑顔になれることは間違いない。
■タイトコーナーが連続するようなワインディングロードでも、ムルティストラーダV4ラリーは軽快なハンドリングで走れる
シート高の数値が大きくても、苦にせず乗れる
まずはわかりやすいところから見ていこう。ドゥカティは、ディアベルV4にも搭載するV4グランツーリスモエンジンを、従来のムルティストラーダV4シリーズと同じエンジン出力としている。最高出力は170ps/10750rpm、最大トルクは12.3kgm/8750rpm(※日本仕様スペック)である。ただし、ディアベルV4に搭載した燃費と快適性を向上するシステム『エクステンデッド・ディアクティベーション・システム』を採用している。これは停車中やエンジン回転数が4000rpmを下回ったときにリアバンク(後部シリンダー)を休止させる機能だ。また、アルミ製モノコックフレームも、ムルティストラーダV4のスタンダードモデルと同じである。
しかし、ラリーが独自性を発揮するのはここからだ。
ムルティストラーダV4のオフロード性能を高めるため、ドゥカティは非常に優れた電子制御サスペンション『DSS EVO』を再設計し、サスペンションストローク量をフロントは30mm、リヤは20mmも延長してホイールトラベルを前後ともに200mmとした。このため最低地上高は15mm増となる235mmとなっている。
もちろんこの変更はシート高にうれしくない影響を及ぼすが、ドゥカティはこの影響を最小限にすべくさまざまな新機能を採用している。
そのひとつが『ミニマムプリロード』で、スプリングプリロードを電気的にゼロにしてシート高を下げる電子制御デバイスだ。これはライダーがスイッチを押すことで作動する(※ミニマムプリロードは2023年モデルのムルティストラーダV4Sにも搭載)。もうひとつが『イージーリフト』で、スイッチを入れるとダンピングが開放されてサスペンションが柔らかくなり、サイドスタンドからの引き起こしが容易になる。私のように身長が170cmでも、標準シートで足を地面につくことができる、大歓迎のテクノロジーだ。
そのほかの電子制御デバイスには、再設計されたエンデューロモード、さらにスムーズな動作になったクイックシフターがあるが、注目すべきはスタンダードの22Lに対して30Lの大型燃料タンクを搭載するにもかかわらず、快適性がさらに向上していることだ。マニュアルで調整可能なスクリーンは高さと幅が20mmずつ増大。アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)とブラインドスポット検知(BSD)を標準装備している。大型タンクも相まって、ラリーは疲れ知らずで長距離を走破できるはずだ。
前述したとおり、新しいラリーの足着き性は問題ない。ミニマムプリロードを使うと、両足が接地する。車重はムルティストラーダV4Sより20kgも重いうえ、パニアケースやエンジンガード、フォグランプなどのオプションで重量はさらに増しているというのに、車体の大きさも重さも感じられない。バイクにまたがったままサイドスタンドを払うにも苦労しない。
スポーティで軽快なハンドリングを示した
いざ走り出すと車体はいっそう軽く、視界に入り続ける6.5インチワイドスクリーンの液晶メーターは見やすいし、アルミ製燃料タンクのヘアライン仕上げは美しく、質感も高い。
サルデーニャ島の曲がりくねった海岸沿いの道を数マイル走ったところで、あまりに車体が軽く感じるため私はもう燃料タンクが空になったかと思い、燃料計を何度か確認したほどだ。しかし当然のように満タン表示のままで、30Lのガソリンの重さを感じさせない軽快なハンドリングは、アドベンチャーツアラーというよりもスポーティなミドルクラスのようだ。
■ハイスピードコーナーでは、ロードスポーツマシンのようにスポーティな走りを楽しめる。さすがはドゥカティのマシンである
ラリーの基本性能は流れるようにスムーズな乗り心地だ。急かされることなくリズミカルに走るのが楽しく、適度な速度域に落ち着く。ライディングモードを『ツーリング』にセットすると接地感が高まり、長距離走行に最適なモードであることがわかる。
ペースを上げたくなったら『スポーツ』にすると、メリハリのあるシャープな走りを見せる。スロットルレスポンスはダイレクトで、電子制御デバイスの介入度は低くなるため、小さなギャップではフロントタイヤが軽く浮いたまま走っていく。その気になればサーキットも余裕で楽しめるほどのスポーツ性能がある。
装着されるタイヤは、オン・オフ兼用のピレリ・スコーピオンラリーSTRで、グリップもロードインフォメーションも良好だ。ドライ路面ではかなりハードに攻め込める。サスペンションがソフトに設定されるツーリングモードですら、ステップなどを接地させようとするとかなり激しく走らなければならない。これは最低地上高を稼いだことによる恩恵だろう。
ハンドリングは軽快で、狙ったラインを正確にトレースできる。ハイスピードコーナーをピュアスポーツマシンのようなスピードで抜けられるし、リーンセンシティブのABSがあるからコーナリング中のブレーキも気にならないし、後続車を引き離すためによりパワーをかけてブラックマークを残すことだってできる。ドゥカティのプレス試乗会では、たいていこんな具合のハイペースになるのが通例で、ラリーの走行性能を公道でここまで引き出す必要はないが、秘めたる性能を知れることはすばらしい。
電子制御デバイスは、そんなラリーの全体をいい意味で包み込むように機能している。そして気分や路面状況、天候などに合わせて簡単に切り替えられる。そのおかげで終始リラックスでき、バイクを走らせる喜びを純粋に楽しめる。まるでタンデムシートに守護天使を乗せているみたいだ。
170psのV4エンジンは重量を感じさずに加速
『V4グランツーリスモ』エンジンは、ツーリングモードやアーバンモードでは、ドゥカティ・スクランブラーのようなフレンドリーさを感じさせる。ソフトで寛容なスロットルレスポンスは完璧だ。いっぽうで、スポーツモードに切り替えてドゥカティ・ウィリー・コントロールをオフにすると、KTMのビッグアドベンチャーに匹敵する走りを見せる。
今回の試乗コースは、主に海岸沿いのつづら折れを走るものだったが、ときおり道路が開けてストレートが現れると、V4エンジンの170psをここぞとばかりに堪能。ムルティストラーダオーナーはこういう走り方を好むだろう。パッセンジャーや荷物をたくさん積んでいたとしても、パワフルなV4エンジンには何の負荷にもなっていない。スロットルをちょっと開けるだけで、簡単に高速オーバーテイクできる。
ドゥカティは、ラリーにフロント19インチ、リヤ17インチのホイールを装着した。これはV4/V4Sと同じだ。ただしV4/V4Sはロードバイアスの高いアルミキャストホイールだが、ラリーはオフロードで真価を発揮するワイヤースポークホイールを採用している。デザートXはさらにオフロード性能を高めるためにフロント21インチのワイヤースポークホイールを装着する。
■フルパニア&タンデムでも、170psを発生するV4エンジンはスロットルを少し開けるだけでパワフルに加速してくれる
車重はV4/V4Sの240kgに対して20kg増の260kgとなり、ガソリンタンクが大きくなったぶん幅もわずかに広がったが、オンロードでもオフロードでも印象的だ。その車体はとても大きく、そして重い。しかしその見た目やスペックの数値に惑わされてはいけない。
オフロードでも不安なく、軽快に走れるとは!
ダートに入ってエンデューロモードに切り替えると、オンロードでの軽快な走りが再び顔を出す。そうはいっても、KTM 890Rのようなミドルクラスではないから限界はあるが、ピレリ・スコーピオンラリーSTRのオフロードにおける挙動の良さに驚かされた。
オフロードで道路状況が厳しくなるほど、ラリーの車体の大きさと重さを感じなくなっていく。最高出力は114psまで制限され、スロットルレスポンスも緩やかになるが、十分なトルクを発生する。オフロードABSは滑らかに作動するし、強めのブレーキでもグリップ力を失わない。リヤブレーキペダル先端は可倒式で踏みしろも大きいからダイレクトにブレーキを使えるし、スタンディング時も使いやすい。ペグにはオンロード用にゴムが装着されているが簡単に取り外せるし、スクリーンの高さ調整もできる。すべての機能がうまく調和している。
■オフロードでもムルティストラーダV4ラリーの軽快さは変わらない。むしろ過酷な路面になるほど、軽快さに拍車がかかるようだ
私にはオフロード走行の経験があるが、エキスパートではない。しかし一日を通じてラリーとのつながりが強くなってくると、だんだんと自信がついていった。左右のハードケースは車体幅を常に意識しなければ道路にはみ出した草木や石壁に接触するし、砂利道ではフロントがアンダーステアになることもある。けれどラリーはまるで小排気量車に乗っているかのようだったし、路面のギャップでジャンプすることもできた。停車時にミニマムプリロードを作動させれば、足を着こうとした路面が低くなっていたとしても、立ちゴケしてしまう不安もなかった。
今回の試乗ではオンロードとオフロードを合わせて200km以上走り、すべての領域でラリーはすばらしいスコアを叩き出した。高速道路を走る機会はなかったが、私はV4Sで長距離の高速道路を走ったことがあるから、ACCとBSDが便利で効果的なことを知っている。ドゥカティによれば、ラリーの燃費は15.2km/Lとのことで、理論上の航続距離は456kmとなる。
オンロードでもオフロードでも、ラリーに対する賛辞は尽きることがない。走行性能はもちろんのこと、このマシンを間近で観察するとそのディテールの美しさを感じられるし、最高品質で仕上げられていることは疑いようがない。しかし第一印象として、私はムルティストラーダV4ラリーを手放しで称賛することもできない。なぜなら、2万3590ポンド(※日本国内では351万9000円~361万9000円)もするバイクをオフロードで走らせていいのかどうかと思ってしまうからだ。さらにオプションを加えれば、3万ポンドを超えてしまう(※日本仕様のムルティストラーダV4ラリー フルアドベンチャー仕様は415万4000円)。
■オフロードのエキスパートでなくても、こうしたギャップでジャンプできるほど、このマシンの走破性は優れている
「バイクオブザイヤー」の大本命ですらある!
BMW R1250GSアドベンチャーは、長年にわたってこのセグメントのトップに君臨してきた。しかしドゥカティはその玉座を脅かす存在としてラリーを作り上げ、真剣勝負に挑んでいる。
ラリーは快適、かつ実用的な性能を持っている。オンロードでは速く、オフロードでは最高の能力を発揮し、どのような道を走っていても楽しめる。パワフルなV4エンジンは速いだけでなく、フレンドリーさも兼ね備えている。リーンセンシティブABSは、オンロードでもオフロードでも安全性を担保する。
ハンドリングも同様だ。オンロードではあくまでスポーティ、オフロードではぬかるみでさえもスペシャリストのようなハンドリングで走破できる。設定操作もわかりやすい豊富な電子制御デバイス。優れた車体構成と美しいルックスとディテール。車両価格が高いこと以外の欠点を見つけることは困難だ。シート高を下げる電子制御デバイスのおかげで、私くらい身長が低いライダーでも足着きに不安を感じない。
今年のバイク・オブ・ザ・イヤーがどのモデルになるかはわからないし、もっと走り込んでしっかりとテストしないと断言できないが、現段階でわかっているのは、ムルティストラーダV4ラリーが大本命ということだ。
ムルティストラーダV4ラリーの見どころと注目点まとめ
◇シート高と後部座席:
ドゥカティはあらゆる体型のライダーに対応すべく、豊富なオプションシートを用意した。標準シートは840-860mmだが、オプションを選べばローシートは810-830mm、ハイシートは855-875mmに設定できる(※シート高は日本仕様)。これに合わせて後部シートにもオプションを揃えている。
◇電子制御デバイス:
スポーツ、ツーリング、アーバン、エンデューロの4種から選べるライディングモード。オフロード、ハイ、ミディアム、ローの4種を持つパワーモード。トラクションコントロール。コーナリングABS。ウィリーコントロール。エンジンブレーキアシスト。エクステンデッド・シリンダー・ディアクティベーション。電子制御式セミアクティブサスペンション。アダプティブ・クルーズ・コントロール。ブラインド・スポット・ディテクション。アップダウン・クイックシフター。ドゥカティ・ブレーキ・ライト。ヒル・ホールド・コントロール。コーナリングヘッドライト。
◇エンジン:
最高出力と最大トルクはV4/V4Sと同じ、170ps/10750rpm、12.3kgm/8750rpmだ。ラリーの改良点は、サイレンサー前に設置される排気システムとカムタイミングだけだ。オイル交換は1万5000kmまたは2年毎、バルブクリアランス調整は6万km毎とメンテナンス間隔は長い。
◇アクセサリー:
想像どおり、豊富なアクセサリーが用意されている。ハードケースはオフロード用の固定式のほか、フローティングマウントもあり、タンデムシートに余裕を生むため後方へ移動している。そのほかにもグリップヒーターやシートヒーター、アクラポビッチ製サイレンサー、カーボン製フロントマッドガードなどを備える仕様や、ラジエター/オイルクーラーガードやハンドガードなどがセットになったパッケージも用意される。
◇排熱:
バイクの両側には空力デバイスのような開閉可能なエアダクトを備えている。これを開けばライダーの下半身にはフレッシュエアが流れ込み、閉じれば逆となる。また、シート下の両側、伝統的なトレリス形式のサブフレームには熱風保護カバーを装着している。
■ムルティストラーダV4ラリー主要諸元
【エンジン・性能】種類:水冷4ストロークV4気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク:83.0×53.3mm 総排気量:1,158cm3 最高出力:125kW〈170ps〉/10,750rpm 最大トルク:121Nm〈12.3kgm〉/8,750rpm 燃料タンク容量:30L 変速機:6段リターン 【寸法・重量】全長:- 全幅:- 全高:- ホイールベース:1,572 シート高:日本標準825〜845(各mm) 車両重量:260kg タイヤサイズ:F120/70R19 R170/60R17 【カラー】赤、黒
〜〜ムルティストラーダの20年〜〜
最初のムルティストラーダが登場してから20年も経ったなんて、にわかには信じられない。さらに衝撃的なのは、MCN(※MOTORCYCLE NEWS)のテストライダーを務めていた頃、世界で同時発売になった初代ムルティストラーダ(空冷)に乗ったことを覚えているだけでなく、レーシングスーツを着用してリーンインで走り、ムルティストラーダの新しいコンセプトをスポーツツーリングとスーパーモタードのハイブリッドという奇妙なものとして捉えていたことだ。
第1世代のムルティストラーダのルックスには好印象と疑問のふたつがあったが、将来的にクラシックバイクとして語り継がれるだろうとの予感もあった。しかし第2世代の水冷エンジンを搭載して2010年に登場したムルティストラーダ1200で一気に進化した。2015年には第3世代となって連続可変バルブタイミングシステム『DVT』を搭載したエンジンとなると同時に、IMUを搭載してリーンセンシティブな電子制御デバイスを採用した。第4世代は世界的なアドベンチャーツアラーブームの中で発売され、レーダー技術を駆使したACCを搭載し、テクノロジーは今も進歩し続けている。すべての世代のムルティストラーダを走らせ、どれも気に入っているが、私が歳をとったことを痛感することも事実だ。
レポート●アダム・チャイルド 「チャド」 写真●アレックス・フォト 日本語訳●山下 剛