スーパーカブが「スーパーカップ」となってしまったのは発音上の理由だった
「自分が持っているスーパーカブ110はタイ仕様のため日本仕様とは互換性がないパーツがあり、生産国であるタイでパーツを買う必要があります。そこで気づいたのですが、タイでは誰もがスーパーカブではなく『Super Cup』……スーパーカップと呼んでいます。なぜスーパーカップという名称が浸透しているのか、タイならではの事情があるのでしたら知りたいです」という質問が編集部宛にあった。
このスーパーカブの名称に関して、長年タイに在住していたボクが回答させていただきます。
まず、スーパーカブのアルファベット表記は「Super Cub」ですよね。しかし、タイ語は日本のローマ字のような標記に対するルールが決まっていないので、人によってアルファベット表記が違います。一応タイ人の中でルールはあるのですが、大別すると「アルファベットに従うケース」か「発音に従うケース」になります。
スーパーカブの場合はタイ語に初めて表記された際、翻訳者がおそらく発音を優先したと見ます。日本のバイクなので発音を日本人から聞いてタイ人が訳したのでしょう。
ところが、改めてそれをタイ語で発音すると「スッパー・カップ」になってしまいます。これは一種のタイ訛りです。
この表記が定着しますが、今度は逆にバイク好きのタイ人が専門記事を書いたり部品を出品するときに、かっこつけて英語表記にする人が現れます。
ここでもタイ人は言葉の表記ルールがないので、発音に従って近い英語を当てはめた結果、「Super Cup」となってしまう……というわけなのです。
とはいえ、近年はバイク関係のメディアでも「Super Cub」とちゃんと表記しているようです。
バイクは「バイ」、モーターサイクルは「モタサイ」
さて、こういった外国人にはわからないタイ語アレコレを改めて振り返ってみると、タイに住んでいると気付けなかった疑問やおもしろ話がたくさんありました。日本では外来語をカタカナにし、それが定着することは当たり前のこと。もちろんタイでも表音文字表記にするケースはあるものの、日本のカタカナ語ほど浸透しないことも確か。
たとえば、近年スキューバダイビングはタイの富裕層に人気のレジャーで、スクールもバンコクやビーチリゾートにいくつかできています。そこで、タイ在住の日本人コーチに話を聞いたところ「まったくの素人からレッスンを始める場合、タイ人の座学は日本人の倍以上かかる」とのこと。理由は外来語にあるようです。
「レギュレーター」は酸素タンクにつける弁のようなもの。日本人だと初めて聞いてもなんとなくわかりそうですが、タイ人はチンプンカンプンでタイ語にしないと理解できないといいます。
ところが、外来語をタイ語にすると信じられないくらい長い単語になってしまうのです。教本に載せるにも長いので、そこは英語のまま……あるいはタイ語における「カタカナ語」にするのですが、その説明のために時間がかかってしまう。
話はバイクに戻って、アジア人からすればバイクは元々外国から入ってきた工業製品。だから日本も例外ではないのですが、車名や部品名などが外来語のままのことがあるわけです。
ちなみに、タイ語で「バイク」と書くと発音は「バイ」。モーターサイクルを意味する「モーターサイ」という呼び方をする人もいるますが、一般的には長すぎるのでちょっと略した「モタサイ」(あるいはモーサイ)と呼ぶ。
ところが、首都バンコクで「モタサイ」というとバイクタクシーを指したりと、ホントややこしい……。
カー・タン=スタンドという意味だが……
ほかにも二輪用語で変な発音をするタイ語はないか探してみました。
前提として、タイ語は単語末尾の発音の仕方が特殊です。先のバイクが「バイ」になるのは、タイ語の発音からすると「ク」の部分がないので、文字上ではKはあるものの、発音しないため。
このように、結果的に文字にするとなんとなく分からなくもないが、発音だけだとなにがなんだか……というものがよくあるのです。
たとえば、バルブもそう。「Valve」をタイ文字にして発音すると「ワーウ」になってしまいます。タイ語ではアルファベットのVは全部Wなので、ネイティブなタイ人は「ヴ」の発音ができない結果、「ワーウ」なのです。
先のモタサイのようにややこしいのが、オイルポンプ。これはカタカナにせず潔くタイ語を当てています。タイ語では「パム・ナムマン」という部品になる。
ところが、一般的な会話で「パム・ナムマン」というと、ガソリンスタンドを指すのです。前後の会話の中で判断しないとどっちを言っているのかわかりません。
ただ、タイ語は英語のように不規則に変わることがなく、憶えやすいという特徴もあります。英語や日本語とは逆で、言葉の後ろから修飾していくので、単語を羅列することで、ある程度語彙力があれば説明できる点は便利です。
たとえば、オイルタンクやガソリンタンクは「タン・ナムマン」。先述の「パム・ナムマン」と同じでナムマンは油を指します。タンは英語のタンクから来ているので、油のタンク、すなわちガソリンタンクというわけです。
外来語をタイ語にするとこのように長くなる一方で、タイ語を当てはめることで世界一短いと思われる部品名もあります。バイクのシートは、タイ語では「ボ」。たった一文字。
本来はクッションなどを意味するので四輪のシートもそうだし、座布団のようなものも「ボ」で済んでしまう。
個人的にモヤモヤしてしまうのが、タイ語で発音するスタンド。タイ語では「カー・タン」。直訳すると、立てる脚(取りつけた脚という意味も含む)。
しかし、タイでは「生活の足」としてバイクに乗る人が多い。つまり、趣味としてバイクが好きというのではなく、生活のために仕方なく乗る人もいるわけです。
そのため、バイクを運転することに慣れていないのか、めんどくさいのか、スタンドをしまい忘れて走り出す人が結構います。最近のバイクはサイドスタンドを出したままだと、エンジンがかからない仕組みとなっているものが多いですが、タイではその安全装置が外されているのかもしれないし、壊れているのかもしれない。
それはともかく、そんな人を見たときに危険を知らせるために、運転手に向かって……
「カー・タン!」
と叫ぶのです。この場合、普通に考えれば「スタンド!」と注意しているわけですが、タイ語は英語同様に助詞である「てにをは」がない。だから「カー・タン!」と叫んだ場合、「脚が立ってる!」という意味にもなってしまう。
日本語で言えば「スタンドが立ってるぞ!」。それに比べれば、端的な言葉で短いタイ語の方が注意を促しやすいともいえますが、いつも「カー・タン!」と注意したあと、ボク自身は「なんか変だなあ」と、つい苦笑してしまうのです。
レポート&写真●高田胤臣 編集●モーサイ編集部・小泉元暉
■高田 胤臣(たかだ たねおみ)
1998年からタイで過ごしはじめ、2002年にタイへ移住。タイにある「華僑系慈善団体」でボランティア、現地採用会社員として就業。2011年からライターの活動をし『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)をはじめ、書籍や電子書籍を多数発行。
noteではタイにまつわる出来事を綴っている。