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タイではドラッグレースは最も身近なモータースポーツ
ドラッグレースとは直線1/4マイル(402.33m)を2車並んで競走するか、タイムを競うレースだ。バイクやクルマなど様々なカテゴリーがあり、ドラッグレース発祥のアメリカでは人気がある。
アメリカのドラッグレースでは、日本人選手がバイクで世界記録を出したこともあるのだが、我が国においてはドラッグレースはあまり注目されないジャンルだ。
しかし、要は「ゼロヨン」である。なんとなく想像がついただろうか。
一方、東南アジアのタイではドラッグレースは最も人気で、競技人口も多いモータースポーツとなっている。
かなりハイレベルな世界でレースをしているタイのドラッグレースだが、世界的にはあまり知られていない。

タイでドラッグレースが人気なのは身近なモータースポーツだからだ。専用サーキットは有名なところだとバンコク郊外に1ヵ所しかないものの、主に若い男性が熱中している。
というのも、タイはクルマよりはバイクの方が街中を走っている台数が多い。
地方都市になると公共交通機関がほとんどないため、クルマを購入できない世帯はクルマより安く購入できるバイクで生活する。
高校生くらいになると自分で運転して通学をするほどだ。
そして、タイにも不良少年はたくさんいる。暇を持て余した彼らがすることは、交通量の少ない道路でスピードを競うことだ。
日本の暴走族のような存在もいて、バンコクでは深夜、敵対するグループと暴力的な抗争を繰り広げることがあるほか、郊外の道路を勝手に封鎖し、ドラッグレースで勝負をつけることもある。
タイでは125ccバイクが主流で、パワーがないことからタイヤを極限まで細くし、軽量化されたバイクを使う。
これを「趣味」といってしまうと語弊があるが、極限までつき詰めた先にあるのが、ドラッグレースの世界というわけだ。
タイ最大のドラッグレース大会『ECU=SHOP Souped Up Thailand Records』は年に1度、12月頭に開催されるだけなので、これだけで飯を食えるというプロレーサーは存在しないようだが、カスタムショップが組み上げた専用マシンで駆け抜けていく姿は不良少年たちの憧れの的だ。
日本のスポーツカーより早いピックアップトラック

そのように、アンダーグラウンドな側面もあるバイクのドラッグレースは情報が少ないため当記事ではクルマの方を紹介するが、『ECU=SHOP Souped Up Thailand Records』の参加要項によれば20種類のカテゴリーがある。
一般車両のカスタム車からアメリカで「トップフューエル」と呼ばれるドラッグレース専用車まで様々なカテゴリーがあるが、昨今タイで最も注目されているカテゴリーはディーゼルエンジンを積んだピックアップトラックだ。
タイでは、実用性重視でピックアップトラックがよく売れる。特に20年くらい前までタイにおける自動車の販売台数上位はいすゞや日産のピックアップトラックが常連だった。
身近なピックアップトラックがレースをするということが人気の背景で、参戦車両も多い。
しかも、驚くべきはその技術力だ。
日本のスポーツカーを改造した専用マシンで1/4マイルをおおよそ7.6秒台で走り抜ければ世界トップレベルと言われる。
一方……タイではディーゼルエンジンのピックアップトラックが最速7.4〜7.5秒台の記録を出す。相当に高いポテンシャルを持っているのが伝わるだろうか。
タイのディーゼルチューン技術は日本をも超える!?

ディーゼルエンジンの特性自体がガソリンエンジンより瞬発力があるのでドラッグレース向きと言えなくもないが、日本のレース関係者にいわせると「こんな技術は日本にない。この分野に関しては、日本のレース界はタイに劣っているのではないかと思う」とのこと。
レースの世界におけるディーゼルエンジンのチューニング技術はタイとブラジルが突出していて、本場アメリカを超えているとさえ言われる。
そんなタイのドラッグレースシーンで主に使われるピックアップトラックはいすゞ D-MAXだ。トヨタ車なども見受けられるが、いすゞは昔からタイで多く販売されてきたこともあって、製作されたパーツの種類も多い。
ただ、チューン用部品すべてをタイ国内で揃えることは難しく、海外から輸入せざるを得ないものもある。タイではクルマやバイクのパーツの税金が高いため、車両価格が安いD-MAXはレース参戦に都合がいいのだ。
D-MAXを使う強豪チームも少なくないので、彼らから放出される中古パーツをうまいこと入手すれば、自分のD-MAXの戦闘力を一気に高めることもできる。

しかし、ドラッグレースはただエンジンのパワーを上げればいいというものでもない。トランスミッションなどがもたないからだ(ノーマル状態などでは当然厳しい)。
トップクラスに入ってくる850馬力級ともなれば、アメリカの専門業者にトランスミッションを特注するなどしなければならない。
それでも、850馬力級では8秒を切ることも難しく、真のトップ──7.5秒台を目指すなら1000馬力以上は必要だ。
そこまでの記録を出すにはフレームも特注し、オリジナルのカーボンボディーをまとっていなければ話にならない。
かなりの費用と時間をかけてクルマを仕上げ、調子が良くてやっと7.4秒台に入れるそうだ(ただし、あくまでも好調時のため、大会によっては7秒台後半で入賞することもある)。
『ECU=SHOP Souped Up Thailand Records』は新型コロナウイルスの影響もあり、現状最後の開催は2019年12月だった。
2021年の開催はまだ未定で、現地ドラッグレースファンの間では「早くて来年かな」という声もある。
レポート&写真●高田胤臣 編集●モーサイ編集部・小泉元暉
■高田 胤臣(たかだ たねおみ)
1998年からタイで過ごしはじめ、2002年にタイへ移住。タイにある「華僑系慈善団体」でボランティア、現地採用会社員として就業。2011年からライターの活動をし『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)をはじめ、書籍や電子書籍を多数発行。
noteではタイにまつわる出来事を綴っている。