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ベトナム人は「バイク=ホンダ」と呼んでいる!?
ベトナムは比較的治安はいいし、美味しい食事が楽しめる。ただ残念な点は東南アジア諸国の中でもかなり交通マナーが悪い方で、横断歩道でさえ安心して渡れないことだ。そもそも運転者が信号を守らなかったり、左右を確認せずに飛び出してきたりなど至るところに危険が潜んでいる。
この背景には日本と比べ物にならないぐらいバイクに乗る人が多く、狭い路地ですらバイクで溢れかえるからだろう。一説では、国民2人のうち1人はバイクを所有しているという。
そんなベトナムでは、なぜかバイクのことを「ホンダ」と呼ぶらしい。

ホンダのバイクが「ホンダ」と呼ばれるのは当たり前だ。そうではなく、これはベトナム通に聞いた話なのだが、ベトナム人は「スズキの『ホンダ』を買いました」みたいな会話が普通に成立するのだとか……。バイクそのものを「ホンダ」とベトナム人は呼ぶのだという。
バイクの代名詞が「ホンダ」というのは、日本人からすると思わず笑ってしまう話だが、世界的に見ても似たような話はいくつかある。
たとえば、タイではコピー機が「ゼロックス」と最近まで呼ばれていたが「ゼロックス」とはコピー機などを製造するアメリカの企業名だ。日本でも企業名あるいはブランド、もしくは最初の商品名がその製品の代名詞になることはよくあるだろう。
ソニーのウォークマン、ヤマト運輸の宅急便、TOTOのウォシュレット、ジャグジー、ツナ缶のシーチキンと枚挙にいとまがない。
先述のように企業やブランド名が製品の代名詞になる場合、大抵はその製品が世界初であったり、その市場では画期的な商品だったりなどの理由がある。
では、いつからベトナムにおけるバイクの代名詞が「ホンダ」になったのか。
ベトナムの「ホンダ神話」はスーパーカブが大量輸入された1960年代から

ベトナムで最初に普及したホンダのバイクは、日本における「スーパーカブ」だけだった。ご存知の通り、1958年に登場した世界最多量産二輪車であるスーパーカブだ。そのスーパーカブがベトナムへ大量に輸入され始めたのは、ベトナム戦争の真っただ中である1960年代のこと。
南ベトナム政府を支援するアメリカが経済援助のひとつとして2万台のスーパーカブを購入したのが、スーパーカブの名がベトナム中に広まったきっかけだ。
だが、大量に輸入されたことだけが「ホンダ神話」を築いたわけではない。長い間、フランスの植民地であったベトナムでは、ヨーロッパ製の混合給油式2ストロークエンジンを使ったモペッドやスクーターが普及していた。4ストロークエンジンのスーパーカブにオイルを混合したガソリンを給油するトラブルが相次いだ結果、ベトナムではスーパーカブがたちまち故障する現象が起こったのだ。

ホンダはこの問題に対処しようと、わざわざサイゴン(現・ホーチミン市)に駐在員事務所を作った。戦時中の国に日本人駐在員を置き、個々のユーザーのためにホンダは動いたのだ。
これによってホンダの人気が高まっていき、一部の日本人から「ベトナムにおけるホンダ神話の始まり」とも言われるようになる。その甲斐あってか、1967年の事務所設立から1969年まで、スーパーカブはベトナムだけで約75万台も売れたそうだ。
そこから少々時間は経つが、1997年にHVN(ホンダベトナムカンパニー・リミテッド)という現地法人と工場を開設し、輸入するだけではなくベトナム国内でホンダ車を生産するようになる。そして2008年には2つ目の工場、2012年に3つ目の工場が建てられ、日本向けのPCXやリード125などの生産拠点となっている。
1990年代以降、ベトナムでは中国製のスーパーカブのコピーバイク、安価なバイクが流通するようになり、さらに近年は電動バイクの需要が高まりつつある。様々なメーカーのバイクが普及し、さすがにスーパーカブシリーズだけが主流となくなったため、現在は「バイク=ホンダ」と呼ぶ人は減りつつあるが……。
それでも「ホンダ神話」が揺らぐことはなく、ベトナムのバイク市場におけるホンダのシェア率はいまだトップを維持しているのだ。

「ホンダ・ガール」にはご注意を!
なお余談だが、2010年代前半くらいまではホーチミン市に「ホンダ・ガール」と呼ばれる人物がいた。「ホンダ・ガール」とは、バイクに乗って市内を走り回る売春婦のこと。その実態は、悪質な美人局(つつもたせ)というものだった。
現在ではそういった不名誉なことに日本の企業名が使われることはなくなったが、もし見かけることがあっても手を出さない方がいいだろう。
レポート&写真●高田胤臣 編集●モーサイ編集部・小泉元暉
■高田 胤臣(たかだ たねおみ)
1998年からタイで過ごしはじめ、2002年にタイへ移住。タイにある「華僑系慈善団体」でボランティア、現地採用会社員として就業。2011年からライターの活動をし『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)をはじめ、書籍や電子書籍を多数発行。
noteではタイにまつわる出来事を綴っている。